陰から人気アイドルな元幼馴染の寿命を守るだけ

夏川蛍

第1話


「みんなーーー久しぶりーーーー!今日は来てくれてありがとう、一緒に盛り上がっていこうね!!」


開幕の第一声、センターにいるアイドルが舞台を盛り上げる様に声を上げる。


おお、と観客席にいるファンたちはいっせいに反応を示し、さらに舞台の熱を上げていく。


滞りなく会場に流れる曲、アイドル達の響き渡るかわいらしい歌声、観客の溢れんばかりの歓声。様々な音が混ざり合い、痺れるくらいに身体の中を駆け抜けていった。


熱気が溢れているこの場所で、それだけの刺激を全身に浴びる。誰もがコンサートに夢中になっている。


そんな中、僕は手に持ったペンライトを振る事も忘れ、静かにぼーっとして、懸命に歌とダンスを披露しているアイドルメンバーの一人をずっと眺めていた。


その女の子は昔、僕のたった一人の幼馴染だった。


「おい、大丈夫か?」


と、隣にいる友人が心配そうに俺に向かって声を掛けた。


「ごめん、大丈夫だ。何でもない」


心配ないよ、と僕は言った。


「ならいいけどよ、せっかくいい席取れたんだから、そんなしょんぼりしたままじゃ、もったいないぜ?」


「そうだな。悪い」


せっかくお前の知り合いが頑張ってるんだからさ、と友人は僕の背中を軽く叩きながら励ましてくれた。


今日この場に居るのも、友人が一緒に行かないかと誘ってくれたお陰だ。一人だけだったらきっと、僕はいつまでも行けないままだっただろう。


今はただ、余計なことを考えないで楽しもう。


視線を友人からステージの方へと戻して、ペンライトを周りに合わせて振る。



曲はサビに差し掛かり、一気に盛り上がりが最高潮になろうとしていた。

いいステージだな、と僕は思った。


ただ自らの技量を魅せるのではなく、それぞれがお互いの魅力を最大限に活かそうとしている。きっと普段からも仲がいいんだろう。


いい仲間に出会えたんだな、と僕は彼女を素直に祝福した。


最初は初めて彼女のライブを観に行くことで、自分の感情がどうなるか不安だった。


でも彼女が輝いてる姿を観ても、卑屈にならないで純粋に応援することが出来ている。


ようやく僕もこれで、彼女に対しての自分勝手な劣等感を捨て去ることができそうで、ほっと何処かで安心した。


終盤に差しかかってきた。これが終われば、また明日からいつも通りの日常に戻るんだろう。

結局、彼女が僕に気づくことは、なかったな。


その事に胸が苦しくなりながらも、やっぱりどこかほっとしている自分がいる。


うん、やっぱりそうだ。


僕ら二人は元々、別世界の人間で、きっと昔に仲良くなれたのは奇跡だったのだろう。


明日からは、過去を引きずるのをやめて、自分の生活に集中しよう。


そう決心した。


そんな矢先。


最後の最後、数年ぶりに、彼女と僕の目が合った。


呼吸を忘れる。


永遠に感じられるような、だけどそれは一瞬にも満たなかったであろう時間、しかし確かにお互いを認識し、僕たちは見つめあった。


ハッとした様な表情で彼女はすぐに笑顔を見せて手を振った。僕に対してではなく、別の所にいるファンに向けた行為だった。


愚かにも僕は先程のやり取りで悟ってしまった。


彼女は僕の事を、どうでもいい存在として思っていなかった。

僕が彼女をたった一人の特別な幼馴染だと思っていた様に、向こうも同じく幼馴染として思ってくれていた。


本当に馬鹿な人間だな、と僕は自嘲する。

今更後悔したって、もう遅いのに。


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