第1話 写し絵筆 前編
「はぁ……どうしたら良いかな……」
夕暮れ時、セーラー服姿の短い茶髪の少女が河川敷をとぼとぼと歩いていた。少女の表情はとても暗く、その表情から少女が大きな悩みを抱えているのは簡単に見て取れた。
「……小さい頃から絵が好きで中学校で美術部に入ったのは良いけど、私以外の人はみんな本当に絵が上手いのに、私の絵は描きたかった物とはいつも違う物を描いてるように見られちゃう。他の部員も顧問の先生も描いてる内に上手くなるよなんて言ってくれるけど、小さい頃からあんな感じだから、上手くなる気がまったくしないよ。それに、そろそろコンクールも近いし……はあ、本当にどうしたら良いんだろう……」
自身への失望や落胆、迫るコンクールへの不安などがこもったため息をつき、重い足取りで家までの道を歩いていたその時だった。
「ねえ、そこの君」
「え……?」
突然声をかけられた事に驚きながらも少女が足を止めて背後を振り返ると、そこには同じようにセーラー服を着た同い年くらいの少女が立っており、その手には絵筆のような物があった。
「えっと……貴女は?」
「私は……まあ、繋ぎ手とでも呼んでよ。貴女は?」
「私は
「良い名前だね。それで、どうして話しかけたかなんだけど、どうやらこの子が貴女に興味を持ったようなんだ」
「この子って……その絵筆?」
繋ぎ手は絵筆を見せながら頷く。
「そう。これは“写し絵筆”っていう物で、この子の力があれば色々な物を写し取って絵が描けるんだよ」
「写し取って……」
「うん。あそこにある山やそこを流れる川、後は貴女も私もこの子なら綺麗に写し取って描けるんだよ。貴女はどうかわからないけど、絵が下手な人でも本物そっくりに描けるという優れ物なんだ」
繋ぎ手の話を聞く内に彩葉は徐々にその絵筆に興味を引かれ始めた。あらゆる物を写し取って描けるという絵筆。絵が拙いという悩みを抱える彼女にとってこの絵筆との出会いは、奇跡のようにも思えていた。
しかし、彩葉は突然ハッとすると、少し哀しそうに俯き、その様子に繋ぎ手は不思議そうに首を傾げた。
「あれ、どうしたの?」
「……そんなに凄い物なら、私には手が届かない程高いんだろうなと思って……」
「ああ、そういう事。大丈夫だよ。これは貴女にあげるから」
「え……い、良いの?」
「うん。これは御師匠様の試作品で、お店で売る物じゃないからね。因みに、御師匠様には許可をもらってるから大丈夫」
「お店……」
「そう。『不可思議道具店』っていう名前のお店なんだけど、この子みたいに貴女と縁がある道具があったら、いつか来れるかもね。とりあえず、この子は貴女に渡しておくよ。大切にしてあげてね?」
「う、うん」
繋ぎ手から渡された写し絵筆を受け取り、彩葉が目を輝かせながら見つめていると、繋ぎ手はその様子を見ながらにこにこと笑う。
「さて、喜んでもらったところでその子の使い方と注意点を教えるね」
「注意点……?」
「そう。まず使い方だけど、筆先を写したい物に向けて筆自体が軽く震えたらオッケー。後は描きたいところに筆をくっつけるだけでその子自身が写したい物を描いてくれるよ。因みに、複数の物を写したい場合は、一個ずつその子に覚えてもらえれば良いだけだよ。そして、注意点なんだけど、その子に何かを覚えてもらったら、必ず筆先をぬるま湯で綺麗にしてあげてほしいんだ」
「それは良いけど……どうやったら綺麗になったってわかるの?」
「写した物一つにつき一分洗ってあげるだけ。だから、二つ写したら二分洗ってあげて、終わったらまた筆自体が軽く震えるから、それでわかるよ。後は……“汚いもの”は絶対に写そうとしちゃダメだよ。その子、そういう物がスッゴく嫌いだから、そんな事をしたら本気で怒っちゃうよ」
「……それで、注意点を守らないとどうなるの……?」
彩葉が恐る恐る訊くと、繋ぎ手はとても真剣な表情を浮かべる。
「洗い忘れくらいなら一日ヘソを曲げるだけで済むけど、もう一つの方を破ったら少なくとも貴女がその事を後悔する程の事が起きるからね」
「…………」
「まあ、しっかりと守ってあげれば良いだけだから簡単だよ。さて……それじゃあ私はそろそろ帰るね。その子の事、大事にしてあげてね」
「あ……う、うん」
彩葉が返事をし、繋ぎ手が来た方へゆっくりと歩いていくと、彩葉は手の中にある写し絵筆をじっと見つめた。
「……もらったは良いけど、本当に描きたい物を写し取ってくれるのかな……? まあ、タダで貰った物だし、ダメだったら大人しく努力して上手くなる事にしよっと」
そして、少女は写し絵筆をポケットにしまうと、少し軽くなった足取りで家に向かって再び歩き始めた。
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