歴戦少女 ガールズ・ヒストリア

@towofuya

第1話 サムライ・ガール



「足りてねェんだよ、クソ眼鏡ッ!!」

 日の沈みかけた放課後。校舎の生み出した影の中で、それは行われていた。

「ご、ごめん。でもそれが全部なんだ……。」

 胸ぐらを掴まれた眼鏡の男子生徒は震えた声で事情を説明した。

「知るかよ、ンなことよォ!!」

 胸ぐらを掴んだ不良生徒は苛立ちを晴らすため、眼鏡の生徒を突き飛ばした。

「こんなんじゃ、バッグ一つ買ってやれねぇ。」

「悪ぃな、もうちょっと待ってくれ。」

 不良生徒は後ろを振り返り、一人の女生徒へと詫びを入れる。

「ううん。私こそごめんね。ワガママ言っちゃって。」

 女生徒も自らの落ち度を詫びる。だが、最も謝罪すべき人間は眼中にすらなかった。

「いいんだよ、お前のため――」

「良いわけないでしょッ!!」

 突然の大声に三人は一斉にそちらに目を向ける。

「チッ、鬼方おにかたか……。」

 女生徒の後ろから現れた、鬼方と呼ばれた女生徒。女性としては背が高く、すらりと伸びた足が人目を惹く。

「盗ったお金、返しなさいよ。」

 一見では端正な顔立ちの淑女。だが、その瞳には燃える正義感が満ちていた。

「盗ってねェよ。ちょっと借りただけだ。」

「先週も借りてたわよね? 返したの?」

「しつけェなァ……!!」

 不良生徒は再び湧き出す苛立ちを押さえようと、踵で足踏みをする。

「……私、この子嫌い。」

 苛立っていたのは不良生徒だけではなかった。女生徒は軽く顎で合図する。だが、不良生徒は思ったように動かなかった。

「どうしたの? 早くしてよ。」

 先ほどのような、彼女としての言葉ではない。冷徹な口調で言い放った。そして、平然と鞄からジュースを取り出して口にした。おおよそ、まともな感性を持っていたに。それに気おされて、ようやく不良生徒は動いた。

「死ねよクソ女ッッッ!!!!」

 不良生徒は鬼方に拳を振りかぶる。だが、それはあっけなく躱され、鬼方に手首を掴まれる。

「あがッッッ!!!!」

 そしてそのまま腕を捻られ、無力化されてしまった。

「返しなさい!!」

 不良生徒はそれを渋るが、極められる痛みから逃れるべく、ポケットからしわくちゃの万札を投げ捨てた。

 鬼方から解放された不良生徒は肩を押さえて退散した。女生徒の方はとっくに姿を消していた。

「怪我は無い?」

 残ったのは鬼方と、眼鏡の男子生徒。座り込んだままの男子生徒に対し、鬼方は手を差し伸べた。男子生徒は一度手を伸ばしたが、自分の手に怪我があることに気付き、それを止めた。しかし、それでも鬼方は彼の手首を掴んで引っ張り上げた。

「保健室、行きなさいよ。」

「あ、ありがとう、ございます……!!」

「それと、これも。」

 鬼方は拾い上げたしわくちゃの万札を広げ、シワを伸ばした。だが、握り潰された紙幣は綺麗には戻らない。

「あはは、ちょっと待ってね。」

 鬼方は万札を指の間に挟むと、ゆっくりと、それでいて力強く指を滑らせた。

「きれいになれぇッッッ――!!」

「いいですよ!! 十分ですから!!」

 男子生徒は申し訳なさと、破れるのではという不安から、紙幣を掴んで鬼方に離すように頼み込む。

 鬼方はやや不満げではあるものの、大人しく本来の持ち主へと返還した。

「あの、ありがとうございました。助けていただいて……。」

 男子生徒は紙幣を懐へとしまい込むと、深々と頭を下げた。

「どういたしまして。」

「困ったことがあったら相談しなさい。」

 鬼方は堂々とした表情で、左腕の腕章を軽く引っ張ってみせた。

「生徒会副会長、鬼方アンナが力を貸してあげるわ。」

「はい……!」

 アンナは背を向けてその場を去る。ただ、その前に一つだけ、彼に告げた。

「やり返すのも大事だからね。」

 男子生徒は何も答えなかった。




「これで何度目だ? 鬼方。」

 職員室の静寂を怒声が突き破った。アンナを叱責するのは細身の男性教師。髪には艶があり、オールバックに整えられている。だが、少し痩せこけた頬からは老いを感じられた。

「数えてません。」

「三回目だ。今月だけでな。」

 教師は深くため息を吐く。もはや言葉にすることさえ馬鹿らしい、そういった様子だった。

 教師はデスクの引き出しを開くと、紙の端を捲って枚数を数えた。

「反省文、明日までに書いてこい。」

 教師は原稿用紙を雑にアンナに突き出した。だが、彼女はそれを受け取らない。

「反省することなんてありません。」

「暴力を振るったんだろう!?」

 教師は原稿用紙でアンナの腕を叩いた。用紙は大げさな音を立てるが痛みは無い。むしろ、用紙の方が傷つくこととなった。

「次やったら停学だからな。」

「分かったら今日は帰れ。」

 アンナは口を開こうとしたが、教師は既にデスクのパソコンへと向き直っていた。

「……失礼します。」

 彼女は脇に置かれた折れた原稿用紙を手に取り、足早に職員室を去った。


「私は間違ってない……!」

 階段を降りるアンナの足音には怒りが込められていた。だが、冷静さを欠いてはいない。踏み外すことのないよう、足元を見ながら手すりに掴まって降りていった。

 彼女が昇降口にたどり着いた時だった。

「アイツ……!!」

 靴箱には空になったジュースのペットボトル。そして、その中身であろうオレンジ色の液体が靴の上からぶち撒かれていた。

 アンナが手に取ったペットボトルがメキメキと悲鳴を上げる。

「明日、楽しみにしてなさい……!!」

 アンナはゆっくりとペットボトルのラベルを剥がした。




「あ~もうっ! 靴の中ぐじゅぐじゅ!!」

 靴箱の掃除を終えたアンナは鞄と空のペットボトルを手に帰路へとついた。だが、普段の帰り道とは違う方へと歩みを進めていた。

(あんまり褒められたことじゃないけど……。)

 彼女が立ち寄ったのはコンビニだった。彼女の認識としては、帰り道にコンビニに寄ることは好ましくない。だが、目的があった。片手を塞いでいるペットボトルを捨てることだ。

 アンナはゴミ箱を見つけると左右を確認した。生徒会副会長である自分がコンビニに寄り道など知られたら面目が立たない。アンナはこっそりと近づいた。

 だが、そこに問題が立ちはだかる。

「ゴミを持ち込まないでください……ですってぇ!?」

 ゴミ箱に赤地に白文字で強調された一文。たった一文。されど絶対の一文。アンナは入れかけたペットボトルを慌てて引き抜いた。

「くっ……確かに迷惑、よね……。」

 アンナは捨てることを諦めてコンビニを離れる。だが、そのゴミを家に持ち帰るのは嫌だった。穢れを持ち込むような気分がするからだ。


「ど~っこもダメじゃない……!!」

 すっかり日も沈み、街灯が点々と道を照らしている。靴も相変わらず水気を帯びており、疲労と不快感がストレスへと変換されていく。

「なにやってるのかしら、私……。」

 最初のコンビニで捨てていれば、帰り道でポイ捨てすれば、そもそも人助けをしなければ……。負の感情が心の底から沸き上がる。

 そんな感情を平手打ちが否定する。

「私は、間違ってない……。」

 アンナは再び歩み始める。その一歩を踏み出した時だった。つま先に硬い物がぶつかり、それを蹴飛ばしてしまう。

「またゴミ……!?」

 ゴミにうんざりしていた直後だ。苛立ちに声を荒げてしまう。だが、街灯に照らされたそれは、ゴミというには奇妙だった。

「靴……?」

 光の元に転がったのは、片方だけの革靴。大きさや形状から察するに女性用だ。そして、その靴には見覚えがあった。

「まさか……!!」

 アンナはとっさに靴の内側を確認する。一見すれば普通の革靴。だが、無視できないことが、そこに書かれていた。

「うちの生徒だ……!!」

 アンナは周囲を見渡す。そして、闇の中にわずかに光るものを見つけた。もう一足の革靴が、暗い闇が包む路地裏へと手招きしている。その誘いに彼女は乗った。


 街灯の無い細い路地。先に続く雑木林が風に揺れて不気味に騒めく。それに煽られるように、アンナの心臓もうるさく鼓動を打つ。

「だからやめてってば!!」

 周りの音とはあまりにも異質な音。甲高い悲鳴とも呼べる叫びが緊張を高まらせた。

「そっちから誘ってきたんだろ?」

 いかにも、といったガラの悪い男が三人。その間から見えるのは制服を着た女性。見覚えのある人物だった。

「さっきのクソ女……!!」

 カツアゲの首謀者。盗んだ金で貢がせる女。アンナの靴にジュースをかけた女だ。

「ざまぁみなさい。」

 アンナは懐からスマホを取り出す。

「こんなの、警察にでも任せればいいわ。」

「もしもし、今、女性が襲われてて――、」

 彼女は状況を冷静に伝えていく。いや、冷静に伝えるように努めた。

「誰かっ、誰かいませんかァーーッッッ!?」

「いやしねぇよ、こんなとこ。」

 否が応でも耳に届く声。スマホを握る手が無意識に強くなる。息が、鼓動が荒く高まり、燃えるように体が熱くなる。

『分かりました。あなたも安全な場所に避難してください。』

 その声はもう届かなかった。




「なんだよ、お友達か?」

 突如現れたアンナに対して、チンピラ達はかけらほどの恐怖も感じなかった。三人ともアンナよりも体格に優れている。特にリーダーと思われる男は見上げるほど大きかった。

「友達じゃ、ないわ。」

 その威圧感に思わず怯む。体格差があるということがどれだけ不利か理解しているからだ。

「……そいつを放しなさい。」

「いいぜ。」

 アンナはその返答に少し期待した。話が通じるのではないかと。だが、その期待は一瞬で裏切られる。

「お前が代わりになってくれるならなァ!!」

 大男はアンナを捕えようと手を伸ばす。だが、捕らえたのはアンナの方だ。大男の手首を掴み、瞬時に捻って背後へと回す。

「解放しないなら、折るッ!!」

 その様子を見て、他の二人はアンナが只者ではないと悟り、拘束する腕を放そうとした。

「折ってみろよ。できるもんならなァ!!」

 アンナは全力で腕を抑え込んでいる。だが、じわり、じわりと押し返され始めていた。腕が戻るにつれ力は増していき、ついには抑えきれなくなった。

「護身術でもやってんのか? 怖ぇな、今の女は。」

 大男は自由になった右腕を軽く回し、健在であることを示した。

「さて、どうする?」

「大人しく犯されるか、ボコられて犯されるか。」

「選べよ、女。」

 大男は下卑た笑みを浮かべる。それにアンナは答えない。黙って臨戦態勢を取った。

「そうこなくちゃなァ!!」

 大男は力任せに拳を振るう。単純なストレート。だが、それが脅威足りえるほどのスピードとパワーを兼ね備えている。

 だが、当たらなければ意味は無い。アンナは脇へ回るように回避すると、すかさず正拳突きを叩きこむ。

「フゥー、痛ってぇ。」

 効いてはいる。だが仕留められる気がしない。殴った拳にじんわりと痛みが広がる。

「ほらほら、もっと来いよ!!」

 アンナは接近を試みる。だが、リーチが違う。大振りをしない大男に対してはあまりにもリスクが大きい。

「どうしたどうしたァ!?」

 次第に戦闘は大男の優勢となる。回避にも限界を迎え、攻撃が掠めるようなる。

「お返しッ、だァ!!!!」

 攻撃を掠め、バランスを崩したアンナ。そのタイミングで強烈なボディブローが彼女の腹部を抉った。

「ッッッハ――!!」

 踏ん張ろうにも足が震える。力が入らない。胃液の嫌な酸味が口に充満する。必死で立ち続けようとする意志は虚しく、彼女は膝をついてしまった。

「私……、」

 朦朧とする意識の中で、感情が溢れ出す。

「間違ってたのかなぁ……?」

 彼女はいつだって、自らの信念を貫いてきた。たとえ嫌われようと、報われなかろうと、正しい行いをする。そう誓って生きてきた。だが、現実は残酷で、冷酷で、もはや何を信じれば良いのか分からなかった。

 悔しさと虚しさが彼女の頬を伝う。

「あぁ~最高だよなァ。気ィ強い女屈服させるのはよォ。」

 大男はアンナの心を踏み躙りながら歩み寄る。もう諦めてしまっても良かった。どうせすぐに警察が来る。その間の辛抱だ。その方がきっと、楽なんだ。

『戦え。』

 誰もいない。味方も仲間も助けてくれる人も。だが、その声は確かに聞こえた。

「誰……?」

 知らない声だった。だが、知りたい言葉だった。

「……戦ったわよ、私は。」

『戦い続けろ。己が正義を示すために。』

「正義ってなに……?」

『お前の信じる正しさだ。』

「私の……?」

 一瞬、アンナの脳裏に一人の男の背中が蘇る。

「さっきからなにブツブツ言ってやがる。」

 大男はアンナの顎を掴んで強引に顔を向けさせる。

「助けてほしいなら、ハッキリ言えよ。」

「裸で土下座するってんなら考えてやるぜ?」

「……こんなの、正しくない!!」

 言い終わるのと同時だった。

「……テメェ!!」

 アンナの平手打ちが大男の頬を叩いた。そして、彼女は立ち上がる。その左手には黒鞘の刀が握られていた。

「舐めてんじゃねェぞッ!!」

 大男は怒りに任せて拳を振りかざす。だが、その拳は届かない。突如目の前に現れた黒衣の男がその拳を掴み止めたからだ。

「いッ……!!」

 掴まれた拳は微動だにしない。万力のような力で捕らえられ、骨が軋む音が血の気を引かせた。

「いくぞ、鬼方アンナ。」

 その男は徐々に薄れていく。そして、後ろに倒れるようにアンナと重なり、交わり、赤き旗に包まれる。

 そして、その繭が解き放たれた瞬間、嵐のような突風が放たれ吹きすさんだ。

「な、なんなんだよ……!!」

 アンナの後方、数多に突き刺さった赤き旗が風になびく。そこに書かれたのは「誠」の一文字。

「私は戦う、戦い続ける……!!」

 アンナの姿も変わっていた。赤誠の旗とは対照的な浅葱色あさぎいろのコートを羽織り、白いマフラーがゆらゆらと風に流れる。

「己が正義のため――、」

「私の信じた正義のために!!」

『目が覚めたか。』

 彼女は腰の黒鞘から抜刀する。その白銀に輝く刀身は、この世を包む夜の闇さえも切り裂かんと煌々としていた。

「おいおいおい!! それはねェだろッ!!」

 偽りなき刀の輝きに、大男も思わずたじろぐ。先ほどのような余裕はなく、引けた腰で後ろへと下がっていく。

『安心しろ。償いの機会はくれてやる。』

 アンナは刃を自らの方へと向け、峰打ちの持ち方へと変える。

「『誠の正義、示させてもらうッ!!』」

「クソったれェェェッッッ!!!!」

 半ばヤケクソになった大男が殴り掛かる。だが、そんなものはもはや通用しない。

『鍛えなおせ、クズ野郎。』

 アンナは軽々と躱してみせると同時に、隙だらけの腹部へと刀身を叩きつける。

「う˝ッ˝ッ˝ッ˝――!!!!」

 たった一撃。だが、仕留めるには十分。大男は意識を失い、地面へと倒れ伏せる。

「ヒィッ!!」

 それを目にした残りの二人は女生徒を捨てて雑木林へと逃走を試みる。

「逃がさないわよッ!!」

 だが、瞬きする間に回り込まれ、進路を防がれる。

「み、見逃してくれよ! 俺たちは何もしてないだろ!?」

「俺たちはやらされただけなんだ! 悪いのはアイツなんだ!」

 チンピラたちは我が身可愛さに必死で命乞いをする。だが、それが土方の逆鱗に触れた。

『仲間を売るなど言語道断ッ!!』

 強烈な裏拳。そして回し蹴り。瞬く間に二人のチンピラは意識を奪われた。


 遠くからサイレンの音が近づいてきていた。チンピラを拘束する手段が無かったため対処に困っていたが、どうやら間に合いそうだった。

「一件落着、と言いたいけど……。」

 そう、まだ解決していないことが残っている。

「この姿はなんなの!? なんで刀持ってるわけ!?」

「何一つ、全く理解できないわ……!!」

 アンナは軽く動いてみたり、身体のあちこちを見てみるが、状況が全く飲み込めなかった。

「……ねぇ、」

 その混乱を一時停止させたのは、例の女生徒だった。

「……なんで助けたの?」

 女生徒は怪訝そうな表情で尋ねた。理解ができない。そういう顔だった。

「別に、アンタを助けたわけじゃない。」

「悪党が許せなかった。それだけよ。」

 アンナは鞄の方へと歩み寄ると、あれを拾って女生徒へと見せつけた。

「このゴミ、持ち帰って。」

 女生徒は何も言わず、それを受取った。その直後だった。

「動くなッ!!」

 細い路地にパトカーが止まり、ヘッドライトの光が二人に向けられる。そのまぶしさに目を細めるが、微かにそれは見えた。

「なんで銃……!?」

 なぜ銃を向けられるのか、理解するのに少し時間がかかった。当然だ。自分が持ってきたものではないからだ。

「そこの女! 武器を捨てて投降しなさい!」

 アンナは頭を抱えた。どう説明したとしても銃刀法違反に変わりはない。ましてや、突然刀が現れたなどと言っても信じてはくれないだろう。

「銃を下ろしてください!」

 意外にも動いてくれたのは女生徒だった。

「この人は助けてくれたんです!」

 女生徒の言葉に警察は何やら話し合いをしていた。アンナが両手を上げると、警察は銃を下ろし、二人の元に接近する。

「刀は、本物か?」

 警官の一人がアンナに尋ねる。どのみち調べれば分かってしまう。アンナは正直に答えた。

「……銃刀法違反の現行犯で逮捕する。」

 アンナの腕に手錠がはめられた。




「そろそろ真面目に答えちゃくれないかねぇ?」

 狭い取調室の中、アンナは刑事に問い詰められていた。

「あの刀には遺失届が出てる。」

「お前がそれを盗んだ、そうだな?」

「……違います。」

 刑事はため息をつくと背もたれに身を委ねた。

「刀が独りでに動くわきゃねぇだろうがよ。」

 沈黙に包まれる部屋の中、ただ椅子が軋む音が繰り返し響いていた。それを鳴り止ませたのは、扉の開く音だった。

加納かのうさん、学校の方が来られました。」

「わかった。」

 加納は頬杖をついてぶっきらぼうに告げた。

「もう帰っていいぞ。」


「うちの生徒が大変ご迷惑をおかけしたみたいで……。」

 アンナを迎えに来たのはオールバックの教師。ただ、学校での態度とは真逆で、ヘコヘコと頭を下げていた。

「ほら、お前も謝れ!」

 教師に頭を押さえられ、アンナは腰を曲げた。

「いえいぇ、今回は彼女のお手柄ですよ。」

「そうらしいんですけどねぇ~。」

 中身のない会話を繰り返した後、アンナは教師に連れられて出入口へと向かった。

 人のまばらな廊下で教師は口を開いた。

「停学は勘弁してやる。」

 職員室で言われたことだ。だが、それは慈悲ではない。

「お前は退学だ。もう学校に来るな。」

 アンナは何も答えなかった。ショックだったからではない。覚悟していたからだ。もう、彼女に迷いは無かった。

 そんな彼女の代わりに返事をした者がいた。

「なら私が預かりましょう。」

 膝まで伸びた金色の髪、宝石のように透き通る青い瞳、その姿にふさわしい純白のドレスは、言葉を失うほどに美しかった。

「……誰だ君は。」

「こういう者でございます。」

 彼女は小さなポーチから一枚の名刺を取り出して二人に渡した。

「……外国の方ですか?」

 アンナは見慣れない名前だったために、そう尋ねた。

「はい、アルカディアス・ヒストリアと申します。イタリアのフィレンツェ出身です。」

「長いのでアルカで良いですよ。」

 そう言ってアルカは微笑んだ。神秘的な外見だが、意外にもフランクな態度だった。

「さっそく編入手続きをさせていただきたいのですが――。」

「待ってください!!」

 アルカの言葉を遮ったのは、名刺を受け取ってから沈黙していた教師だった。

「こいつはトラブルばかり起こすんですよ!? あなたの学校には相応しくない!!」

 教師は血相を変えて叫んだ。それは単なる怒りではない、敬意から来る困惑に似た怒りだった。

「私はそうは思いません。」

 それをアルカは一刀両断した。

「アンナさんについてのお話は聞いております。」

「何度もトラブルを解決しているそうですね。多少乱暴なところもあるそうですが。」

 アルカは射貫くように鋭い目を教師へと向ける。

「アンナさんはトラブルに向き合ってきただけです。あなたたち教師が見て見ぬ振りをしてきたトラブルに。」

「あなたの学校にアンナさんは相応しくない!」

 教師はそれっきり、何も言えなかった。

「来ていただけますか? アンナさん。」

「私たちの学園、」

「アルカディアス博物女学園に――!!」



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