第3話 長時間学習

 あれから、綾人の意思は意味を持たなかった。

 三日ほど宮堂寺に閉じ込められ、退屈な時間を過ごす事となり、ある日突然連れ出された。


 長い山道を桜井の運転する車で移動させられ、三時間はとうに過ぎた頃、何か空気が変わった気がした。


 綾人が以前お狐様に感じた違和感が、そのまま空気になった様な。



「その様子じゃ、感覚は冴えてるみたいだね―――もうすぐ着くよ」


「感覚って…………何ですかこれ」


「それは僕達が『妖力』と呼んでるもの。フィクションでは魔力とか気とか言う、妖怪の動力源であり、僕達の体力に似たエネルギーさ」


「エネルギーって、じゃあ」


「ああ、当然使用先があり、魔力なら魔法もある」



 車が揺れなくなった―――道が土から舗装されたアスファルトへと変わったのだ。

 道の先には、木製の古い建物が。


 古くはあるが未だ使われているので綺麗に保たれた、小さな学校が存在した。



「さて、到着だ。ここがこれから君の過ごす学校、三雲みくも だ。高校でもなんでもないただの三雲だよ」


「じゃあ、なんなんですか…………」



 はっきりと固まり切らない存在に少し呆れながらも、三雲の校舎に目を向ける。


 校舎から放たれる、確かな気配―――お狐様や狸と似た、桜井の言うことをそのまま信じるならば、これが『妖力』なのだろうと、綾人は納得する。



「さて、着いておいで綾人」


「そこの校舎じゃないんですか?」


「そこはまた後―――今はあそこに入る資格を掴まなきゃね」



 言って、桜井は歩き出した。

 駐車場を出て、校舎を通り過ぎ、次第に木の茂る道へ。

 分厚い木の葉によって日光が遮られているからか、夏だと言うのに涼しい道中だ。


 十分程歩くと、道の先には古い蔵が。

 ホラー漫画ならば、この中には浄瑠璃人形じょうるりにんぎょうでも置いてあるのだろうかと考えていると、桜井が重い扉を一人で開いた。


 決して屈強な肉体だとは言えない細身の桜井のどこからこの力が出ているのか、綾人は少し不思議に思う。



「これから三日三晩、綾人はここに籠ってもらう。ご飯は差し入れるから気にしなくて良い」


「籠るって…………つい数時間前にようやく出れたのにですか…………?」


「そうだよ。これから君には少し苦労を強いるから、光の一筋でも余計な情報は遮断したいんだ」



 桜井にうなが されて、蔵へと足を踏み入れる。

 最近掃除されたのか中は思いの外綺麗で、ござが一枚敷いてあった。



「ささ、そこに座って。そう、そしたら胡座あぐらでいいから足組んで」



 言われるがままに胡座をかく。

 床の冷たさがござを伝わって足へと伝わり、少し気持ち良い。



「僕が出て扉を閉めたら、お狐様を被るんだ。そうしたらお狐様の持つ情報の断片が綾人に流れ始めるから、三日掛けて少しずつ慣らすんだ」


「ああ、だから情報を…………」



 ようやく状況を理解。

 今から自分は、超スパルタの勉強をするのだと気づいた。



「次扉が開くのは三時間後だからそれまで外さないで、その体制を崩さないでね。覚悟は良いかい?」


「いえ、全然です!」


「じゃあ頑張りたまえ!」



 そう言うと、桜井の細腕で扉は閉ざされ、蔵の中は外の世界と隔絶された。




 ●●●●●●




 妖力の性質、使い方、応用、妖術、技、妖怪、妖術師

 絶え間なく様々な情報が頭に流れ込む。


 最初こそ外の様子などを考えていたが、僅か五分でそんな余裕は消え失せた。

 脳内では強制的に、情報の獲得、整理、反芻が行われている。


 妖術は妖力を糧として行われる奇術であり、火を放つ、物を凍らせる、相手の方向認識を狂わせるなど、様々な能力が存在する。


 その妖術を操る人間を妖術師―――妖術を操る人外、怪異などの、肉体を妖力で構成している特殊生物を総じて妖怪と呼ぶ。


 お狐様はその妖怪とは一段上の、神仏の類。

 世に名高き、付喪神である。


 長年信仰の道具として使われた狐の面が、正真正銘の神となった。

 そして、そのお狐様が宿った綾人は男巫おとこみこ 、または神子と呼ばれる存在である。


 それ以外にも様々な情報が流れ込む―――絶え間なく、絶え間なく、前後左右も分からなくなる様な暗闇の中で、流れ込む知識だけが綾人の存在を保障していた。


 脳がひたすら情報を受け入れ始め、時間経過が十分か一時間か一晩か判断出来なくなった頃、初めて蔵の扉が開く。


 未だと言うべきか、ようやくと言うべきか、蔵に入ってから三時間が経過したのだ。



「やあ、って………………どうやら相当消耗してるみたいだね。外すよ」



 扉を開いて中へと入った桜井が、綾人からお狐様を外す。

 目の焦点は合っておらず、どこか虚ろ。

 お狐様が外れた事にすら気づいていない。



「たく、世話がやけるよ」



 呟いて、ため息を一つ。

 そして勢いよく、綾人の頬を引っ叩いた。



「…………っ?!」


「おはよう、綾人。どうだい? 三時間の感想は」


「…………地獄を、見ました」


「それは上々。一度休んで、お手洗いにでも行って来な」



 言われた綾人はふらふらとした足取りで蔵から出る。

 突然明るい外へと出たので、ズキズキと偏頭痛が酷い。


 以外にも良心的に設置してあったトイレへの案内看板を見つけて、それに従い進むと、来た時に見た校舎へと辿り着いた。


 看板に案内されたのだ、咎められる事はないだろうと、玄関で靴を脱いで校舎内へ。


 中は思いの外清潔で、廊下には壺やら花瓶に挿された花々なんかが飾り付けてあった。


 少し歩けばトイレは見つかり、すぐに用を済ませる。


 校舎から出ても、もう偏頭痛はなかった。

 しかし、この後何日も続く蔵の中の時間を考えると、頭痛よりも嫌気がさした。

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