2/ハノンソル -2 騎竜車
「え、……と。かたな?」
「うん?」
「へ、ヘレジナが泣いてたこと、蒸し返さないほうが。ぜったい怒る……」
「……ああ」
顔を真っ赤に染めながらこちらへ向けて銀琴を構えるさまが目に見えるようだった。
「ヘレジナは今、この騎竜車の御者をしている。話したければ、その戸を開こう」
ルインラインが示した壁には、大人がギリギリくぐれる程度の小さな引き戸が設えられていた。
「キリュウシャ?」
馬車の一種だろうか。
聞いたことのない響きの言葉だ。
「ああ、そうか。カタナ殿は世界を跨いで来られたのだったな。騎竜車と言うのは、騎竜が引く馬車のようなものだ。馬はわかるかね?」
「ああ、それはわかる。馬車はこっちの世界にもあったから」
ルインラインが頷いてみせる。
「影の魔獣を屠ったのち、儂らは近隣の村で宿を取った。翌朝、村の者から騎竜車を騎竜ごと買い上げ、ザイファス伯領西端の地竜窟を目指して一路邁進しているという次第だ」
「かたな、ぜんぜん起きなかった、……でっす」
随分長く気を失っていたらしい。
「今、何時だ?」
ルインラインが懐中時計を取り出し、こちらに文字盤を見せてくれる。
四時、すこし前。
午後四時だとすれば、二十時間近くも眠っていたことになる。
なるほど、背中と腰が痛むわけだ。
「ありがとう。まあ、目が覚めた挨拶くらいはしといたほうがいいだろ。いくらか心配もかけたみたいだしな」
「では、儂が御者を代わろう」
そう言って、ルインラインが立ち上がる。
「……る、ルインライン。その」
「どうかしたか、プルクト殿」
「道、はー……。その」
ルインラインが呵々と笑った。
「なに、この先しばらくは一本道のはずだ。いくら方向音痴と言えど、分かれ道のない街道で迷うほど器用ではないぞ」
引き戸を開く。
すると、手綱を握り締めながら御者台に腰掛けていたヘレジナが、こちらを振り返った。
「──カタナ!」
その表情が、ぱあっと明るくなる。
「ヘレジナ、交代だ。首都ハノンまで、しばし体を休めておけ」
「ですが、師匠……」
ヘレジナが逡巡する。
「道ならば問題ない。このまま街道沿いを進めばいいのだろ?」
「それはそうなのですが」
「師匠の言葉が信じられんか」
「はい」
「はいと来たもんだ……」
「ご自分の胸に手を当てて考えてみては如何かと」
「わかった、わかった。では、戸を開け放しておくことにしよう。プルクト殿。カタナ殿。幾分か肌寒くなるが、我慢なされよ」
ヘレジナとルインラインが御者を交代する際、騎竜の姿がちらりと見えた。
ウロコで覆われた皮膚。
頭頂部から生える二本のツノ。
そして、小山と見紛うほどの巨躯。
「──…………」
改めて実感する。
ここは、俺の生きていた世界とは異なる異世界なのだ。
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