町の礎に入れましょう
三人は今回の名目である友人だけのお茶会に沿うように、目の前に出されたお茶を飲み終えた。
アストリットは二人がカップを置いたのを確認すると、身体を少しだけ前かがみにさせた。楽しそうな笑顔を作っている。ただその笑顔は、いたずらをするときの子供のような表情になっていた。今までのアストリットは言えばリーゼの評判を考えて目立つようなことはしてこなかったのだが、今ではアストリットは好きなことをして楽しんでいるといえる。そしてそれは本来のアストリットの性質なのだろうと思われた。
「姫、いえ、お姉さまとレーテに渡すものがあるの」
アストリットの言葉に二人が反応した。
「なにかしら?」
「・・・」
二人が反応したのを見てから、アストリットはスイっと自ら立って、自分の机に置かれた大きめの黒い石と指の先程の大きさの、赤色の宝石、紫色の宝石の入った籠を三個持ち出して来て二人の前のテーブルに置いた。
二人が覗き込む。リーゼの膝の上に置かれた籠の中でじっと丸くなっていたエルマも見を乗り出し、身体を長く伸ばしてテーブルの上を覗き込んだ。猫は興味深そうに身体を伸ばしたまま、籠の中を見てから、次にアストリットを見つめる。
黒い石は十個あったが、宝石はざっと数えたところ赤い宝石は小指の爪の先程度の大きさで、それが五十個程度あり、紫色の宝石の大きさも赤い宝石と同じ大きさで、個数は数千はあるようだ。
「これが?」
リーゼが籠を見たままで尋ねた。
「そうです。前に文に書いたものができたので、お渡ししますね」
アストリットは以前に家族にあてて手紙を送っていた。と言っても王城から書簡を送ったのではすぐに国王にわかってしまう。国事に関して許可なく開封する権利を国王は有しており、アストリットの手紙は国王にとって国事であると強引だが言ってしまえば、手紙をアストリットの許可なく、開封することができる。悟られないようにする必要がある今回アストリットが用意したものは、国王が開封する可能性がある手紙に書いて警戒されないように、簡略な文をフクロウのアデリナの足に括りつけて、ベルゲングリューン侯爵領の領主館に居住するリーゼあてに送った。その時の文の内容は兄であるヒルデブレヒトから母親であるエルメントルートに伝わり、そして父親であるベルゲングリューン侯爵に伝わった。父親である侯爵はアストリットの考えが王国に対する反逆であることに驚愕したのだが、侯爵夫人である母親に取りなされ、兄にも説得されて今ではアストリットの案を受け入れることにした。娘を思う父親と言ったところだった。
そしてどうやらそれの方法が今しめされたようだ。
「この黒いものは?」
「宝石ですね。ブラックオニキス。・・・これを町や集落の中心に埋めて下さい」
リーゼがまじまじと黒の宝石を見ていると、アストリットが次に赤の宝石と紫の宝石を前に押し出すようにした。
「次にこちらの宝石ですが、赤いものは命令を出す領主や領主の代官など領主の代理人に渡すものです。身につける必要はありますが、部外者にはわからないようにしてください。境界に自由に出入りできるようになってしまいます」
「・・・」
リーゼとグレーテルが何も言えないでいるが、アストリットは構わず続けた。
「最後にこの紫の宝石ですが、これは領民一人一人に渡してください。赤子、幼児、子供にももれなく渡してください。そうしないと境界からはじき出されてしまいます。・・・そうですね、集落の代官に予備を含めて渡すのが良いでしょう」
「渡さないとどうなるの?」
恐る恐るリーゼが尋ねる。
「宝石を渡されるまで、境界の外で暮らすことになりますね」
アストリットが淡々と答える。
「・・・可哀そうじゃない?」
「わたくしが領内に居れば、このようなものは使わなくても選別は可能なのですが、生憎と居りませんので、こうせざるを得ないのですよ、姫、いえ、義姉様」
アストリットの言葉に、リーゼが言葉を失って黙り込む。
「・・・一ついい?」
ほとんど黙っていたグレーテルが声を上げる。
「何かしら?」
アストリットがグレーテルに目を向ける。
「・・・そうまでして領内とそれ以外に分ける必要はあるの?・・・王国は今は安定している。だけど、これから乱れると、アストリットは考えているわけでしょう?だからこのような仕組みを領地に取り入れようとしている。それは領地外の者は助けないというのと同じことよね?違うかしら?」
アストリットはニコリと笑った。
「・・・レーテ、良いですか。今この国は侵略をしています。ヴァリラ連邦の侵略戦に勝とうが負けようが、領地には関係はありませんが、この戦は、ベルナール帝国の侵略によって引き起こされたものです。遅かれ早かれ、この国もベルナール帝国の動きにさらに巻き込まれて行き、ついにはこの国は無くなります」
アストリットの言葉にアストリット以外の者は息を呑んだ。今までにアストリットがこのハビエル王国の行く末について断言したことはなかった。
「・・・哀しいことですが、今ベルゲングリューン家は爵位を上げ、領地を貰うことができました。王国がこのわたくしを魔女として、使える駒だと認識した結果です。何とか大きな領地を貰うことができましたので、他の方々には窮屈でしょうが、領地経営の為と称して領地にやってきてもらっています。・・・わたくしはわたくしの親しい方々を守るつもりです。そのために領地の人の住むところは内外から攻撃されないような仕組みが必要だと考えました」
アストリットは三つの籠を示して、言葉を続ける。
「この三つで、町を守ることができます。ベルゲングリューン侯爵の領民は助けられます。・・・ですが、他の民を助ける術はありません。ベルナール帝国の攻撃で蹂躙されます。特にベルナール帝国から亡命した家には、ベルナール帝国は冷淡と聞いています。ベルナール帝国での地位を交渉するためには、最終的にはベルナール帝国に屈服するにしても、抗って一筋縄では行かないところを示さなくてはなりません。そのための方法の一つが、この境界なのです。・・・わたくしの手はさほど大きくありませんし、他の領地の領主たちはわたくしの干渉を嫌うでしょうから、守れるのはベルゲングリューンの領地内のことのみなのです」
ベルゲングリューン侯爵領へと向かう一行は戦時下というのに、傍から見れば案外とのんびりしている。ただ、ベルゲングリューン家の私兵である領軍からなる護衛隊は、次期侯爵の夫人であるリーゼの護衛で神経を研ぎ澄まし、次期夫人の乗る馬車を幾重にも囲んで警戒をしていた。
ただし、護衛されている当の本人であるリーゼは、護衛兼話し相手であるグレーテルとのんびりと話し合っている。
「・・・ふう・・・、リットって友人家以外には相変わらず見向きもしないのね」
王都での社交についてひとしきり話題にした後、話も一段落したあと、リーゼがため息をついた。
「・・・リットは昔からああでした。・・・王国の貴族令息には背の高さをバカにされることが多くて、それらを無視をしていましたし、そう言うことを言わない近所の家の者を重宝していましたから」
グレーテルが返す。
「そうだったわ・・・。リットは守る気もないから、これからベルゲングリューン家所縁の家以外は苦労するのでしょうね。・・・うちはリットが何やかやと世話するから安泰でしょうけど」
リーゼの言葉に、いつも無表情のグレーテルが笑う。
「・・・うちのシュミット家はそれを見越して、即王城の仕事を止めてベルゲングリューン侯爵領に移住しました。・・・父親はあの魔女の家であるベルゲングリューン家の言うことなら聞いておいたほうが良いと即決していましたよ」
リーゼはいつも無表情のグレーテルの笑顔に口の端を上げて、笑う。
このグレーテルもアストリットと同様に優先は自分たちではなく、リーゼだというところに内心感謝している。だが、自分たちを優先してほしいと思うこともある。昔それを伝えたこともあったが、自分の思ったことを優先していると二人に言われて、それ以上何も言えなくなった。なんだかんだ言いながらも、リーゼは二人が傍に居れくれることが嬉しいし、そして二人はリーゼの傍に居ることが当たり前だったので、これからもそうなるだろう。
・・・でも、今はリットだけ、傍にいなくてちょっと寂しいけれど。
魔女の一撃 花朝 はた @426a422s
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔女の一撃の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます