陽のあたる場所

結城 優希

一歩目

 私が学校に行かなくなったのはほんの些細なきっかけからだった。学校に行くのはめんどくさい。でも、不登校になるほどじゃないし一応行く。そんな人も多くいるはずだ。

 

 学校というのは勉強をする場。勉強が苦手だったり好きじゃない人にとって登校は憂鬱なことだろう。かといって学校を休むというのは意外とハードルが高いものだ。親の視線、不登校というレッテル、休んだ後の行きにくさ、そして罪悪感……

 

 だが、私は見つけてしまったのだ。いじめの被害者という名の学校をサボる絶好の口実を……

 

 私は別にいじめられて学校を休むのをサボりと言っているわけじゃない。いじめられたなら原因から自分を遠ざけるのは一つの手段であるし、有効であるとも思っている。だから、今回の論点はそこではない。

 

 普通ならいじめとして心に傷を負うようなことをされても私はノーダメージだった。なのに学校に行かなかった。この一点に尽きる。

 

 傷ついてもないのに休んでいるから私は自分の行動をサボりだと表現している。いじめられた方は遠慮なく休んで欲しい。私の方が特異な例だ、気にするな。

 

 ここまで聞くとちょっとしたイタズラやいじりをいじめだいじめだと騒ぎたてているだけだと思われるだろうから私がされたことの例を一つ挙げるとしよう。

 

 「大人数がいる教室内でズボン脱がされる」「下着を脱がされかける」これは完全にいじめだろう。


 ただ私の場合いじめの定義の後半にある「心身の苦痛を感じているもの」が少々怪しいがやられていること自体は紛うことなきいじめだろう。

 

 もちろん当時の加害者グループとはそういうのをノリでやることを許容するような関係性でもない。いや、そもそも公衆の面前で服を無理やり脱がされることを許容される関係ってなんだ?年齢制限のかかるビデオの撮影中か?

 

 まぁいいや、その時の私の気持ちでも話そう。「なんだコイツら、きっしょ。」「頭おかしいんじゃねぇの」「これと同じ年齢、同じ種族とかありえんわぁ。こんなのただの珍獣だろ。」とまぁこんな感じだ。

 

 別に暴力を振るわれたわけでもないしということで特に辛くもなんともなかった。鬱陶しくはあったから図書室に逃げ込みはしたが……


 みんなは知っているだろうか。図書室が司書という名の権力者によって平穏が約束された場所であるということを。司書は図書室という支配領域内限定ではあるが神のごとき力を持つ。空いた時間はそそくさとそこに駆け込みラノベを読み耽る日々。

 

 リクエストしたらリクエスト数が少なくて予算が有り余っているのか大体揃えてくれる。あそこは私にとって唯一の平穏を提供してくれる最高の場所だった。

 

 図書室に引きこもるようになつてからは平穏な日々を(まぁ件のグループに絡まれはしたが)過ごしていた。

 

 だが、ラノベを読み切った時にふと思ったのだ。

「もう読みたいラノベないし学校行かなくて良くね?」と……


 そこからは早かった。面談なりなんなりが面倒だと敬遠していた親への相談をし、その件を理由に学校に行かないことを承諾させた。

 

 本当にいじめで苦しんでいる人達に喧嘩を売るような行動で申し訳ないが件のグループが面倒くさがって逃げる私から他の人にターゲットを変える前に一度制裁を加えるべきだという意図もあるのだ。そういうことでここは一つ許して欲しい。


 学校休んで部屋でゴロゴロしながら小説を読む日々はねぇ、最高だったよ。そんな自堕落な生活に慣れきった私は……不登校になった。

 

 一度長く休んだ私はもう一度学校に行くことが出来なくなっていた。自分がどんな風に学校に行って教室に入って友達と話していたのかが、もう分からなくなってしまったのだ。

 

 軽い気持ちでサボり始めた私だったが、こうして当初の予定をはるかに超えた長期間学校を休むことになったのだった。


 一応学内上位の成績だった私はそこそこの通信制高校に進学し卒業。そのまま通信制の大学に進学し、ネット上での友人も出来て充実した日々を送っていたある日……

 

 友人にVTuber事務所の募集に誘われた。話を聞くと、そろそろ社会復帰をしようと思ったそうだ。彼女もまた同世代で通信制に通う大校生だった。なんでも入学式の前日に事故に遭い数ヶ月の入院。高校デビューの初っ端で躓くどころか大怪我までして学校に行きづらくなったらしい。

 

 引きこもり期間でコミュ力が退化してしまった彼女にとってリアルで会うのはハードルが高すぎるということで顔を隠しながらもできるVTuber界隈に飛び込もうということらしいのだが……何故か私も巻き込まれた。いや、なんで?

 

 心細いから?知らんよそんなん!あ、通話来た。

 

「優くんお願い!」


「嫌だって言ってんじゃん。」


「優くんお願いだから〜ゔゔゔゔ……」


「ちょっおい泣くなって!応募するだけだからな?応募するだけ!どうせ受からないだろうし応募だけならやってやるよ。」


「やったァ!」


「チッ、嘘泣きかよ……」


「優くん毎回騙されるよね!もしかしてチョロい?」


「私は別にチョロいわけじゃない。真剣に頼んでくる友人を無碍にはできないと思っただけだ。」


「前々から気になってたんだけどなんで優くんって一人称が私なの?気取ってるの?厨二病?」


「働き始めてから一人称変えるの大変だろうから今から意識して慣らしているだけだ。別にいいだろそんなことは!で、そのVTuber事務所の……なんだかっていうのの応募はいつまでなんだ?」

「明日。」


「は?」


「だーかーらー!明日だってば!あと、なんだかじゃない!じゅうさんじ!って優くんも知ってるでしょ!」


「ごめん、それ私まだ教えてもらってない。VTuber事務所に応募するから一緒に応募してとしか言われてない。あと、もっと早く言ってくれ。」


「それは……ごめんね。直前になったのもごめん。優くんを誘うのを躊躇しちゃって……」


 どうぞそのまま躊躇していてくれ。なんで決心してしまったんだ。


「そ、そうなんだ……」


「応募にあたって準備する物があるんだけど大丈夫?」


「大丈夫?じゃないんだよ。やるしかないんだよ!で?何が必要なの?」


「えっと……自己アピール動画。」

 

 おいコラふざけんじゃねぇよ!そんなもん今日一日で準備できるかァァァァァァ!!

 

「おいコラふざけんじゃねぇよ!そんなもん今日一日で準備できるかァァァァァァ!!はぁ……はぁ……はぁ……」


「えぇ……」


「あ、やっべ、つい本音がダダ漏れに。それにしても自己アピールか。これといって特技とかもないしなぁ。歌もイラストも模倣しか出来ないし、執筆も趣味の範疇だしスポーツも陸上やってて体力には自信あるけどVTuberには大して関係ないし……」


「何がアピール出来ることがないだ!それ全部言えば良いじゃん!それを聞いて光るものがあるかを判断するのは事務所なんだよ!数打てば当たるかもしれないんだから全部アピールしろ全部!」


「お、おう。どういう動画撮ればいいと思う?」


「それくらい自分で考───「そっちが誘ってきて期限明日で時間もないんだよ。それくらい手伝ってくれてもいいでしょ?」」


「いや、ほんとすんませんした。手伝わせていただきます。」


「うむ、苦しゅうない。」


「歌ってみた動画とイラストのメイキング動画撮って執筆は字幕付きの朗読動画を作ってそれをまとめて一本に仕上げる感じで!」


「記念受験とはいえ記念になって思い出に残る程度には真面目にやるよ。」


「うん、そうして!ボクだけ受かったら寂しいからね!」

 

 なんでこいつもう既に受かる気満々なんだよ。その自信はどっからきてんだか。

 

「お前も頑張れよ。私も程々に頑張るからさ。」


「それなんだけどさ、ちょっと一回リアルで作戦会議しない?」


「お前からそんなこと言うなんて珍しいな。前なんてオフ会断ってたのにさ。なんか心境の変化でもあった?」


「ほ、ほら!書類審査通ったら面接があるわけじゃん!それに向けて練習しとかないと!対人コミュニケーションの!」


「あるわけじゃん!とか言われても私はしらないんだけど。珍しいなとは思ったけど別に不都合はないしいいよ。応募締切が明日だし作戦会議するなら今日だよね!アピール動画の件もう少し詰めたいし。それでどこ待ち合わせにする?」


「ボクの家、来る?ちょうど撮影用の機材とかもボクのアピール動画用に揃えてあるからさ!それに……ボク部屋の外に出たくない。」


「お、お、おう。確か意外と近くに住んでたんだよな。今から出発するから住所の詳細だけ送っといてくれ。それじゃ出発の準備あるから、またな。」

 

 じょ、女子の部屋とかめっちゃ緊張する。久々の外出か……

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