勇者にはなれない

@usuisio

第一章

001

「あっさり追い出されたなぁ…」


 目の前で屋敷の勝手口が、無慈悲に閉じられていく…。

 十五年暮らした家だけど、あっさりしたもんだ。


 あ、俺は元貴族家の次男で、名前はウィン。

 平民の妾との子、だけどな。


 正妻の息子である長兄が家督を継いだので、邪魔者の俺は今日追い出された。

 まあ、家を継げない下級貴族の次男以下より、少し酷い程度の扱いか。


 それに、平民の母親から生まれた俺は、ババア義母から嫌われてて貴族的な教育は受けさせてもらえなかった。

 なので、貴族の屋敷にいるだけの、ほぼ庶民だったんだか…今日からは名実ともに平民になった。


 俺が住んでた場所は、王都の別邸。

 本邸は国の端っこにある領地に立ってて、義母達は大体そのへんに居るらしい。

 年に数回、社交界やら何かの用事があって王都に来るが、会話は全く無い。

 ほぼ無視、完全に居ない人間扱いだ。

 虐待とかは無いけど、ずっと放置されてた。


 俺にかまってくれたのは、庭師の爺さんとかコックの兄ちゃん、あと一部のメイドさんたち…みんないい人達だったな。


 部屋も使用人と同じだし、と言うか見習いメイドの子と、二人で一部屋だった。


 とにかく、貴族扱いされたことは無いってわけ。


「はぁ、取り敢えず今日の寝床を確保しないと…」

「そうですね、まず宿屋を探しに行きましょう!」

「そうだな…うん??」


 誰だよ、俺の独り言に相槌打ってるのは。

 まあ、声で分かるが。


 そこには見覚えのある、メイド服姿の女の子が居た。

 白い肌にサラサラの金髪、愛嬌あるくりっとした瞳。

 見習いメイドのマリーだ。


「何やってんだよマリー」

「えー、聞いてませんかぁ?」

「んー、聞いてないがなぁ?」


 いや、まじでなんの話も聞いてないが。


「あ、そういえば言ってませんでした!」

「ハハハ、こいつめ」


 相変わらず、適当な事言いやがって…。

 このメイドが、屋敷で同室だったマリーだ。


「マリーは仰せつかってました、旦那様から。

 坊ちゃまをお助けする様に、もしもの時は」

「倒置法で?」


 普通に話せ。

 しかし、そっか…親父の遺言か。


「…別に、親父の言葉を律義に守る必要は無いぞ?」

「そうなんですけど、マリーも屋敷をクビになったのです!」

「え、まじで??」


 マリー、無職になっちゃったか。


「マリーは貯金してたので、当面生活には困りませんが」

「貯金してたのか、えらいな」


 俺は給料も小遣いも無かったから、本当に無一文だが。

 路銀も無しで追い出すとは…ケチな実家だ、それとも嫌がらせか?

 嫌がらせだろうな。


「ついでに、捨てられそうだった坊ちゃまの衣類も、多少持って来ました!」

「おお、それすっごい助かる」


 気が利くなぁ、マリーは。


 で、マリーが言うには、ここ王都の別邸では、他にも平民出身のメイドさんや使用人等、続々と暇を出されてると。

 要するに、クビにされてるらしい。

 どうも、屋敷の中から平民色を一掃したいらしいな、あのババア。


「親父が死んでから本当に好き勝手やってんな、あのババアは」

「いえ、どうせ出ていくつもりでしたので。

 ぶっちゃけますけど、現当主のオクスオック様は、生理的に無理なのです」


 事実だけどさ、お前それ本人の前で言うなよ?

 あんなブタでも貴族だからな、不敬罪とか洒落にならないぞ。


「…旦那様が亡くなられたのが悔やまれます」

「…そうだな」


 親父は、領民から人気があったからな。


 あと、イケメンなので結構モテた。

 で、俺が生まれたってワケ。

 ははは。


 …まあ、それは置いておこう。


 女関係で文句はあったけど…親父のことは嫌いじゃ無かった。

 よく、ババアの目を盗んで剣の稽古を付けてくれた。

 残念だが、俺に剣の才能は、全く無かったが。

 間違えて、自分の頭を木剣で叩いた時の、親父の苦笑いは忘れられない。

 それでも、諦めずに色々教えてくれようとしてたしな。

 …いや、結構早い段階で匙投げてたな。

 そんで、体術と基礎訓練やらされてた。

 …まあ、それは仕方ない、うん。


 それでもちゃんと、愛情は感じていたし。

 …思い出したら泣きそうだ、目頭が熱くなる。


 …その親父が亡くなってから家督を継いだのが、正妻の息子である長男なんだが。


「親父の後継が、あのブタ野郎か…」


 長男のオクスオックも、選民思想が強いババアの考えをを受け継いでる。

 あと、いつも何か食ってる。

 純粋にキモい、笑い方とか。

 親父の血、どこいった。


 運動や勉強なんかが嫌いで、ガキの頃からメイドの尻を追いかけてたらしい。

 あれが腹違いの兄だと、思いたくない。

 失礼だけど、父親違うんじゃね?と思ってしまう。


「…あのブタ息子は、一度マリーが下着を洗濯している時に後ろから覗いてたんですよ。

 ニタァっていやらしく嗤いながら――


『マリーちゃんはドロワーズ派なんだねっ!

 でも、せっかくお尻がカワイイんだから、もっとピチピチした下着のほうがいいね、うん!

 そうだ!僕がもっとカワイイぱんつ買ってあげるよ!!

 そしたら僕が穿かせてあげるからね!!ナンチャッテ!!』


 ――って言って来て。

 本っ当にキモい、無理なんです」

「一気に喋ったなオイ」


 いやあ…変態だ。

 両腕に立った鳥肌を、必死に擦るマリーが不憫すぎる…。


「ま、まあ…その話は忘れよう、な?」

「そうですね本当うっかり養豚場のブタに紛れて飼育されてろ」


 真顔だなぁ。

 息継ぎなしで言い切るほどか。


 うん…大変だったんだなぁ、マリー。


「それで、マリーは本当に付いてくる気?」

「もちろんです!」

「いや、服だけ渡してくれれば――」

「一緒に行ってくれないなら、坊ちゃまの衣類は渡しませんよ!」

「く、コイツ…!?」


 これ見よがしに、俺のパンツを見せびらかしてくるな。

 やめろ、恥ずかしい、洗ってあるとかそういう話じゃねえんだ、仕舞えよ。

 いやまて、お前、今それポケットから出さなかった?

 なんで俺のパンツがポケットに入ってんだよ。

 本当に、昔っから、マリーの行動は読めない…。


「まあいいや…じゃあ当面は、お互い協力して生活していく感じで良いか?」

「ええ、決まりですね!」


 いい笑顔だなおい?


 あとパンツはポケットに仕舞うな、返せ。




 ◇◆◇




「それで坊ちゃま、確か王都の学園には通えるのですよね?」

「試験に受かればな、でも魔術学園なんだよ…魔術使えないの知ってるだろ?」

「入試で落ちますね!嫌がらせですね!」


 だよなあ!もっと違う学び舎あるよな!?

 これ絶対、分かっててやってるよな!?


 貴族家としては、妾の子といえ何も援助せずにポンッと放り出すのは、世間体が悪い。

 だけど本音では面倒見たくない。

 なので、落ちると分かってる学園を受けさせると。


 大体、家の籍から抜くにしても、普通は卒業してからだもんな、ほぼ勘当扱いだ。

 最初から入学出来ないって判ってるから、手間を省いたんだろうな。


 まあ別に行かなくてもいい。

 世間体とか知るか。

 あのババアの世話になりたくないし。

 俺としては、いっそ冒険者にでもなるか、と思ってた。


「でも坊ちゃま、そこまで強くありませんよね?」

「あ、ハイ」

「魔物や野盗にやられて死んじゃいますよ?」

「…ハイ」


 うん、俺は弱い。

 冒険者やるなら、当然そこそこ強くないと話にならない。

 例えば、剣とか魔法が使えないと、あっさり死ぬ。


 まず剣だが…教えてくれたオヤジも、ちょっと首を傾げてたくらい、剣の才能が無い。

 と言うか、武器全般の才能が無い、棍棒ですらまともに扱えない。

 自分の頭には当たるのに。


 あと、魔術に関しても才能はゼロ。

 初歩の魔法すら、発動出来たことは無い。


 考えるまでもない、今のまま冒険の世界に飛び込んでも、すぐに植物の養分になる。


「とにかく、戦闘技術は必要か」

「そうですね、試験までは一週間ありますから、落ち着いて考えましょう!」


 そうだな、時間はある。

 とにかく、駄目もとで学園受けてみよう。

 冒険者とかは…落ちてから考えるか。


「まずは、今日の宿を探さないとな」


 先行き不安だ…。




 ◇◆◇




 この宿は冒険者がよく使うらしく、寂れて見えて結構しっかりした作りだ。

 マリー曰く、値段の割に防犯もしっかりしてるらしい。

 二人で一部屋だが、今までも似たような感じだったしな。

 使用人の部屋よりはちょっと狭いが、贅沢は言えない。

 二段ベッドで寝てたあの部屋が、早くも懐かしい。


 学園の試験について、二人で相談する。

 試験自体は凄く簡単らしい、筆記は無くて、実技のみ。


 理由は、入学するのがほぼ貴族の子供だから。

 万が一落ちると、家の名誉に関わるとかで面倒になるから。

 …実際、子供が試験に落ちたら、大貴族の親が乗り込んできた事があるらしい。

 それ以来、とにかく魔術を使えれば入学出来るようになったと、アホなのかな?


 そんな訳で、とにかく魔術さえ使えれば入学できる。


「俺は発動すら出来ないけどな!」

「では、試験まで特訓ですね!」


 特訓してどうにかなるのか?


 ちなみに、マリーは生活魔術位なら使ってる、くやしい。


 前から思ってたが、器用だなーこのメイドは。


 メイドで思い出したけど、まだメイド服着てんのこいつ。

 なんで??


「これしか服が無いのです」


 そういえばマリーの私服姿なんて見たこと無い。


 でも、このメイド服、丈夫だし汚れにくいし、無駄に高品質。

 着心地も、そこらの庶民が着る服より、ずっと良いらしいし。

 それ値段も普通にお高いんじゃ、むしろ持ち出して良かったのか?

 と思ったが、どうも手切れ金代わりに貰ったらしい。

 あの義母の事だ、平民の下働きが着た服なんて、どのみち捨てられてるだろうし。

 そういう意味では、助かったのか?


 そのメイド服売って、普通の服買えばいい気もするが。


「絶対にイヤです!!」

「だよな?」


 何故か脱ぎたがらない、まあいいけど。

 俺も…マリーが着てた服を、他のやつの手に渡したくない。

 なんでかは知らんけど。


「それよりも、ほら! 特訓ですよ!」

「…分かったよ」


 気は進まないけどな。



 ◇◆◇



 硬いベッドに腰掛けて、小さなテーブルに置かれた木のカップに集中してるが、何の変化もなく三時間ほど経った。


「そう簡単には出来ないか」


 水、一滴も出ない…。


「坊ちゃま、お夕飯にしましょう」

「もうそんな時間か…」


 まあ、根を詰めて出来る物でもないし、気楽にやろう…。


 テーブルには、カチカチのパンとクズ野菜のスープ。

 屋敷に居た時は、食事は恵まれてたんだな…。


「ん、案外悪くない…」

「美味しいですね、坊ちゃま!」


 マリーは元気だなぁ、実際そんなに美味いって程じゃないけどな、硬いし薄味だし。

 俺も悪くないと思えるのは、一人じゃ無いからだろう。


 まあ、俺が一人で、ひもじい思いするのは良いんだ。

 マリーには腹いっぱい、美味しい物を食わせてやりたい。

 …頑張ろう、頑張るしかない。


 部屋には硬いベッドが一つだけ。

 仕方無いので、マリーと一緒に背中合わせで寝ることになった。

 ベッド狭いし、俺が床に寝ようとしたら却下された、こういう安宿は床が不衛生だから、と。


 ベッドも床も、マリーが徹底して掃除し直してたけど?何なら床に虫除けっぽい野草まいてたよな?それでもダメ?じゃあ仕方ないか。


「ふふ、こうして二人で、並んで寝るのも楽しいですね」

「おう、子供の時以来だな」


 もう十五歳だからな。


 寝るときは、流石にマリーも着替える。

 その場でメイド服脱ぎ始めたので、一応…着替えは、見えないようにした。


 なんだろう、男と思われて無いのかな?

 幼馴染みたいなものだしな…。

 でも、流石に同じベッドだと、めっちゃ女の子の匂いするんだが。

 …まあいいや、今日は考えない様にしとこう。


 マリーの寝間着は、着古してくたびれ、ツギハギだらけだ。

 庶民なら普通…でも服も、もっと良い物買ってやれる様にならないと。


 あとメイド服以外な。


 横になると背中にマリーの体温を感じて、また少しモヤモヤしたけど、すぐに眠気がやってくる。


 これでも真面目に練習したから、結構疲れてるんだよ。


「明日は魔術、出来ると良いですね」

「出来るといいなー」


 いや無理かなぁ…。


「出来ますよ、マリーが居ますから」

「そうだなぁ…」


 マリーの体温が、あったかくてきもちいい。

 眠気で受け答えが適当になっていく…。


「おやすみなさい、坊ちゃま」

「うん、おやすみ…マリー…」


 あー、眠い…。



 ◇◆◇



 翌日から、マリーは昼前になると仕事に出掛けては、夕方に戻る様になった。

 いつの間に仕事見つけた?生活力高いな、そして俺はヒモ男かな?


「今日も干し肉を貰ってきましたよ!

 坊ちゃま、一緒に食べましょう!」

「悪いな、俺何もしてないのに」

「もう、それは言わない約束ですよ。

 いいですか?入試までは坊ちゃまは、魔術に集中して下さいね?」


 マリーが仕事から戻ると、いつも干し肉を一切れもらって帰ってくる。

 仕事先で昼食に出る賄いだろうか。

 二人で食べるには物足りないそれを、俺は均等に切り分ける。

 じゃないとマリーは、自分の分を少なく取ってしまう、自分もお昼を食べてない筈なのに。


 流石にこれだと足りないから、いつもの安いスープと硬いパン。

 味は相変わらず、そこに干し肉が加わって少しマシになった感じ。


 まあ、今までも贅沢な生活してた訳じゃないし、すぐ慣れたが。


「魔術は、相変わらず駄目だなぁ…」


 俺も働きたいが、マリーが駄目って言うので、ずっと宿屋で魔術の練習。


 そして、空のコップを眺めて三日。


 何も進展がない。

 流石に心が折れそうになる…。


「うーん…坊ちゃまは、魔素の通りが悪いのかも知れません」

「…そういう問題か?」


 もっと、根本的な部分が駄目な気がするけどな。


「じゃあ、『マナ・リフレクソロジー』をしてみましょうか!」


 なに?マナ…何??

 ああ、何か魔力を使ったマッサージだか、デトックスだか?よく知らんけど。


「え、マリーそんな事も出来るの?」

「さあ?」

「何だコイツ…」


 知らないのかよ。

 ノリで適当にやろうとすんな。


「大丈夫です!マリーにお任せあれ!」

「不安だなぁ…」


 で、ベッドに横になれと?


「…あ、そうだ!服も脱いで下さい!」

「お前それ今思いついただろ!!」


 そうだ!じゃねぇんだよ。


「そうなんですが、マッサージオイルを使うのを、たった今思い出しました!」


 都合よく思いだしたな。


 あ、やめて、脱がさないで。


「せめてパンツは止めろ」

「しょうがないですね」


 ありがとう御座います。

 いやな、確かに子供の頃は見られたことあるけどな、節度というか、な?


「それじゃ、やりますよ!」

「…あれ、オイルは?」

「持って無いですよ?」

「えっ…」


 確かに、持ってるとは言ってなかったなぁ!!もお!!

 俺、ただ脱がされただけか!!


「はーい!じゃあ肩からいきますよ!」

「…いや、なぜ俺の背中に乗ってるの」


 …何か背中に、ぷにっとした感触がくるんだけど?


「背中に乗らないとマッサージ出来ませんので」


 だからって躊躇なく人の背中に尻を乗せるな!


「わぁ…坊ちゃま、すごく硬くなってます…る」

「んん?!ななななにににににに!?!?」

「お肩、こってますねー?」

「お、おお!肩ね!!うんうん!!いやぁ肩こってるな!!」


 そうだよ!肩だよ!!

 うつぶせでよかったな!!


「あー、でも気持ちいいなこれ…」

「うふふ、モミモミ、モミモミです」


 何か、マナリフレとか関係なく、普通にマッサージな気がするが、気持ちいい。

 あと、背中に乗ってるマリーも気持ちいい。


「ふぅ、ちょっと暑くなってきました」

「俺の背中でスカートをバサバサさせるな」


 見えるだろ中身が、まあドロワーズなんだろうけど。

 ドロワーズ…なんだろ?


ふぁふにんしふぁす?確認します?

「スカートを口に咥えるのは止めろ!」


 やめたまえ、はしたない。

 背中だから見えない?横目でちらっと見えるんだよ、見ないけど。


「まあ今日はドロワーズじゃなく普通の下着ですけど」

「え?!」


 背中がやけに人肌だと思ってたよ!!


「あれあれ?坊ちゃま、今度は何処が硬くなっちゃいましたぁ??くすくす!!」

「く、こいつ…」


 煽んな。

 分かっててやってんのか、あぁ??

 しかし、馬鹿にしながらもマッサージは止めない、プロか。


「あはは…ふぅ、ではそろそろ本気でやりますよ!!」

「本気って?なにその不穏な…あ、あああ?!痛ててててて?!?!」


 痛い!いたい!!何だこれ!!ビリビリする!!!


「おぉ゙!!おぼおぉ゙ぉ゙ォ゙!!!」

「はいはい、ちょっと我慢して下さいね」


 おぉぉ゙ぉ゙ぉ゙!!おぉ゙ぉ゙ぉ゙ォ゙ォ゙!!!!



 ◇◆◇




「おおお?!で、出た?!なんか出たぞ!!」

「わ!わ!やりましたよ坊ちゃま!!」


 あの後、なんと水を出す魔術が成功した。

 いやー、まさか本当に出来るとは。


 変なマッサージ、効果あったな。


「初めてでしたけどちゃんと出せてえらいです!」


 なんか、マリーが凄い嬉しそう。

 俺も嬉しい、マリーもえらい。


 マリーが用意したカップには、間違いなく水が注がれていた。

 俺が、魔術を…感動だ…。

 諦めなくて、本当に良かった。


 これも、ずっと応援してくれたマリーのお陰だ。

 まあ、あのマッサージは本当に痛かったが。

 身体はめっちゃスッキリしたけど。


 魔術は…慣れてないので少し勢いがつき過ぎて、マリーの髪にも掛かってしまったが。

 思った以上の勢いにびっくりだ、加減を覚えないとな。

 ごめん、と謝ると、マリーがニコニコと笑う。


「大丈夫です!…じゃあ、これはマリーが毒見しますね!」


 飲料水に出来るか試さないといけないからな。


 いや、そういうのは自分でやるものじゃ? 

 うん、そうしよう…おい、コップ離せよ。

 はなせ…こいつ力強っ!びくともしねえ!


 はぁ、まあいいか…。


「んっ…ちょっと生ぬるいです」

「生ぬるいって何だよ」


 ぬるいのか。

 …ま、健康には問題なさそうだ。

 俺も飲んでみたが、確かに温いな?

 それでも水だ、うん。


「あっ!坊ちゃま、魔力切れは大丈夫ですか?」

「ん?…いや、よく分からん」


 魔力を使い過ぎると倒れるっていうアレな、よくわからん。

 まあ大丈夫じゃないか?


 その後しばらく様子をみたが、特に問題は無いみたいだ。


「とにかく、これで試験は受けられるかな」

「魔術を使えれば受かるって言ってましたから、大丈夫ですね!」


 大丈夫かなぁ、と言っても行くしか無いけど。

 もう練習の時間もない、これで受からなければ諦めるしかないか。

 というか疲れた、もう集中が切れた、眠い。


「もし駄目でも、マリーは坊ちゃまとずっと一緒ですよ!」

「お、おう…うん、ありがとう」


 面と向かって言われると、照れるな。

 まあ、親父に義理立てしてるだけなんだか。

 それでも、マリーには色々感謝してる。


「ありがとうな、マリー」

「どういたしまして、ですよ!」




 ◆◇◆




 こんばんは、冒険者のミミです。


 冒険者は身体が資本です。

 特にミミみたいな魔術師は、睡眠に気を使うのです。

 集中力が切れたら魔術も切れます、それは死に繋がりかねないのです。

 なので、睡眠は大事なのです。


 その点、この宿は安い割に、お婆さんが怪しいお客さんを弾いてくれるので、治安が良いのです。

 おかげて、安心して眠れます。

 ミミの様に、女性客も多い、知る人ぞ知る穴場なのです。


 …ただ、壁はそんなに厚くないので、隣の部屋の音が漏れたりしますが。

 まあ、ミミの耳が少し良いのもあるですけど。

 欠点といえば、そのくらいです。


 さて、改めて、冒険者は身体が資本です。

 明日の依頼の為に、今日は早めに休むことに…何か今日は何時もより騒がしいです?


 …まあ、無理にでもベッドに横になれば、自然と眠くなるはず…この宿ベッドは壁際なので、余計に良く聴こえますね。


 しかし、何をやっているんでしょうね、お隣さんは…ん??

 ええっ?!


「あ、あわわわ…」


 こ、これって…まさか?!あ、あわわわわっ?!




 ――き、来た!なんか出そう!――

 ――ぼ、坊ちゃま!マリーのココに出して――


 ――で、出た?!なんか出――

 ――わ!わ!凄い勢いで――


 ――はあ…はあ…はあ…――

 ――初めて――ちゃんと出せてえら――


 ――ご、ごめん髪に掛かっ――

 ――れはマリーが飲みます――




 ――んっ…ちょっと生ぬるいです――




「…と、隣りの部屋がエッチ!!すごいえっちな事してるです!!」


 こんな、こんなハレンチな…いけないです!!えっちすぎます!!


「むぅ…?もうちょっと良く聴こえませんか…?!」


 もう、ミミは明日も依頼があるので、早く寝ないといけないのに!!

 お隣りさんには困ったものですね!!

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