第29話 恒例行事②

「よーし、それじゃあ考査の勉強始めるか」

「申し訳ありません智様。さきほどのは智様に会いたいがためのその場しのぎのことでございまして、本当は夏休みの宿題を手伝って欲しいのでございます、お願いします!」


 俺がそう言うと土下座の状態の修哉がめっちゃ早口で訂正をしながら本来の目的を告げた。

 あの後結局修哉に家の中に入られてしまい追い返すことが出来なくなった俺はとりあえず修哉を自分の部屋へと連行した。


 母さんからテスト勉強だと言われた時は『嘘だろ?!』と心の中で驚きまくったが結局毎年恒例の方だったのでホッとした。

 ………ん?いやホッとしちゃダメじゃね?


「…お前夏休み前なんて言ったか覚えてるか?」


 とりあえず俺は修哉に質問攻めをする。


「今年こそは大丈夫だと言いました」

「だよな?じゃあなんでこうなった?」

「いや俺も今回こそは自力でやろうと思ってたよ!しかしその度に俺を止める用事が立ち塞がるんだ!…そのため今という時間にまで引き伸ばされました」

「ちなみにその用事とは?」

「買い物、部活、バスケ仲間で泊まり、海行って、山行って、ゲーセン、あっ昨日の祭りも行ったな。智祭り行ってた?」

「はっ倒すぞてめぇ」


 何が用事だ、ほぼ八割遊びに行っただけじゃねぇか。

 去年まではこれの少し少ないバージョンではあったが今年はえらく多い。

 やはり高校生になったことで行動範囲が広がったからだろうか。

 だとしても自力でちゃんとやれ。


「一応聞くが宿題は後何割ぐらいだ?」

「んー、八割?」

「うん、じゃまた夏休み明け」

「俺を見捨てないで!」


 ただでさえ高校生の夏休みの宿題は多いことを知っているはずなのに残り八割残すなど理解ができない。


「逆にどうやって終わらそうと思ったわけ?」

「智の解答を写させてもらって」

「文章のとこでアウトだろ」

「文章のとこは智のやつを改良すればオーケーだ。ちなみに改良するの智ね」

「ノットオーケーだ。それぐらい自力でやれ」


 数学とか理科とかそういう解答が全員同じになるようなところの写しだったら一万歩譲ってまだ良い。

 しかし、文章系統のものになると自分の気持ちを書かなければいけないので写しなど到底不可能、つまり自力でやれ、ということだ。

 なのに何故こいつは俺のやつを改良するとか言うのだろう、考えるだけで頭が痛くなる。


「頼むよ智ー!このままじゃ俺は終わりだぁー!」

「別に死ぬわけでもないだろ」

「俺の成績が死ぬ!」

「なおのこと知らん」


 俺からしたら修哉の成績など毛頭興味などない。

 しかしなぁ…、多分もう無理だろうな。

 俺は修哉が家に入った時点でこの件について既に諦めがついていた。

 この調子でいくと多分、いや必ず夏休み最終日まで俺に押しかけてくるだろう。それどころかもううちに居座る気持ちであろう。

 夏休み最終日、その日までずっと修哉が俺の前で騒ぎ続けるのだ、地獄以外の何ものでもない。

 そしたらどうするか、……諦めて言う通りにするしか方法はない。


「……はぁ、分かった手伝えばいいんだろ…」

「いよっしゃ!!これで俺の命はまだ続く!」

「だがしかし!さすがに何もなしじゃ、俺には損しかない」


 にらみ合いが続いて俺の精神がやられるぐらいならこちらが手を引いてやる。

 しかし、俺がただで修哉に大量にある宿題を教えるとなれば、修哉は宿題が終わってハッピーかもしれないが肝心の俺は疲労というマイナスしかたまらない一方だ。

 そうなるぐらいなら流石に手伝ったご褒美として何かくれてもよいだろう。


「た、確かに…一体何をお求めでございましょうか?」

「エンジェルスイーツのショートケーキ二個」

「んなっ!?」


 エンジェルスイーツのショートケーキ。

 ここから電車でひとつ先に行ったところに佇む有名なケーキ屋でその名前はここよりも遠い場所にすら認知されるほど。

 そしてその店を有名にさせているのが一日五十個限定で販売されているショートケーキなのである。

 クリームはなめらかでしつこく感じないちょうど良い優しい甘さ。

 生地はパサパサ感が全くないしっかりとした食感。

 そして甘さと酸味とみずみずしさが完璧な苺を使用しており、それを生地の間にも挟んでおりどこを食べても苺を楽しめる。

 と口コミの大半がこのように書かれているショートケーキなのだ。


「おま、あれ買うのにどんだけ苦労すると思ってんだ!あと高えし!しかも二つも?!」

「あぁ。あとあれ一日一人一個だけだから、二日間行くことになるな」

「ならお前も来れば良いだろ!?」

「俺が行ったら取引が成立しないだろ。もし俺も行くんだったら宿題は半分だけな」

「ぎゃぁぁぁ!」


 店に並ぶのと宿題の嫌さで葛藤しているのか俺の目の前で修哉が奇声を上げながら暴れている。

 周りから見れば最低と思う人もいるかもしれないが今回ばかりはこれぐらいしないと俺の気がすまない。

 修哉はひと通り暴れるとうーん、と声を上げながら考え、しばらくすると諦めた様子でこちらを見た。

 さぁ、二日間と宿題どちらを選ぶ。


「分かった…、俺が二日間かけて行くから…宿題を頼みます…」

「了解だ、そのためなら俺も力を入れよう」


 結果やはり宿題を優先したようだ。

 今年の夏休みも平穏で終わることはなかったがあのスイーツが俺の元に来るのならば今までよりも俄然やる気が出てきた。

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