2/ハノンソル -12 謎多きあのお方
ナクルが向かったのは、見るからに小ぢんまりとした平屋の建物だった。
灯術で装飾された大きな看板には、〈ハノンソル・カジノ〉とでも書かれているのだろう。
そんなことを考えていたとき、
「──ぎゃん!」
パンツ一丁の男性がエントランスから蹴り出された。
「二度と来るかあッ!」
奇異な光景だが、道行く人々は男性を気にも留めない。
これがハノンソルの日常なのかもしれない。
建物へ入ると、客らしき屈強な男性がナクルに声を掛けた。
「おう、悪童じゃねえか。懲りずにまーた小銭握り締めて来たのか」
「うるせえよ。オレの勝手だろ」
「怖い怖い」
屈強な男性が肩をすくめる。
ナクルは、カウンターに革財布を叩きつけ、正面に座っている老人に言った。
「135シーグルある。全部チップにしてくれ」
「了解致しました」
片眼鏡を掛けた老人が硬貨をあらため、数枚のチップをナクルに手渡す。
「そんじゃお先!」
「えっ」
別れの挨拶をする暇もなく、ナクルがその場から走り出した。
通路を塞ぐ守衛を押しのけ、カウンターの奥にある階段を駆け下りていく。
「い、……行っちゃい、ました……」
「十三歳でギャンブル中毒か」
灯術士は無理だな、あれは。
「そちらのお客さまは、いかがなさいますか?」
しゃがれた声の老人が、俺たちに話し掛ける。
「ああ、そうだな……」
なんと切り出すべきだろう。
逡巡していると、プルがカウンターの前へと進み出た。
「わ、……わたした、ち! け、けれすけれすけれ? す、にあばべるさんに会いたい、……でっす!」
おお、プルが頑張っている。
邪魔をしないように、後ろから応援していよう。
「──…………」
老人が、片眼鏡を光らせて、俺たちを値踏みする。
そして、言った。
「ニアバベルさまは、謎多き方でございます。ハノンソル・カジノの従業員であるわたくしどもですら、あの方の顔どころか、性別すら知る者はおりません。それくらい徹底した秘密主義なのです。ですから、お諦めになられるのが賢明だと思いますよ」
「──…………」
「──……」
プルと顔を見合わせる。
そう簡単に事が運ぶとは思っていなかったが、ここまで絶望的とも思っていなかった。
だが──
【白】ハノンソルで聞き込みをする
【青】ハノンソル・カジノへ入る
【黄】ハノンソルで宿を取る
【白】ハノンへ戻る
俺には選択肢が見える。
相も変わらず出自すらよくわからない能力だが、便利なことには違いない。
「しゃーない、カジノに入ってみるか。たまたま会えるかもしれないしな」
「う、うん!」
ナクルが駆け下りていった階段へ向かうと、二人の守衛が俺たちの行く手を阻んだ。
「……カジノに入りたいんだが」
「カジノチップはございますか」
「ないな」
「それではお通しできません。そちらのカウンターでチップをお求めください」
「──…………」
俺たち、一文無し。
詰んだ。
「!」
何か思いついたのか、プルがカウンターまで駆け戻る。
「ち、チップの代金って、も、もので払えませんか!」
老人が問い返す。
「物とは?」
「さ、さ、さっき、身ぐるみ剥がされたひとが、ここから出てきてて! だ、だから、質屋みたいなこともしてるんじゃない、か、……って?」
言葉尻へ向かうに従って、どんどん自信がなくなっていく。
だが、俺にはなかった着眼点だ。
やはり、プルの観察眼、洞察力には、目を見張るものがある。
「質屋の真似事もしておりますが、わたくしどもは専門の古物商ではありませんので、どうしても本業の方の見立てより安くなってしまいます。あらかじめ別の古物店で品物を売却し、種銭を作ってこられるのがよろしいかと」
こんな注意をわざわざしてくれるあたり、案外良心的だ。
だが、今から古物店を探すほど余裕はない。
「──さっきのオッサンもそうだったけど、服も行けるか?」
「ええ。多くは大した額にもなりませんがね」
「これならどうだ」
俺は、スーツの上着を脱ぎ、軽く畳んで老人に手渡した。
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