2/ハノンソル -13 この世で一着のスーツ

「……──!」

 一瞬、老人が目をまるくする。

 そして、片眼鏡を通し、縫製や刺繍と言った細部までつぶさに確認していく。

「……これ、は。あまり華美ではありませんが、見たことのないほど素晴らしい装束です。パラキストリでは見ないデザインですね。東部か、西部か──とにかく比較的遠い国の貴族のための衣服とお見受けしますが、いかがでしょう」

「近いな。見る目は確かみたいだ」

「恐縮です」

 この世界は魔術を前提として発展している。

 魔術によってあらゆることを代替できるため、文化水準に比べ技術水準が低いのだ。

 そこに三十万のスーツを持ち込めば、価値を理解してくれる人は必ずいる。

「それで、いくら出せる?」

「……先程も申し上げた通り、こちらで価値をつけるとなれば、本職の見立てより安くなってしまいます。どうしてもとおっしゃるなら、二千シーグル。正直、もったいないと思いますが……」

 選択肢が現れる。



【白】古物店を探し、スーツの上着を売却する


【白】スーツの上着を担保にカジノチップを購入する



 二択だ。

 だが、今回はどちらを選んでも変わらなそうでもある。

「なら、このまま二千シーグルにしてくれ」

「よろしいのですか?」

「俺たちの目的は、ケレスケレス=ニアバベルに会うことだ。一攫千金には興味ないな」

 元の世界であればともかく、知らない世界の知らない通貨だ。

 あれば当然嬉しいが、元の世界へ帰還するまで食い繋げれば十分である。

「──…………」

 しばし黙考したのち、老人が口を開く。

「……確実ではありませんが、ニアバベルさまに会う方法はございます」

「ほ、ほ、ほんとですか!」

「ええ。方法は極めて単純。故に最難。現実味があるとは言いがたいのですが……」

 一泊溜めて、老人が告げた。

「ただ、ただ、ひたすらに勝ち続けることです。掛け金が高額になれば、フロアから別室へと移される。そこまで辿り着くことができれば、あるいは、ニアバベルさまと顔を合わせることができるかもしれません」

「勝ち続ける、ねえ」

「か、かたな、賭け事は……?」

「大学のときパチスロに誘われて行ったらビギナーズラックで大勝ちして、次の日また行ったら飲まれに飲まれて結局収支マイナスになった。それ以来ギャンブルはしてないな」

「よわいんだ……」

「ま、なんとかするさ」

 選択肢が出るのであれば、賭け事なんざ楽勝だ。

 これほどギャンブル向きのチート能力もそうはないだろう。

「爺さん。このカジノでいちばんルールが簡単なゲームを教えてくれ」

 老人が答える。

「ジングル・ジャングルでしょうか。金属製のカップに二枚のコインを入れ、テーブルに伏せる。お客さまは、ニーゼロ、イチイチ、ゼロニーといったコールを行い、コインの表と裏の数を当てるゲームでございます」

 なるほど、丁半博打のコイン版みたいなものか。

 老人が、さまざまに色分けされたカジノチップを数十枚取り出す。

「こちら、二千シーグルぶんのカジノチップとなっております。お確かめを」

「ああ」

「お客さまにエル=タナエルの加護があらんことを」

 一礼し、カウンターを後にする。


 こうして、ハノンソル・カジノの長い夜が始まった。



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