第16話 テンプテーションマイク 中編

 天高く太陽が輝き、気持ち良さを感じる程の青空が広がる朝。学校の体育館には集まった生徒達の声が響き、その光景を見る腕に生徒会と書かれた腕章をつけた勇和の顔は強ばっていた。


 その手にはじんわりと汗が滲み、落ち着かない様子で手汗を学生服の裾で拭っている事から、勇和が緊張しているのは明らかであり、次第に顔には不安の色が浮かび始める。



「はあ……やっぱり緊張するなぁ」

「副会長、大丈夫ですか?」

「会長……大丈夫です。大丈夫ではあるんですが、少し緊張しちゃって……」

「慣れるまではそうだと思います。厳しい事を言うようですが、こうして生徒や教師の前に立つ機会がある役職に就いている間は何度も同じ経験はするので苦手でも慣れるようにしてください」

「……わかりました」

「さて……そろそろ全校集会を始めたいところですが、このざわつき具合は少しやりづらいですね。静かにするように言っても聞かない生徒は少なからずいますし、何か手立てを考える必要はありそうです」

「静かにする手立て……」



 生徒会長の言葉を勇和は繰り返していたが、学生服のポケットに視線を向けると、覚悟を決めた様子でポケットから一本のマイクを取り出す。



「よし……会長、僕が静かにしてきます」

「副会長……それはありがたいですが、緊張している貴方では少し難しいと……」

「大丈夫です。いつも会長や他の役員に迷惑を掛けている分、こういう事でも良いからお役に立ちたいんです」

「……わかりました。ですが、無理そうな時は私が出ますから合図を送ってくださいね」

「はい」



 少し不安げな生徒会長の視線を背に勇和はゆっくりと歩き出す。壇上に勇和が現れても生徒達の私語は止まず、一部の生徒が勇和をバカにするようなニヤついた笑みを浮かべたりわざと声量を上げたりしていたが、勇和はそれには構わず持っていたマイクのスイッチを『+』に入れた。



「……使って話した言葉が相手を魅了するこのテンプテーションマイクなら大丈夫なはず。お願い、僕に力を貸して……」



 祈るように目を瞑りながら言った後、勇和はテンプテーションマイクを口の前に動かし、鼻で軽く息を吸ってから口を開いた。



「これから全校集会を始めます。皆さん、静かにしてください」



 テンプテーションマイクを通して広がった声は体育館に響き渡る。ざわついていた生徒達の声は静まり返り、生徒会長と生徒会役員が信じられないといった表情を浮かべる中、生徒達の視線は勇和に注がれ、一部の女子生徒や女性教師の頬は仄かに赤くなっていた。



「こ、これは一体……」

「静かにして頂きありがとうございます。それでは会長、お願いします」

「は、はい」



 目にしている光景を未だに理解出来ていない生徒会長だったが、別のマイクを手に持ちながらすぐに壇上に出てくると、勇和の隣に立つ。そして、生徒会長が話し始める中、勇和は手にした『テンプテーションマイク』を見ながら安心した様子を見せていた。

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