第8話 ユウと健吾
健吾は「キレイなホテルに制服で入るのは目立つから避けよう」と言って、やはり古いラブホを選んだ。
鍵を借り、エレベーターに乗って、部屋に向かう。
ユウは少しうつむき加減だ。
慣れていなくて不安なんだろうか。
部屋に着いて、鍵を開けた。
ユウが先に部屋に入った。
安いだけあり、入ってすぐにベッドが見える。
ドアを後ろ手に閉めようとした時だった。
無理矢理、ドアが引っぱられた。
振り向くと、男がいた。
男が健吾の左肩に手をかざすと、パンッと音がして、肩が破裂して腕が落ちた。
健吾は、右手を伸ばして男の喉をつかんで握り潰そうとしたが、その手も男の右手に捕まり、破裂して、右肘から下が吹き飛んだ。
すぐさま傷口の修復をしなくては、健吾の体が死ぬ。
すでに宿主と一体となっている今、この体を失うわけにはいかない。
健吾は後退りしながら、わずかな時間を稼ごうとした。
向き合った男は一歩踏み込んで、やはり右手をかざし、健吾の膝を破裂させて右足を不能にした。
健吾はよろけながら、後ろに倒れた。
「なん……なんだ、お前は……」
黒いコートを着た男――久遠寺煌――は、倒れている健吾を見下ろした。
「名乗るほどのもんじゃねぇよ。強いて言えば、お前らの天敵だ。高橋美由を誘拐し、殺害したのはお前だな」
ミユのことか……
「誘拐はしたが、殺してはいない。大雨の日に勝手に家から出て、死んだ」
「まあ、殺してないからって、お前の運命は変わらないが。彼女に何をした」
「……別に。飯を食わせて、運動をさせて、健康にした。俺の子を産んでもらうために」
「いなくなってから二ヶ月程度しか経っていない。妊娠してようがしまいが、失敗に終わったってことだな」
「……ああ……」
「他に誰に手を出した」
「……いないよ……ミユだけだ……。」
「そうか」
久遠寺は健吾を観察した。
傷口は修復され始めているが、さすがに三箇所の大怪我を同時ともなると修復は遅い。
「……なぜ、ここに俺がいるとわかった……」
久遠寺は、フン、と鼻を鳴らした。
「高橋美由の遺体の歯形から身元がわかり、美由のバイトの雇い主が警察に捜索願を出していたから地域が限定された。雇い主はな、美由の親がクソだと知っていたから、美由に何かあったんじゃないかと心配して警察に相談してたんだ。あとは、お前が美由と行った居酒屋の店員がお前を覚えていた。店員は、公園でよく見かける美由を知っていたから、お前のことを不審に思っていた。そこからは防犯カメラでお前の家に辿り着いた」
そんな風にミユのことを見ていた人間がいたなんて、知らなかった。
「『人外に対する特別捜査法』により、お前の留守中に勝手に家探しをした。お前が犯人だと確定したから、おとり捜査をさせてもらったよ」
ベッドの向こうから、ユウが顔を出した。
「なんとかうまくいって良かったです……」
五十嵐結羽は、ムカデ人間を惹きつける体質を生かして、おとりになっていた。
「お前は、”人間の社会”ってやつをわかっていなかったんだ」
「……そうか……」
ミユは、孤独じゃなかった。
俺が知らなかっただけで、彼らの前では楽しく笑っていたのだろう。
「俺は……ここで死ぬのか……?」
「そんな生温い話があるわけないだろう。お前は、これからこの国家の安全のために、色んな実験をされたり知ってることを吐かされたりするんだよ」
傷口はもう塞がっていた。
意識しなくても、自動的にその程度は回復する。
意識を集中すれば、身体の再生も可能だ。
それくらい、健吾たちにとって物理的な『死』は遠いものだった。
「俺が死を望んだら、贅沢かな」
「……何言ってんだお前」
「死んだら、ミユに会えるんだろうか」
「生き物なんて、死んだら土に還る。それだけだ」
「土に還れば……ミユも俺も、変わらない。一つになれるってことか」
「なんだよ、お前、ミユを好きになってたのか?」
「……後悔がある。もっと話せば良かったとか、一緒に遊べば良かったとか、かわいいものをあげれば良かったとか。その気持ちを”好きになった”と言うなら、そうなのかもしれない……」
「おいおい。孕ますことしか考えてねぇような化け物が、急に語るなよ。もういい、あとは専門家とゆっくりやってくれ」
久遠寺は、健吾の横に跪いて左手を額にかざした。
一瞬、健吾の体がビクつき、そして気を失った。
「……終わりましたか……?」
結羽が訊いた。
「ああ」
ドアから迷彩を着た特殊部隊が入って来て、健吾の体を拘束し始めた。
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