第58話 文化祭③

 俺はあまりの光景に急いで扉を閉める。

 な、んだあれ?うちなのか?うちの列なのか?…まじで?…ひ、ひとまず修哉にでも聞くか…。

 俺が何故修哉を頼ろうとしているのか、それは至ってシンプルであいつが現場監督的立ち位置にいるからだ。

 あいつは一応文化祭実行委員という立場柄である為、それならついでに、ということで現場監督に就任したらしい。

 てことで少しあいつに連絡してみる。


『なぁ、外のあの列なんなんだ?』


 俺それだけ送るとスマホをポケットに戻し、持ち場に戻る、…と思ったが突然スマホからピロンッという音がした、多分修哉からだろう。

 スマホを再び立ち上げると…やはり修哉からの返信であった。

 俺はその返信内容を確認するために修哉のアカウントを押して見る、そこには…。


『花守さん』


 と一言だけ。

 は?花守さん?

 俺は修哉から送られた花守さん、と書かれた文字の意図が全く理解できていなかった。


『花守さん?』

『やばい』

『やばい?』

『たすけて』

『たすけて?』


 俺は修哉にそのことを聞こうと再び尋ねてみる、すると今度はまた別の単語のみでの返信で返ってきた。

 そして、またその単語について聞くとまた別の単語のみで返ってきて、またその単語について聞くとまた別の単語のみで返ってくる…と思ったら、何故か返信が来なくなった。

 もしかして、あいつも店に駆り出されているのか?

 にしてもなんなんだこの『花守さん』とか『やばい』という単語は?

 修哉のことはなんとなくそうだろうと思っておき、一旦置いておくことにし、今は亡きあいつが残した単語を解読することにする。

 俺は外の列について尋ねた、つまりこの『花守さん』という単語はそれに関連しているのか?まぁ、それを確定付けるための証拠としてのこの『やばい』なのだろう。

 花守さん…、花守さん?なんで花守さんで限定されているんだ?つまりはあの列は花守さんを求めてのもの?

 みんなが花守さんを求めてくる理由…、…あっ、あれか?いや、絶対そうだ…。

 あんなにも列を成してまで花守さんを求める理由、それは……現在花守さんがメイド服姿であるからだ!

 前回も言ったが花守さんは学校一の美少女、これは全学年共通認識とされているらしい。

 そんな彼女が普段の日常生活で着ることがない服装、しかもその中でも難易度爆上がりのメイド服を今回の文化祭で着用してのご登場、そんなん誰しもが見たいに決まっている。

 しかし、外から見るだけで実際にうちの出し物を利用してくれない、そんな時に多分修哉あたりが考えたんだと思うが「見たければ飯を食いながらにしろ」、こんなあたりのことを言ったのではないのだろうか。

 だからあの列ができているのだ。

 そして、なんの事情も知らない人たちがその列を目にし、面白半分にその列に並んで行った結果があれなのだろう。

 俺は全てを理解し、ある考えにいきつき思わず意識が飛びそうになる。

 ようはあの大行列は花守さんを求めてのこと、それは分かった。

 しかし、つまりは花守さんが上がらない限り、人は減るどころか増大していくということだろ?確か花守さんは午前中のシフトいっぱい、ようは後一時間人は増え続けるということだ。

 ………終わった。

 こんなん、午前が終わったころには疲労で力なんか入らないだろうな。

 俺は一度周りを確認する。

 そこにはまだ向こうの事情を知らない為、まだ、楽しそうな顔で料理を作るクラスメイトの姿があった。

 現状この中であの状況をしているのは俺のみ、流石に俺一人だけがやる気なさげに調理して迷惑をかけるのも失礼すぎる。

 俺は気合いを入れ直し、自分の持ち場に戻り、本気で調理に取り掛かった。


< < < < <


 とまぁ、ここまでが二十分前の出来事。

 そして十二時半前、シフト交代まであと三十分前となった現在、俺ら調理担当はほぼ全員ヘトヘトの状態となっていた。

 や、やばすぎる…、たった二十分、たったの二十分が一時間近くの疲労を感じさせている。

 一応喫茶店でバイトする俺だからなんとなくだが分かる、普通の喫茶店でもこうはならん。


「み、みんな!あと三十分!あと三十分だけやったら、休みだよ!」

「あと三十分…あとこれを三十分…」

「初日でこれって二日目どうなるんだ…」

「やめろ!それを言うでない!」


 その空気を変えようと頑張る水瀬さんだが、それ以上にあまりの疲労のせいでほとんどの頭の中がネガティブ思考でいっぱいになっている。

 やばい、やばい。これじゃ、午前が終わる前にこっちが潰れて全体が終わってしまう。


 ピロンッ

「ん?……あ!ほら、全員注目!これ見て!」


 すると突然水瀬さんのスマホに着信がきたような音がし、水瀬さんはそれを確認する為スマホを確認する。

 そして、スマホを確認した水瀬さんは何か良いものが届いたのか、今度はスマホの画面をみんなに見るよう指さす。

 そのスマホの画面をよく見ると、何やら人が数人と『最後尾』と書かれた看板を持っている人一人が映っている写真であった。


「これ、なんですか?」

「これ、うちに来た残りのお客さんだよ!あと数人だけ!」

 ピクッ

「ん?うおっ!?」


 そうなんだ、と思っていると突然背後から何かを感じ、振り返ってみると先ほどまでネガティブ思考一色だった人たちがいつのまにか俺の背後を取っていた。

 そして、彼らは俺のことなんて眼中になく、その目に映るのは水瀬さんのスマホであった。


「一、二、三………八人…」

「あと八食分…」

「全員が同じ料理を頼むことはなかなか考えられない…」

「…つまり多くてもあと四品程度…」


 水瀬さんのスマホを見るなりぶつぶつと何かを口にする人たち、しばらくすると突然全員揃って背筋をピンと伸ばす。


「一年三組、調理担当午前の部のものたちよ!」

「「「はい!」」」

「やーるぞ!!」

「「「おぉぉぉ!!」」」


 迫力満点の喝を入れ、すぐさま自身の持ち場へと帰っていく調理担当午前の部のものたち。

 おうおう…気合いが戻ってきたよ、終わりを知れることってここまで人を変えるんだな。

 

「三番テーブル、スパゲッティ二つ!、五番テーブル、サンドウィッチ一つとフレンチトースト一つ!」

「よっしゃ!あと六人!!」

「カモン!カモン!」


 つい先ほどまで会話なんて最低限したくなさそうに作業していたのに今では、別人かのように逆に注文を求めるようになってしまった。

 もう、怖いよこの人たち…。

 まぁそんな俺も人ごとではないのでオムライスの注文が来るのを静かに待っていた。

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