交枕

しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる

「作家は体験したことしか書けない」のか、検証してみた!(2022/05/31)

「作家は体験したことしか書けない」のか、検証してみた!




はじめに

1.観察対象とその選定の経緯

2.取材

3.検証

おわりに



はじめに

 こんにちは! ブンリキ編集部です。小説を書く人を応援するメディア『ブンリキ』では、毎週小説を書くのに役立つ情報を配信しています。


 今回取り上げるのはズバリ 、「作家は体験したことしか書けない」のか問題です。


 定期的にTwitter等SNSで議論を呼ぶこの問題。賛否両論、個人個人で様々な意見があると思いますが、未だに結論が出せない人も多いのではないでしょうか?


 「じゃあ推理小説家はみんな人を殺しているのか? 違うだろう」「きちんと資料を読み込めば、どんなことでも見て来たように書けるはずだ」、そう思う一方、「でも経験に裏打ちされたリアリティが無ければ、何を書いても薄っぺらいだけなんじゃ……」と不安になってしまう人もいると思います。


 そんなわけで、今回は「体験したことないこと」を書いている人に取材して、この問題について検証してみました!




1.観察対象とその選定の経緯

 今回、調査対象としたのは巨大小説投稿サイト『カクヨム』ユーザーの■■■■【投稿者注:実際のユーザー名が掲載されていた為ここでは伏字とする】さんです!


 彼に目を付けたのは先週のこと。もちろん全員が小説大好きなブンリキ編集部では、小説家になろう・カクヨム他小説投稿サイトを毎日巡回して「次に来る作品」を探しています。


 そんな耽読の日々のうち、■■■■さんの作品を発見したわけです。


 発見者はS編集長、すぐに編集部Discordに情報が共有され、全員の目に触れることになりました。そして全員が仰天します。


 ■■■■さんの作品のジャンルは恋愛。


 しかも、官能小説。


 ご存じない方の為に書いておくと、カクヨムは全年齢向けの小説サイトです!


 当然多少の性的な描写は許されていますが、その作品タイトルは『催眠で築くロリハーレム!』【投稿者注:以下作品URLも続くが削除する】。


 タグも『催眠』『MC』『本番あり』『ハーレム』『ロリ人妻』『ロリポリス』『ロリクイズ王』『ロリ町中華』、という錚々たる顔触れ。


 いやノクターンでやれ!


 あとロリのくせが強いんじゃ!


 それで編集部員達も驚いて、本文を閲覧するわけですが、本文を引用するとこんな感じ。


【投稿者注:以下■■■■の作品が一部引用されるが、2024/05/31現在該当作は非公開または削除され、管見の限り閲覧する方法が無い為、本人の特定には至らないと判断し、そのまま掲載する】



~~~~~~~~~~



「ふええ、何これ……?」


 俺が掲げたスマホの怪しい光に照らされる否や、光子さんの目はトロンとする。背伸びしていた踵がストンと下がり、力なく開いた唇からは透明な雫がトロリと垂れ下がった。


「おっおっ、効いてんじゃん、催眠アプリ!」


 やはりこのアプリは本当だったのだ!


「ふにゃ……」

「と、いけねえいけねえ」


 光子さんの125㎝の体躯がくにゃりと崩れたので、俺は跪いて彼女を抱えた。

 その新雪のように儚く白い肌が壊れないように抱きしめつつ、俺は首筋にもたれかかってきた彼女の耳の柔らかさと熱さを堪能する。


「光子さん……この後どうなるか、わかりますね?」

「ふぁい……」


 俺は彼女を抱き上げると、二階の寝室に連れ込み、ベッドに寝かせた。



~~~~~~~~~~



「完全にエロ小説じゃん……」


 T編集部員がポツリと零します。


「いや早く運営に通報だろ、こんなん。ロリとかクッソキモいし」


 真面目なM編集部員は即座に通報画面を開きましたが、S編集長がグッと押し止めて続きを読むよう催促しました。


 その先には異様な描写が続いていたのです! 



~~~~~~~~~~



「ククク……」


 俺は目の前の1X歳人妻を前に舌なめずりし、その上に覆いかぶさる。

 そして、彼女の枕に手を掛けた。



~~~~~~~~~~



 そう、枕。

 服ではありません。



~~~~~~~~~~



「ああ、ダメなのれすっ」


 悶える光子さんを無視し、俺は彼女の枕を引っ張る。汗ばむ短い髪から柑橘系の香りがほのかに立った。


「ふふっ何がダメなんだい?」


 枕をズルズルと動かしながら俺は意地悪な質問をする。

 光子さんは顔を真っ赤に染め口籠ったので、さらに枕を揺らすとようやく口を開いた。


「ああっ、そんなこと……ああっダメっ」

「ふふっ、はしたない声を出しちゃってまあ……えいっ」


 俺が一思いに枕を引き抜くと、彼女はピンと体を反らして跳ねた。


「ああーっ、止め、止めてくらさい……」

「止めて欲しい?」


 俺は引き抜いた枕を脇に置き、もう一個の枕を手に取る。


「は、はい……」


 光子さんは息も絶え絶えに答えた。

 俺はニヤリと笑い、彼女の首に手を掛ける。


「ふふ、ダーメっ」


 そして、枕を彼女の頭の下に滑り込ませた!


「お、おほーっ!」



~~~~~~~~~~



「何だこれ」


 編集部内に困惑の声が溢れます。


 なるほど、これならエロ小説を標榜していても削除されないかもしれません。



 ……でも、何で枕?



 ややもして、M編集部員が声を上げました。


「あ。セックスすることを古い表現で『まくらわす』って言うから枕交換してんのか」


「ああ~」


 一瞬納得の声、でもすぐに。


「いや、でも何で?」


 重苦しい沈黙が訪れます。


 暫時の後、答えを出したのは編集長でした。


「知らないんだよ、多分……」


「え?」




「この人、セックスしたことないのにエロ小説書いてるんだ……」




 編集長のこの発言に編集部内は騒然となりました。


 SNSでよく見る「作家は体験したことしか書けない」→「じゃあ推理小説家はみんな人を殺しているのか?」のような議論の、セックス版が開かれたと思ってください。


 「例えセックスしたことなくても、この大ポルノ時代にセックスの概要を知らない奴がいるわけないだろ!」が大勢を占めましたが、S編集長は頑として譲りません。


「この人は他の投稿作でもラブシーンを書いているが、全部枕を交換しているだけだ。彼の行動には一貫性がある。一貫性のある男の言うことには重みがある」


「彼こそが、真にこの世で唯一、セックス以外で性的快楽を表現した文学者かもしれない」


 S編集長は某大学の文学部を出てから現職に就くまで30年、別業界から文学を愛し続けた男です。■■■■さんから同じ一貫性を感じ取ったのかもしれません。


 それで今週の記事の企画もまだ決まっていない状態だった為、■■■■さんに焦点を当ててこのテーマを取り扱うことに決まったのです。




2.取材

 こうして始まった今回の企画でしたが、■■■■さんへの取材は難航しました。


 彼のカクヨムアカウントにはTwitterアカウントが紐付けされていて、そこからリプライやDMを送ったのですが彼からの返答はありませんでした。


 やむを得ず作品内容について書いた近況ノートや作品の応援コメントでも尋ねましたが、梨のつぶて。


 企画は早速暗礁に乗り上げました。


 代替案が他の編集部員から出されましたが、S編集長これを拒絶。


 駄々を捏ねる50代を前に、ついに我々は奥の手を使うことにします。


 そう、ネットストーキング。


 ■■■■さんのカクヨムのプロフィール・近況ノート、ツイッターのプロフィール及び全8,700件のツイートから身辺情報を探りました。その結果、彼のおおまかな属性・居住地・行動パターンを割り出せたのです。


 (良い子の皆さんは止めましょう!)


 ■■■■さんは中年の男性、都内在住のブルーワーカー。WEB小説は趣味だが、カクヨムロイヤルティプログラム(作品閲覧数に応じて収益が獲得できる制度)には参加しており、副業としての可能性を模索しています。


 両親は地方在住、少なくともツイート上では気楽な独身貴族として振舞っています。そして、2018年後半頃から毎週末、彼は東京の新宿区のある場所に通っていました。


 新宿東宝ビルの周辺――通称『トー横』です。


 2022年現在、そこに屯する若者達が『トー横キッズ』として社会問題化していますが、■■■■さんはそれに先駆けて彼らに注目していました。


 ツイートによれば、小説の題材として、です。


 いわゆる「不良モノ」ジャンルの次世代の形として捉えている、と述べており、それについては先見の明があったと言わざるを得ません。が、先述の彼の官能小説の作風を思い出すに、やや違和感がありました。


 とはいえ、トー横は編集部からも近く、待ち伏せするには格好の場所です。もう記事の期限もありません、我々は週末に勝負を賭けました。


 土日の48時間、編集部員が交代で見張ります。映画を見に来て待ち合わせをしているふりをしながら注意深く周囲を観察しました。トー横、特に広場の方はゴミや酒、洗ってない人間等がごちゃ混ぜになった饐えた臭いがします。警官がしょっちゅう巡回しているし、アル中で緊急搬送されるお爺さんや、集まった若者達の中にはなぜか布団を用意して路上で寝ている者までいて、ものすごい空間でした。


 しかし……結論から申し上げると、土日とも彼は現れません。


 Twitterも土日は停止したままでした。元々ツイートが多い方では無いのですが、こちらのネット上の動きに警戒していたのかもしれません。


 日曜の午後、張り込みを諦めた我々は、トー横キッズ達への聞き込み調査を始めました。


 話しやすそうな子から初めて五、六人程聞いたところで、ようやく進展がありました。




【投稿者注:布団で寝てるトー横キッズの画像。顔はモザイク加工、半身は布団で隠れているが、ピンク色のパジャマみたいな服を着た少女である。小柄で髪型は二つ結びの幼い感じ、十代に見える】


インタビュアー:T編集部員


―こんにちは、少しいいですか?


 いや良くないやろ。見てわからん? ウチもうお眠やねん。


―あ、関西弁。どこから来たの、大阪?


 長野やけど。


―あ、そ、そう。ゴメンね、ちょっとだけお願いします。人を探してて……この辺りで君達みたいな……トー横キッズって呼んでいいのかな、そういう子達に取材して、小説を書こうとしている人、知らない?


 知らんわ。なんか作家とかジャーナリストとか話聞いてくる人は色々おるけど、本当のこと言ってるかはわからんし……名前ぐらい知らんの?


―本名はちょっと……。Twitterなら……これだけど。


 (画面を見るなり吹き出して)ああ、枕のおっさん!


―え、知ってる?


 ああ、最近は見てへんけどね(笑) でも確かに■■■■って名乗っとったけど、小説書くとか言い触らしとるん(笑)


―違うの?


 まあよく話しかけてくるけどな、ナンパしとるだけや。それもガキばっかり。


―ああ……そういうこと。


 (含み笑い)まあそういう奴は多いで、ここ。でも、枕のおっさんはイカれとるねんな。ナンパした後がヤバいねん。


―え?


 枕のおっさんは背中に布団一式背負っててな、ナンパしたら地べたに布団敷くんやで。そんで女寝かして枕交換しようとすんねん。必死でな、発情期の犬みたいにな。気味悪いやろ!?


―本当にいるんだ、そんな人……。


 おるよお! だってこの布団、枕のおっさんから奪ったモンやし。


―ああ、そう。でも、あの……じゃあ君もおっさんと枕交換したの?


 ……何か枕の交換をキモいメタファーとして機能させようとしてへん? ウチはしてへんし、この辺の誰もしてへんで。まあ止めた方がええと思うわ。


―どうして?


 (膝元の枕を握って)……まあ、したいんなら止めへんけど。枕のおっさんに会いたいなら女か、女のフリして接触してみたら一発やと思うよ。





 インタビューの成果は大きいものでした。



 ①枕のおっさんこと■■■■さんはマジで枕を交換することを性交だと思っているらしい。


 ②枕のおっさんは女なら釣れる。



 これで我々は次のステップに進むことができました。




3.検証

 少女の助言に従い、我々の紅一点、現役女子大生のM編集部員が自分のTwiiterアカウントで■■■■さんに接触を試みました。


 彼からの返信は即座で、後日M編集部員が枕を交換することと引き換えに電話での取材が成立。


 気になる■■■■さんの実像とは!? 彼の目指す表現とは!?


 以下にそのやり取りを掲載します!




インタビュアー:M編集部員


―単刀直入に聞きますが、人間のセックスって何するか知ってます?


 バカにしてます? 男の棒を女の穴に入れるんでしょ。


―え?


 バカにしてますね。


―すいません。でも、貴方は小説や、現実でも枕を交わすことをセックスとして表現していたじゃないですか?


 そうですよ。


―それは何故?


 それがセックスだからです。 


―どういうことですか?


 俺、実はセックスしたことないんですよ。


―はあ。だから?


 ずっと自分が童貞だということにコンプレックスを抱いてきたんです。ずっと女性と縁が無くて、周りからもそのことを薄っすらバカにされている気がしてて。だから、三十代の終わり頃、一念発起してナンパ師になったんです。


―はあ。


 それである日新宿駅の南口で、すごく綺麗な女性に声を掛けました。ロリではないけど、白い髪が長くて、ボクっ娘で……理想の女性でした。彼女は真摯に俺の話を聞いてくれて、ナンパには乗ってくれませんでしたが、素晴らしいことを教えてくれたんです。「体験したことがないからこそ、自由にできるんじゃないか」と。


―はい。


 そして更に彼女は俺にコーチン(編集部注:語意不明)を教えてくれました。詳細なやり方は後日教えますが、俺を連れて近場のカプセルホテルに連れていき、ベッドに寝かせ、枕を交換してくれたんです。枕が頭の下から取り去られ、新しいものが入ってきた時、生まれ変わった気分でした。それでわかったんです。確かに枕を交換することは棒を穴に埋めるのとは違う、でも体験したことない俺なら想像次第で違いを埋めることができる。そうじゃないですか?


―はい。


 この感動をできるだけたくさんの人に、できれば俺の好みの女性に教えてあげたくて啓発活動をしてきました。でもみんなキモがって聞いてくれないんです。だから今回は貴方で妥協しますが……これから教えてあげるんで、楽しみにしていてくださいね。


―はい、ありがとうございました。




おわりに

 いかがでしたでしょうか?


  「作家は体験したことしか書けない」のか問題の検証とかぶち上げておきながらよくわかんないまま終わっちゃいましたね……。


 ちょっと今でも■■■■さんの言うことがまだよく呑み込めていないんですが、何か得る物があったと思いたいです(苦笑)


 今回はこんな感じになっちゃいましたが、次回からもよろしくお願いします!





2022/05/31 ブンリキ編集部

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