第9話 事件の後

久遠寺と結羽は、警察署で顛末を報告しつつ、会議室で八幡刑事を待っていた。



「鈴木健吾がムカデ人間になって、高橋美由を拉致監禁。美由は事故で死亡。さらに次の女性を探していた健吾は、おとり捜査に引っかかって久遠寺さんに半殺しにされた……ってことですね」


急におとりになるよう言われて、事情がいまいちわからないまま女子高生の格好をしていた結羽が事件をまとめた。



「ああ。捜索願が出されてないような少女だったら、あいつには辿り着けなかった。もっと被害者が増えていただろう」


「親は……何してるんですか……」


「あいつら、クスリをやっていやがった。だから警察にはいけなかったんだよ」


「最悪っ!!」


結羽は叫んだ。



「美由は、どんな気持ちでムカデ野郎と一緒にいたのかねぇ。まあ、部屋はキレイだったから、暴力を受けていたようには見えなかったが」 


久遠寺はあくびをしながら言った。


そこに八幡刑事が部屋に入ってきた。



「ご苦労さん。君らのおかげで、凶悪なムカデを捕まえられたよ」


「警察の皆様の、地道な捜査あってのことですよ」


久遠寺の言葉に、八幡刑事は苦笑した。



「ま、これからもよろしく頼むよ。そうそうあってほしくない話だが」


そう言いながら、八幡刑事はパイプ椅子に座った。



「美由の子宮がホルマリン漬けで残っていたが、特殊科学捜査研究所から検査結果が来た。子宮内に髪や歯が見つかった」


「え! まさかムカデ人間の子どもができそうだったんですか?!」


結羽が驚いて言った。



「いや、それ自体は人間でもある現象らしく、本人の卵子のもとが勝手に分裂して、体のごく一部を半端に作るらしい。だが、美由の場合は本人の体の一部でなく、人間のものでない歯や髪らしきものだったらしい。ムカデ野郎の子なのか、はたまた全く別物かはまだ調査中だ」



結羽は想像して顔が青ざめた。


「何が、起こってるんですか……?」


結羽は久遠寺を見て言った。


「俺は、ムカデ人間と性交渉をしたら、人間とムカデのハイブリッド、つまり生まれつきのムカデ人間が出来上がると思っていた。が、今の話からすると、ムカデ人間の影響により、卵子のもとから直接、単独で生命が生み出される可能性があるかもしれないんだ。その場合、生まれてくるのは、人間でもムカデでもないかもね、ってこと」


「たたた、大変じゃないですか!!」


「まあ……ムカデ人間も、簡単に繁殖できる状況ではないんだよ。そんなすぐに化け物だらけにはならないとは思うけど……。むしろ、やっぱり人類VSムカデの勝敗の鍵はお前だよ」


「……僕ですか……?」



八幡刑事も結羽をじっと見た。



「俺も、この……女装の彼については何も知らん。彼は、何なんだね?」


「五十嵐結羽は、やたらムカデ人間に好かれる体質で、結羽の側にいるだけで何体かのムカデを楽に始末できたんだ。で、じゃあ何でこいつがそんなにモテるのかというと、結羽は両性具有なんだよね」


「え、つまり男でもあり、女でもあるってことかい?」


八幡刑事が言った。



「そう。ムカデは、寄生すると宿主の体を改造したり肉体を強化したりできるんだけど、男女がはっきりしない結羽の体はムカデにとって都合が良いかもしれない……と、俺はにらんでる」


「ぐぬぬ……昭和男の俺は、頭がついていかないよ……」


「全てが未知だからね。俺も、戦うことは本能で出来るけど、あいつらの思考は正直わかりません」


久遠寺はあくびをして言った。



「まず、わかった。わかったことにしよう。二人とも本当にありがとう。今後ともよろしくな」


八幡刑事はため息をつきながら言った。



♢♢♢



警察署に停めていた車に乗り込んだ。

国から結羽に支給されたこの車は、人外への対策がなされていて、緊急通報ボタンがつき、全体が頑丈な作りになっている。


結羽が運転席に、久遠寺が助手席に乗った。



「よく着替えもせず、女子高生のままでいられるね」


「あ、いや、なんか着替えるの面倒……だし、正直似合ってるなって思うんで」


「そう。いや、本人がいいならいいんだけど」


結羽は車にエンジンをかけて走り始めた。



「波があるんですよね。女の子でいたいときと、男らしくいたいときが……」


「ホルモンバランス?」


「ですかね……」


「お前もムカデ人間と同じように、検査やら実験やら、やってもらったら?」


「一緒にしないでくださいよ! 同じ人類でしょ!」


「広く見ればな」


「……逆に、久遠寺さんの超能力を考えたら、久遠寺さんの方が人類のカテゴリー的にはギリ端っこにいますよね」


「順番的には、ムカデ→結羽→人間→俺→神、だよな」


「いや……うん、まあ、そうかもしんないけど……」


微妙に否定しきれなかった。



「あ、一つ聞きたいんですけど」


「何?」


「高橋美由は、なんであの雨の中、外に出たのか不思議で。やっぱり逃げたかったんですかね?」


「それもあるかもしれないが、俺は、美由の子宮の中にいた、新しい生物の影響かな、と思う」


「……そいつに乗っ取られた的な?」


「ケンゴは、美由を野ざらしにしたわけだから、人の死や弔うって概念がないんじゃないかと思うんだ。だけど、子宮は持ち去った。美由自体への執着かもしれないけど、何か……ケンゴにそうさせるようにその新しい生物が仕組んだ……のかもしれない」


「そんな遠隔操作が、簡単にできるんですか?」


「寄生虫が鳥の脳を乗っ取って、自分の都合の良いところまで飛んで行かせる。そこでフンをさせて、その土地に着地する。そういうこともあるらしいからね。まだ理屈じゃない不思議なことはいっぱいあるでしょ」


久遠寺はまたあくびをした。



「家に着いたら起こして」


そう言って久遠寺は眠ってしまった。

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