人外捜査官 久遠寺煌

千織

第1話 久遠寺との出会い

僕は、予備校の帰り道、イヤホンで音楽を聴きながら住宅街を歩いていた。

曇りだったから空は真っ暗で、明かりは電柱についている多少の電灯しかない。



ふと、なんとなく、後ろを振り向いた。



真後ろに、キャップを被ったデカい男が立っていた。



ひっ!

と、思わず声が出た。



男の太い手が、僕の首を掴んで絞めた。

抵抗するけど男の太い腕はびくともしない。

男がどんな顔をしてるのかも、暗くてわからない。

僕は、こんな訳のわからない状況で死ぬんだろうか。




すると、いきなり男の手が離れた。

僕はよろけて尻餅をついた。



見ると、さっきの大男が金属バットで殴られまくっている。

どうやら、男が一人増えて、大男の頭を後ろから殴ったようだ。

さらに容赦なく殴り続けている。


大男はうずくまり、頭を手で抱えて守っているようだが、バットの男は手を緩めることなく淡々と全力で殴る。

大男の手の骨はおそらく粉々で、金属バットもひしゃげてきている。



殴る男は、黒いロングコートを着ていて、体つきからは若そうに見えた。

黒いマスクにゴーグル、軍手着用。

それなら返り血が飛んでも、夜ならバレないだろう。

最初から男を殴りに来たのではないだろうか。



大男が動かなくなると、バットの男は息を切らしながら右手の軍手を外した。

そして、ベコベコに凹んだ大男の頭部に手をかざした。

すると、大男の頭はパンッ!と風船が割れるような軽い音を立てて破裂した。


下顎より上がなくなって、辺りに血肉が散り、大男の服が血に染まっていく。



僕は腰が抜けて、指一本動かせずにその状況を見ていた。

バットの男も、死体をじっと見下ろしている。


すると、死体の首の内側が、ごにょごにょと動いて、喉からデカいムカデみたいなのが出てきた。

ムカデは大男の口元から這い出て、体を伝って逃げようとする。

それを、男はまたバットを振りかざして潰した。




男はスマホで電話をかけた。


「作業、終わりましたー」


男はそう言って、ゴーグルとマスクと軍手とバットを大男の死体の上に投げ捨て、コートを脱いで近くの電柱の突起にかけた。



男はパーカーにジーンズ姿になり、パーカーの帽子を被りながら僕に近づいて来た。



「あとは、君の記憶を消して終わりだから」


男は僕の額に左手をかざした。



♢♢♢



記憶を消されたはずの僕が、なんであの出来事を覚えているかって?


それはね、僕があんな奇妙なことに巻き込まれたのが一度や二度とじゃないからだ。



夏になり、僕は家族と遊びに行った海で公衆トイレに入ったら、あのムカデ男の仲間(?)に個室に押し込まれ、殺されかけた。


案の定、バットの男……でも、その時は紐で首を絞めてたから紐男……が現れて、男を殺し、頭をふっ飛ばして、ムカデが出てきて、潰した。


その日は明るかったので、紐男の顔がしっかり見えた。

なんていうか、普通のイケメンなお兄さんだ。

20半ばくらいの。



「またお前? まあ、またとか言っても、わかんねぇだろうけど」


そして、僕の記憶は消された。



♢♢♢



3回目は、秋に東京に遊びに行ったときだった。

街のイベントの人混みの中で、僕は誘拐された。


口を塞がれ、引きずられて、雑居ビルの非常階段で殺されかける。


が、またしても、あの男が助けに来てくれた。



――作業部分省略――



「で、なんでまたお前なの?」


男は言った。

僕が非常階段にへたりと座り込んでぽかんとしていると、男は僕を無表情で見下ろしながら何か考えているようだった。


そしてスマホを取り出して電話し始めた。



「今回も、ターゲットはあのガキだよ。なんでか知んないけど、ムカデ野郎たちに狙われてる。記憶消すのも3回目はヤバいだろうから、今回は保護して」


男はそう言った。



「……これ、なんなんですか……?」


これ、が指すものが、なんなのかもよくわからないまま言った。



「ムカデ野郎が人間を乗っ取って生活してるんだ。宿主の体に限界が近づくと、新しい体を探し始める。お前はなぜか、ムカデ野郎どもの好みらしいよ」


身震いした。



「……お兄さんは、ムカデを退治してるんですか……?」


「ああ。国家の安全のために戦う、公務員だ」


公務員ってスーツにネクタイじゃないんだ……なんて、小学生みたいな感想が出た。



「今知ったこと、ネットに書くなよ。国家の安全のために、お前も始末しなきゃいけなくなるから」


男は、死体を見るときと同じ目で僕を見下ろした。



♢♢♢



それから――


僕は自分と家族の安全のために、国の監視下に置かれることになった。


大学進学で一人暮らしをする予定だったが、あの公務員のお兄さんとルームシェアをすることになった。

24時間護衛をするためだ。


部屋の作りは僕に任されて、彼――久遠寺煌――は、一部屋だけ自分の部屋として好きに使う、ということになった。



あのムカデは人を乗っ取り、人間社会に馴染んで、普通の人間と子どもを作って繁殖しようとしているらしい。



「とはいえ、生まれた子どもは大抵異常ですぐに死ぬ。赤ん坊が死んでも、わざわざ調べないからな」


「……ムカデは、人間社会自体も乗っ取りたいんですか?」


「そこまで知能があるとは感じない。が、お前に対する執着は異常だ。もしかしたら、奴らの中で、成功法則が共有されてきてるのかもしれないな。お前みたいな人間に入れば、長く生きれるとか、子どもがそこそこ生き延びれるとか……」


「……気持ち悪いですね……」


聞いていて吐き気がした。



「あいつら、人間の体に収まっている時は、腸の中にいてさ……」


と、久遠寺は、ムカデ話をし始めた。

もし自分のお腹にいたら……と、想像したらキモかった。



「あの、もういいです」


「あ、そう。一応、自分の身に起こるかもしれない顛末を知っておいた方がいいかと思ったんだけど」


久遠寺がどんな人間かはまだ掴めない。



「久遠寺さんは、何者なんですか?」


「昔々から、そういう正体不明の奴らと戦う一族なの」


久遠寺はそうしか言わなかった。



「正義の、味方、みたいな?」


「国民の平和と安全、幸福のために働く公務員だよ」


久遠寺はあくびをしながら答えた。



「……まあ、お前もなかなかに、こっち側の人間だと思うよ。1回目と2回目に襲われた時の記憶、戻ったんでしょ? 奴らの天敵の俺に対抗する力があるから、狙われてんのかもしれない」


筋は通ってる。



「ま、仲良くやってこうや。彼女を家に連れ込むのは俺にお構いなくどうぞ。隣で聞いてるから」


「いや! やめてください! まずそんなことしないんで!」


久遠寺は笑ったが、僕は慌てて否定した。


ムカデは怖いが、一生……そして、どんな時も久遠寺がそばにいるのかと思うと、ちょっと憂鬱だった。

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