第23話

 瀬下の派手な車で校門まで送られた英智は、いつものことながら誰にも声をかけられることなく廊下を歩く。

 そして教室についても、「おっはよー!」と元気に挨拶をしてくるのが鞠花だけというのも、いつものことである。

 ツインテールを揺らして残念な仕上がりのへの字を披露してから、鞠花は鞄を置いた英智の近くに寄ってきて、声をひそめた。


 「あのさ、ちょっといい?」


 「……どうした、急に」


 眉をひそめ、声をひそめ、ただでさえ小さいのに腰まで屈めてこそこそと話しかけてくる鞠花に、英智は困惑した。


 学校でも恐れられている英智に話しかけるのは彼女だけだから、二人で話していると好奇心からよく注目され聞き耳を立てられることが多い。

 しかしその大雑把な性格から、鞠花がこんなふうに声を小さくして人目をはばかるように話そうとすることなど一度もなかった。


 小柄な彼女に合わせて会話をするのはとてもつらいので、椅子を引いて座り、話を聞く体勢を作る。


 「あのさ。桜井さん、元気?」


 「なんで?」


 深刻な顔の同級生から出てきた養い親の名前に、英智の眉も自然と寄る。


 「いやほらさー、あたし昨日カラオケで始発待ってたんだけどさ」


 「危ないな」


 「いざとなったらダディの印籠があるから大丈夫。じゃなくって、その時の話なんだけど、うっちーなが変なナンパ男につかまっちゃって。ほら、うっちーなっておっとりふわふわ系じゃん? だから断れなくてさー」


 うっちーなという人間が誰かは全く知らないが、とりあえず彼女の友人がナンパされて断れずにいたということだけ理解する。

 彼女とは小学校からの付き合いなので、こういう話し方には慣れていた。話すたびに知らない登場人物が出てくることには、いまだになかなか慣れないが。


 「でさ、そこで桜井さん見つけちゃって。あきらかそのスジですって見かけだけど、桜井さんとこの人じゃない怖そうな人と話してたから気になって、バレないように近くに寄ってみたわけ」


 うっちーなはちょっと置いといて。と、付け足した鞠花は、そこでさらにぐっと声をひそめた。


 昴が言う〝仕事相手〟という男と、いったいどんな会話をしていたのか。

 思いがけないところからの情報に、今朝の昴の様子から聞いてはいけないのではと思いながらも、好奇心を抑えられずに英智は鞠花の話に耳をそばだてた。


 「あんまはっきりとは聞こえなかったけど、昴さんとこってなんかヤバイの? 身売りしなきゃなんないくらい?」

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