代償
新田光
大切なものを守るために
俺は普通の暮らしがしたかった。
特別な称号もいらない。誰かにチヤホヤされなくてもいい。
ただ、普通に生活をし、好きなものを食べて好きなことをする。それだけできればよかった。
それなのに現実は無情だ。
望んでもいないことが次々と襲いかかり、俺を困らせる。
それが勉強をしたり、人付き合いなど努力すれば解決できるものであれば、俺もここまで絶望感を味わうこともなかっただろう。
しかし、今回のことは話が違いすぎる。
気づいたら足を枷で固定され、暗い部屋に監禁されているのだ。
とどのつまり、命を誰かに握られている。
こればかりは努力でどうにかできるものでもなかった。
「なんでだよ!」
滅多に遭遇するはずのない非現実的な状況に俺は、溢れ出そうな涙を堪えつつ大声を出した。
「
俺の声に反応したのか、隣から聞き覚えのある可愛い声が聞こえた。
それを聞いて、俺は更なる絶望感を味わった。
なぜなら、その声は幼馴染の
「嘘だろ……」
か細い声で俺は言葉を出していた。
自分だけならまだしも、大切な人が巻き込まれてしまっていた事に心が追いつけていなかったのだ。
だが、現実はさらに畳み掛けるように俺に追い打ちをかけてくる。
「お兄ちゃん?」
愛おしい声が俺の鼓膜を貫通する。
「ああああああああー!」
今ので俺の心は完全に瓦解した。
なぜなら、そこには凪と同じくらい愛している俺の妹──
涙が止まらず、この意味不明な状況を俺は恨みたくなった。
これだけ恨みを募らせるのは人生で初めてだろう。
俺は恵まれていたし、勉強もスポーツも人より優れていたから、嫉妬したことはあったが、恨みを持ったことはなかった。
しかし、この状況だけは許せない。
殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!
この状況を仕組んだ奴を殺してやる。
人の大切なものを奪った報いは受けさせてやる。
一気に殺人鬼のような感情が湧いてきて、次に何をするのかを思案していく。そんな時……
「レディースエンドジェントルメン! さぁ、楽しい楽しいショーを始めましょうか!」
場違いなほど陽気な声が流れてくる。
変声期を介していたので男か女かはわからなかったが、こいつが異常者であるのは声の感じから想像できた。
「どうして黙り込むの? これは君たちの絆を図るためのショーなんだよ。ほら、笑って、笑って」
理解できない言葉を羅列するが、この異常者の言動は止まるところを知らない。
「じゃあ、ルール説明ね。目の前の壁を見て?」
俺は異常者の言葉に耳を傾けるつもりはなかったが、凪と渚のためを思い、目の前の壁を睨みつけるように見た。
だが、視界は真っ暗で何も見えないため、そこに何があるのかがわからなかった。
「ごめん。ごめん。そこ真っ暗だったね。壁にはね君達の足枷を外す鍵があるんだよ。でも……届かないよね」
知ってかしらずか、異常者はひとり場違いな声色で答える。
そう、これが最悪なゲームと知っているのにも関わらずに……
異常者が言うには鍵がフックに固定されているらしいが、俺達は当然ながら取れない。
「でも、ひとつだけ方法があるだよ。ほら、君らの隣、ライトで照らしてみなよ」
ライトなんてあるはずがない。そう思ってると……
「なんで取られてないのよ?」
渚が自分のポケットの中に入れていたスマホの感触を感じ、驚きを見せる。
スマホがある。なら、外部との連絡も取れる……という希望的観測が浮かび上がり、俺の心は少しだけ心が軽くなったが……スマホの端に表示された『圏外』という文字に一気に奈落に落とされたような感覚に襲われた。
あの異常者はここまで考えて俺達を弄んでいたのだと……
「嘘……これって……」
「いや、いやぁぁぁぁぁ!」
二人の声を聞き、俺もライトを照らして言われた通り、隣を見てみた。
そこには……人の足と思しき物と、新品のノコギリが無機質に置かれていた。
俺はこのシチュエーションを前に、考えられる最悪を頭の中に浮かべた。
ホラー映画などによくある、『誰かの足と引き換えに助かる』そういったシチュエーションだ。
無慈悲過ぎる現実を前に、俺はもう何もやる気を失った。
あれから何時間経っただろう……飲まず食わずで腹もぺこぺこだ。
家族も心配している。もしからしたら捜索願いも出されているかもしれない。そんな時、
「渚ちゃん!」
凪が切迫した声を上げた。
その声に俺も反応し、バッテリーの少ないスマホのライトで妹を照らす。
ライトに照らされた渚は、ぐったりとしており、気を保っているのがやっとといったところだろう。
そりゃそうだ。洞窟の中で少し涼しくても、何時間も水分を取らなければ、人間の身体的に脱水症状になってもおかしくない。
妹が早かっただけで、いずれは俺達にも同じ状況が訪れる。その時、動ける誰かがいなければ、たとえ助けかってもこの場でジ・エンドだ。
選択は迫られる。
この異常者に懇願しても意味はない。ここがどこだかわからないため、誰かの助けも期待できない。なら……
俺は隣のノコギリに手を伸ばした。
「何してるの!」
俺の取った行動に凪は動揺する。それと同時に止めようともしてくる。
しかし、その手を振り払い、俺は奴が望んでいることの準備をする。
丁寧だ。俺達の誰かがこの行動をとってもいいように、近くには消毒液と綺麗な布が用意されていた。
しっかりと友情を見せれば、助けてくれる仕様になっているらしい。少し優しさが垣間見えるか。
俺は足枷が嵌められている足に刃を向ける。布を噛み、舌を噛まないように準備もする。
鼓動がうるさい。息も上がり、恐怖心が込み上げてくる。だが、妹の命と俺の足……それを天秤にかけた時、俺の恐怖は少しだけ和らいだ。
決心の時が来て……俺は……
俺のどもったような声が洞窟内に響きわたる。
全ての行動が終わった後、俺は全身に冷や汗をかいていて、動くのすら困難だったが、最後の気合いを振り絞り、壁にかかっている鍵を取った。
その後は鍵を使い、皆無事に助かったが、結局あの異常者の正体、目的などは一切不明。
なぜ、俺達は巻き込まれたのすらもわからずじまいだった。
あれから一ヶ月。
妹はあの事件がトラウマになり、精神が病んでしまった。学校にも行っておらず、俺に申し訳なさを感じているようだ。
凪はあの事件を忘れるように陽気に振る舞っているが、心の奥底に根付いた心の傷は一生かかっても癒えることはないだろう。
肝心の俺だが、片足を無くした弊害が大きく、車椅子生活になっている。
俺が目指した生活はできてはいないが、あの日の代償の恩恵は手に入れられただろう。
「さすが私のお兄ちゃん……大好きだよ」
代償 新田光 @dopM390uy
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