第2話 山中の遺体

雨がザァザァと降る中、山中にたくさんの警察官がいた。

若い女の遺体が発見されたのだ。



「わざわざこんな雨の中、ご苦労さん、ムカデ捜査官」


レインコートを着た、ベテラン刑事の八幡やはたが言った。



「やめて、その呼び方。わかりやすいけど」


久遠寺煌くおんじこうは、黒のレインコートを着ていたので、警察官や鑑識がいる中、一人だけ浮いている。



久遠寺の役職名は『人外捜査官』だ。

が、周りからは敬意と親しみをを込めて『ムカデ捜査官』と呼ばれている。

どこに敬意が払われているかはわからない。



久遠寺と八幡刑事は遺体を見下ろした。

遺体の損傷は激しく、顔はかろうじて半分残っているが、体は獣に食われた痕もあるし腐敗も進んでいた。

スエットの上下を着ていたようだが、引き裂かれている。



「山菜取りに来ていた爺さんが発見した。急に天気が変わったから、爺さんにとっては下山のきっかけになって良かったな。この場所は、その爺さんくらい熟知してればいいが、初見でどうにかなるところじゃない。遺体は、見ての通り山歩きするような服じゃないだろう。事故だったにしても、軽装すぎるし持ち物も一切無いから、自力で来たとは思えない。俺は事件に巻き込まれて、ここに捨てられたんだと思う」


大きな雨粒が、ボロボロの遺体をさらに容赦なく打ちつける。



「ムカデ野郎が犯人かと思ったんだが、どうだ?」


「なんでそう思ったの?」


「ちぐはぐなんだよ。遺体を捨てるには、かなり奥まった場所だ。そこまで労力をかけた割に穴は掘らない。遺体が見つかれば捜査の手が及ぶってのに、なんで最後のツメが甘いのか」


「捕まらない自信があるのかねぇ」


「被害者と全く接点がないならありうるかもしれないが、この監視カメラの時代だぞ? ちょっと考えても難しいだろう」


「そんな意味不明な行動をするのは、ムカデ人間しかいないと?」


「と、思ったんだ」


久遠寺は、ふっと笑った。



「それはそれで、問題があるんだがな」


「どういう意味だ?」


「まあ、鑑識の結果を聞いてからにしよう」


久遠寺はそう言って、現場をあとにした。



♢♢♢



翌日、警察署内の会議室で八幡刑事は久遠寺に、鑑識と解剖の簡易な結果を説明した。


死因は溺死。

身体中に擦り傷やあざがあるが、滑落によるものではないか、とのことだ。



「ムカデ相手に、普通の女が逃げる隙を見つけられるなんて、ちょっと考えづらいな。実は普通の事件で、悪い”人間”に連れてこられて、逃げる時に事故的に死んだのかな?」


久遠寺は八幡に言った。



「うむ……。あと、もう一つ奇妙なところがあるんだ。腹が鋭利な刃物で切られていて、子宮が取りだされていた。化け物が犯人にしては、逆に人間的だなと思うんだ。人間が犯人なら、異常だが」


「なるほど、そうだな。普通のムカデ野郎なら行きずりに女を襲い、交尾をして子孫を残そうとする。だから事件が起こるなら、街中やせいぜい村里だ。山の中やら記念品持ち帰りなんて、まわりくどいことはしない」


「やはり……人間の仕業なのか……?」


「どちらにしても厄介だな。犯人は異常な人間か、異常な人間に近いムカデ野郎か。まあ、八幡さんはあまり考えず、いつも通りの捜査でいんでない? 俺はムカデ野郎が犯人だと思って、独自に捜査するからさ」


「ああ、そうだな」


「ムカデ野郎は、人の体を乗っ取り、人間社会に溶け込もうとしている。半ば人間なんだ。だから優秀な八幡さんたちがちゃんと捜査すれば見つかるはずだ。俺は、そいつらの”始末”が主な仕事だよ。言われた通り、殺すなり生け捕りにするのは俺だからさ、安心して捜査してよ」


久遠寺は微笑みながら言った。



「わかった。頼りにしてるよ」


八幡刑事も笑って言ったが、八幡刑事にとっては怪異が関わる捜査は初めてで、不安を隠せなかった。



♢♢♢



久遠寺は、さらに資料を見た。

死亡推定日の特定は困難だが、死後一週間程度ではないかという見方だった。


ムカデ人間が犯人の場合、被害者が無残な姿になるのは当たり前だ。

今回の恐ろしさは、その暴力の結果ではなく、ムカデ人間側に”知能”がありそうだということだ。



若い女を誘い出す、または拉致できるだけの判断ができ、相手が動けるだけの余裕を持たせた。

もし生殖に成功したなら、ムカデ人間は母体を守る行動に出るはずだ。

監禁しとけば済むものを、危険な山中に出られるようにしたのはなぜなのか。



被害者の身元がわかれば、ムカデ人間の思考パターンがわかるかもしれない。

久遠寺はそう思った。

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