第29話
玉藻視点
忠明兄さんを上手く誘い出すことができた私達は3人でパン屋に向かっていて、私の隣を歩いている忠明兄さんと後ろで歩いている晴ちゃんがパンについて話をしている。
「それで、今から行くパン屋はどんなパンが美味いんだ?」
晴ちゃんは何故か自分のことの用にフフンと胸を張り、
「今から行くウチ達が行くパン屋は今、究極のカレーパンVS至高のアンパンのフェアをやっているのだ!」
「なんだ?その何処かの新聞社がやっているようなフェアは?!」
「色々、美味しそうなのがあるけど、ウチはマスカルポーネチーズ入りアンパンやカマンベールチーズ入りカレーパンが気になっているのだ!」
忠明兄さんは晴ちゃんが見せるスマートフォンの画面を見ながら、
「甘くないアンパンとかパンをご飯に変えたライスカレーパンとかもあるのか・・・、それ、美味しいのか?」
なんて話をしている光景を見ながら、私は忠明兄さん達と出会った時のことに思いを馳せる。
〜〜〜玉藻の過去〜〜〜
私は小さな頃は葛葉姉さんが大好きだった。
他の家の人達は、弟や妹が付いてくると弟や妹の面倒をみないといけないから、他の皆と仲良く一緒に遊べないので嫌がるけど、葛葉姉さんは、どこでも一緒に連れて行ってくれたし、他の子が、
「ちっちゃい子はすぐに泣くし、足も遅いから一緒に遊べないよ!」
なんて言ったら、
「玉藻が捕まったら、私が代わりに鬼になるし、疲れたら休憩させるから大丈夫!」
と言ってくれて、一緒に遊んでくれいた。
その日は鬼ごっこをしていたけど、私は疲れてしまったので、
葛葉姉さんが、
「ちょっとタイム!玉藻が疲れたみたいだから、そこの砂場で休憩してくるね。」
と言ってくれたので、私は葛葉姉さんと砂場で遊んでいた。
しばらくしたら、葛葉姉さんの友達が、
「葛葉ちゃんかくれんぼしようよ!」
と言ってきたので、私が、
「おねぇちゃん、私は1人でも大丈夫だから、皆と遊んできて。」
そう言っても、葛葉姉さんは
「でも・・・、」
なんて言って渋っていたけど、
「私は大丈夫だよ!何かあったら大声でおねぇちゃんを呼ぶし、ちゃんと応援するからね!」
と私が言うと、
「わかった!お姉ちゃんの活躍するところちゃんと見ていてよ!」
なんて言って皆と合流していた。
私が
「おねぇちゃん!頑張れー!」
なんて応援すると、わざわざこっちを向いて手を振ってくれたりしていた。
その頃から、葛葉姉さんは足が速くて、そんなことをしても、余裕で男の子に追いついていた。でも、1人だけ葛葉姉さんと同じくらい足が速い子がいて、その男の子とは葛葉姉さんは勝ったり負けたりを繰り返していた。
ある日、葛葉姉さん達を、いつもの砂場から応援していると、男の子3人がやってきて、
「おい!お前!僕達専用の砂場で何してんだ!」
「鳥羽ちゃんの言うとおりだよ。こんな真ん中で大きな山を作っているのに、遊ばないで他の人とかくれんぼとか鬼ごっこを見ているだけなんて!」
鳥羽ちゃんと呼ばれた男の子が私に向かってきて、
「お前!人の砂場を勝手に使うなんて非常識なやつだな!新田くん、楠木くん、そんな山、崩してしまえ!」
そんなことを言って、私と葛葉姉さんが作った山を勝手に崩し始めた。
「止めて!」
私がそう言っても止めてくれず、止めようとした私を突き飛ばした。
砂場に倒れた私のことをジロジロと見て、
「お前!けっこう可愛いな!しょうがないなぁ。スカートを捲らしてくれたら、僕達の砂場を使わしてやってもいいよ!」
「嫌!」
私はそう言って逃げようとしたけど、男の子3人に囲まれて上手く逃げ出せないでいた。
「見るだけだから別に良いだろ!」
そう言って、3人が私のスカートに手をかけようとしたところで、
「晴ちゃんキ〜ック!」
という声が聞こえたと思ったら、
目の前にいたリーダー格の男の子が
「ぶべらっ!」
という声とともに、横に飛んで行った。
そして、お面をつけた女の子が私の前に立ち、
「女の子を泣かす悪人は許さない!スパイダー・ハレちゃん参上!」
女の子が被っているお面は「スパイダー・花蓮」というアニメに出てくる主人公のマスクを模った物だ。
そのアニメは特殊な蜘蛛に噛まれてヒーローになった女の子の話で、普段は普通の女の子だけど、特殊なペンのスイッチを押すと瞬時にヒーローに変身して悪人をやっつける。
そんな話だけど、目の前の女の子はそのヒーローになりきっているみたいだ。
「お前!何言ってんだ!」
「鳥羽ちゃん、大丈夫か!」
他2人の男の子が、リーダー格の男の子を立ち上がらせる。
「ちっ!やってくれたな!そこそこ痛かったけど、そんな攻撃、俺には効かないぜ!」
そう言ってリーダー格の男の子は身体についた砂を払いながら、
「こっちは男3人なんだぞ!後ろの女はどうせ役立たずだろ!お前1人で3人にかなうと思っているのか?」
そう言って、ニヤニヤしながら近づき、
「お面をかぶっているから、わかんねぇけど、その格好をみるとお前も女だろ?」
リーダー格の男の子がそう言ってニヤニヤしながらお面を被った女の子に近づいていく。
「お前はスカートを捲ったらパンツまで下ろしてやるからな。」
リーダー格の男の子がそう言うと、他の2人もニヤニヤしながら私たちに近づいてくる。
「スパイダー・ハレちゃんのピンチだな!」
お面を被った女の子はそう自分自身で言っているけど、私は怖くて声が出なかった。
「助けて。」
私がそう小言で助けを呼ぶと、
「誰のパンツを下ろすって?まったく変態がこんなところにもいるのか?」
そんな声が聞こえて、私が気付いたら、私達を庇うように男の子が立っていた。
「お兄ちゃん!」
お面を被った女の子が、嬉しそうに呼びかける。
呼びかけられた男の子はさっきまで、葛葉姉さん達と遊んでいたグループの男の子だ。
一緒に遊んでいた男の子が、砂場で3人の男の子に囲まれていることに気づいた他の子達も私達の周りに集まり出した。
そこで私達を庇ってくれていた男の子が周りの子達に、
「皆!聞いて!この3人が、僕の妹やそこにいる小さな女の子のスカートを捲ってパンツを下ろそうとしているんだ。」
男の子がそういうと、周りにいる女の子達が
「えぇ〜!」
「キモっ!」
「私、お母さんを呼んでくる!」
なんて騒ぎ出し、周りにいる男の子達も、
「最低だな!」
「変態だ!」
そう言っていると、葛葉姉さんも気づいたみたいでこっちに走ってやってきた。
「玉藻!大丈夫?変なことされていない?!」
意地悪な男の子3人は焦りながらも
「俺たちはなんにもしてねぇよ!」
「そうだ!」
「スカートを捲ろうなんて言ってねぇから!」
そう言い返していた。
男の子3人のその声を聞くと、庇ってくれた男の子が、お面を被った女の子に、
「晴、そのスパイダー・花蓮の変身セットを使う時、ちゃんと変身ペンのボタンは押したか?」
そう聞くと、お面を被った女の子は
「うん!ちゃんと押したよ。だから、スパイダー・ハレちゃんになっているでしょ。」
その応えを聞くと男の子はフッと笑い。
「そうだね。確かにスパイダーハレちゃんだね。お兄ちゃんに変身ペンを貸してくれるかい?」
男の子が、そう言うとお面を被った女の子はシブシブながらも
「ちゃんと返してよ。」
そう言いながら、男の子に胸ポケットに入っていたペンを渡す。
「俺たちに濡れ衣をきせて何やってんだ!」
リーダー格の男の子が大声を出すけど、男の子は気にせずに、女の子から受け取ったペンを3人の男の子達に見せて、
「これは、スパイダー・花蓮っていうアニメに出てくる探偵道具の一つを玩具化したものでね。アニメでは主人公を変身させる機能と会話を録音する機能があるんだよ。もちろん、この玩具のペンには変身させる機能はないけど、録音機能はついているんだよ。でもね、この玩具のペンは妹が使いすぎて壊れてしまってね。変身ボタン押すとね。同時に録音もされてしまうんだ。」
そこで男の子が別のボタンを押すと、
「スパイダー・ハレちゃん変身!」
という声が流れ始めた。
少しだけ声が割れているけど、会話はちゃんと録音されており、やがて目の前リーダー格の男の子の声で
「お前はスカートを捲ったらパンツまで下ろしてやるからな。」
というところまで流れてくると、周りにいる女の子達が、
「いや~、キモっ!」
「最低!」
「やっぱり、私、お母さんを呼んでくる!」
と叫び出したので、3人の男の子達は慌てて逃げ出して行った。
「ありがとう。晴、でも、これは悪人の証拠が入っているから、父さんや母さんに聞かせるまで変身ボタンは押さないようにね。僕がちゃんと父さんと母さんに渡して、データを保存してもらったら晴に返すね。」
「わかった!」
男の子がちゃんと言い聞かせるとお面を被った女の子は素直に頷く。
そして、
「お兄ちゃん助けてくれてありがとう!」
そう答えていた。
私もそれにつられて
「助けてくれてありがとう。」
そう言うと、葛葉姉さんも、
「忠明くん。妹を助けてくれてありがとう。」
そうお礼を言っていた。
すると忠明くんと呼ばれた男の子
「最初に助けたのは晴だからね。」
そう言って少しだけ照れていた。
そして照れ隠しに私の方を見て、
「よく頑張ったね。」
そう言って、私の頭を撫でてくれた。
「そうだ!頑張った君にプレゼント!」
そう言って、ポケットから何かを取り出し渡してくれた。
私や葛葉姉さんが気になって見てみると、そこには赤い蜘蛛をモチーフに少しだけ大人っぽくしたヘアピンがあった。
「あっ!スパイダー・花蓮のヘアピンだ!何でお兄ちゃんが持っているの?」
お面を被った女の子(晴ちゃんでいいのかな?)が聞くと、
「おいおい、元々、その変身セットは僕へのプレゼントだっただろ。でも、プレゼントを見た晴が泣いて欲しがるし、僕も女の子のキャラクターの変身セットはいらないから、代わりに晴に渡す予定だったヘアピンセットをもらったんだよ。まぁ、僕はヘアピンは使わないけど、これだったら誰かにあげることもできるでしょ。」
「お兄さんありがとうございます。私は玉藻って名前です。葛葉姉さんの妹です。あの、お兄さんのお名前を聞いても良いですか?」
私は人と話すのは少しだけ苦手だけど、嬉しかったから勇気を出してお兄さんの名前を聞いてみた。
「僕の名前は賀茂忠明だよ。」
「じゃあ、忠明兄さんって呼んでも良いですか?」
「別にいいけど」
「え〜。晴のお兄ちゃんなのに〜!じゃあ、晴も玉藻ちゃんのお姉ちゃんのこと葛葉姉さんって呼ぶからね!」
〜〜〜〜〜〜〜
もらったヘアピンは少しだけ色褪せているけど、今でも私は忠明兄さんに会うときはちゃんと付けている。
忠明兄さんは、多分忘れているけどね。
でも、会ったらちゃんとヘアピンが似合っているって言ってくれているから、記憶の片隅には残っているのかな?
私はちゃんと覚えているよ。
小さな頃は単なる憧れで、一度は姉さんには譲ってしまったけど・・・、今は愛しているから。もう離さないから。
笑いながら、私は愛しい傍に寄り添う。
いつか「忠明兄さん」から「忠明」と呼び変えたいな。
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