王都の占い師


 王都で評判になった占い師に見てもらうには、予約が必要だった。

 占い師に見てもらいたいという者は、庶民だけではなく、貴族にもいる。よく当たると噂が噂を呼び、週に一度の開店日では予約にあぶれた者が諦めきれずに占い師の店の周囲に集まり、あわよくば占ってもらおうと待ち構えている。

 確かにどうしても開店時に具合が悪くなり、泣く泣く権利を手放す者もおり、その時間が空くため、その時間に占ってもらおうと考えて、店内に潜り込もうとする。

 ただ、店の出入り口には長剣を腰に下げた護衛が扉の左右に立っており、扉が開く度に入り込もうとする不埒者に対処していた。店の中にも護衛は居り、占いの結果に納得できないと騒ぎ出す者に対処していた。

 占い師の家は王都の下町だが、周囲は裕福な大店の隠居のために立てられた治安のよいところにある。平屋造りで、居間と台所、お手洗いと風呂場、主人用の書斎を兼ねた大部屋一つと使用人用の小部屋が三つ、台所の脇には勝手口があり、その勝手口はそのまま食糧庫と物置が入る倉庫が母屋の壁に沿って建てられており、荷馬車とが停められるスペース、さらには厩が倉庫の隣りに設けられている。厩は客の乗ってきた馬の世話をするところという位置づけとなっていたが、常時、二頭の馬は繋がれたままとなっている。


 「・・・今日はこれで終わりでしょうかね」

 だらけた様子で椅子の背もたれに寄りかかってお茶をぐびぐび飲み干す。外見を見るとだらしない姿だったが、今日の占いを求めてきた客の中にわざわざ占いを始めてまで求めた成果を得て、内心満足していた。

 換気のために開けられていた居間の窓の鎧戸を閉めはじめた護衛のエリカ・テラパスが、カップを置く音にが振り返る。

 「だらしないですよ」

 護衛が椅子の背から前に出てぐでんとし過ぎて椅子から落ちそうになったアストリットを支えた。

 巷で噂の、王都でよく当たる占い師とはアストリットのことで、占いで色々見て貴族や大商人の弱みを握れればとあまり褒められない思考で始めたものだった。

 侍女のイレーネ・バイルシュミットと護衛の三人、カルラ・イグレシア、ドロテア・クラビホ、

エリカ・テラパスを抱きこむことにした。抱き込み方は単純で、四人に関することを予見で見ること、だった。数日先のことや数年先のこと、そして四人の家族に関する予見を伝える。最初は些細なことを伝えて、少しの信用を得る。次に幸運や不運を伝える。幸運についてはさほど喜ばれなかったが、不運については嫌がりながらも真剣に聞いている。その通りのことが起きるたびに学習するのか、予見で言われた通りにならないように、別の行動を取るようになっていった。最近ではどういうことが起きるかを自ら尋ねて来るようになったが、王城の外に出るための協力を餌に教えることになっている。

 アストリットは自分のアッシュブロンドの髪と碧色の瞳を見せないように変装をする。背を丸め、俯き加減でぼそぼそ話す白髪で、最近使われ始めた眼鏡をかけた黒い瞳の老婆に変身し、占いをする。多分庶民から見れば、似たような立ち位置になる魔女と占い師だが、一般的な認識からすれば魔女の方が格は高い。魔女は何でもできる特殊職のようなものという庶民は多かった。

 「・・・さあ、もう時間はありませんよ、戻らないとなりません」

 エリカが飲み干されたカップを奥へと持ち去りながらそう伝えてきたが、アストリットが準備をする前にかちゃりと扉が開き、外に居た護衛の二人が入ってきた。アストリットはすっと老婆になり切って、のろのろと物音に反応して二人の立つ扉へ目を向けた。護衛の二人は老婆に扮したアストリットに恭しく一礼をする。

 「外の人々は皆家路につきました」

 「・・・ああ、ありがとう」

 アストリットが作ったしわがれ声で答え、傍に置いた杖を手に取り、立ち上がった。

 護衛の一人が扉の内側に閂をかける。もう一人の護衛が鎧戸が閉められて暗くなった部屋の中に立ててあるろうそくに火をつけて回っている。ろうそくに火がつけられるとようやく部屋が明るくなった。

 アストリットは明かりのついた居間を横切って、大部屋に入る。ドアに鍵をかけると、変装を解き、鬘を戸棚にしまう。かけると瞳の色が黒に変わる、度が入ってない眼鏡を外し、老婆に見せていた化粧を落としていると、二つの足音が近付いて、ドアをノックする音が聞こえた。

 「・・・私はもう帰りますので、お気をつけて」

 護衛エリカの声がドアの向こうからくぐもって響く。

 「・・・わかった」

 アストリットはそう答えると、扉に耳をつけるようにして耳を澄ませた。二つの足音が遠ざかっていく。エリカたちアストリットの専属護衛は、ベルゲングリューン家に自分の部屋を与えられており、そこから王城に暮らすアストリットの元に通い、通番という一日アストリットの護衛する時は王城の使用人部屋で暮らすという生活を続けている。

 ちなみにベルゲングリューン家は、以前の元子爵邸を、現侯爵邸として引き続き使用しており、子爵時の使用人はそのまま現侯爵の使用人として雇われていた。

 エリカたち専属護衛は、元々はアカデミア・カルデイロに雇われた女性の護衛三人で、そのままアストリットの専属護衛として雇われたという経緯がある。貴重な女性の護衛で、アストリットの傍につけるにはうってつけだと当初は王家に雇われたのだが、アストリット自身が相当脅威過ぎ、アストリットに専属護衛はいらないだろうとされて、解雇されてしまった。

 しかしアストリット自身が、王弟が突然部屋に押し掛けるということがあって部屋の中に護衛が待機する必要性を感じたため、個人的に雇うことを考えた。王家と交渉の末に、結局は父であるベルゲングリューン侯爵によって専属護衛として雇われて、常時護衛となった。アストリットに盲目的についていくことはないが、出来るだけ意に沿う動きをする護衛という評価を得ている。

 このようにエリカはベルゲングリューン侯爵の王都邸に帰るのだが、残りの二人の騎士は口入れ屋に紹介された剣士で、ベルゲングリューン家の執事に面接で認められ身持ちが硬いとして雇われているために、この占い師の小部屋に暮らしている。執事は、この二人をゆくゆくはベルゲングリューン家の護衛として雇うつもりらしい。そしてこの家の厩番エッカルト・カロッサは、引退したベルゲングリューン家の元騎士で、アストリットの知り合いであり、アストリットの剣の師範をした騎士の一人だった。


 アストリットは勝手口の閂を引く音を聞いた。エリカの挨拶の声とそれに答える声が聞こえた。勝手口が開く音、そして閉まる音、閂がかけられた音を聞き取ってから、アストリットは書斎にある格子の嵌まった窓の鎧戸を内側に引いて少しだけ開けた。そのまま二三歩後ろに下がり、その場で軽く上に飛ぶ。

 地に降りるしなやかな体。その体を細くして鎧戸からするりと外に出た。窓から地に向け飛び降りると、そのまま厩に向けて走り、馬を引いて待っていたエリカの腕の中に飛び込む。エリカがその猫の体を抱きとめる。アストリットは体の向きを変え、エッカルトに挨拶するように鳴き声を上げた。エッカルトが黙ったまま頭を軽く撫でる。

 アストリットを抱えたままでは馬に乗ることができず、エリカがアストリットをエッカルトに渡してから、馬に跨る。アストリットがしなやかにエッカルトの腕の中から飛び上がると、エリカの腕に抱き留められ、片手で手綱を持ったエリカが馬を走らせ、庭から通りに出る。後ろでエッカルトの声が聞こえ、エリカが首だけ後ろを向けてから頷く。

 馬はそのまま通りを進む。エリカは馬を操って王城へとたどり着いた。馬の鞍に留められた籠の中に猫の姿のアストリットがだらんと伸びた状態で入っていた。エリカが顔見知りの門兵に声をかけながら、馬から降りる。

 「戻ったよ」

 衛視である王城の警備兵がニコリと笑った。

 アストリットの専属護衛は下級貴族の出で、礼儀も学んでいるが、何といっても武門の家なので衛視たちも気さくに挨拶を返す。

 「・・・おおう、帰って来たのかい」

 「ええ」

 声がうるさく感じたか、籠から訝し気に顔を出した猫の頭を、門番は軽く撫でてそう言った。

 「猫様はどうだい?ご機嫌かい?魔女様の猫なんだろ?この猫様がご機嫌斜めになったら、魔女様に言いつけられて悪魔の餌にされちまうかもなあ」

 猫に向けてかエリカに向けてかわからないが、門番がそう言い募る。

 「・・・まさか。言いつけられたとしても、魔女様はそんなことで怒ったりなされないよ」

 ただ猫は人の言葉を解しても人の言葉で返せない。

 「ああ、そうだろうなあ。ただなあ、遊びで王城から外に出れたりするなんて、いいご身分だと思うよ、さすが猫様って感じだよ」

 門番が心底羨ましそうに猫の頭を優しく撫で続けた。

 「・・・はは、そうかしらね」

 エリカが戸惑いながらそう返すと、門番は猫の頭から手を放し、ちらりと左右を見てからエリカに体を寄せて声を潜めた。

 「・・・近いうちに新しく軍務大臣が決められるらしいんだよ。どうも、それがハビエル公爵様らしいのさ」

 エリカも門番につられて小声になる。

 「・・・陛下の弟君で、臣下に下ったダリオ・ハビエル公爵様か」

 「・・・臣下に下ったが、王族の権利拡大をいつも唱えていたお方だからな、当然お隣の国々にも容赦しないと言われてる。・・・ハビエル王国の救世主である魔女様も、あちこちに派遣されたり、国を守ったりとか、使い倒されるんじゃないかな」

 門番がかがめていた体を起こす。どうやら、内緒話は終わりらしい。さしずめ今の話はアストリットに忠告しておけとでも言うつもりなのだろう。エリカは思わず頷きかけたが、門番の言葉に一つ気になった。

 「ハビエル王国の救世主って?」

 エリカの言葉に門番がふふんと笑う。

 「・・・知らなかったのかい?勉強不足だなあ。

 王都に暮らす者は皆言ってるのさ。魔女様は救世主だとね。ドルイユ王国の三度の侵攻をすべて防いだだろ?」

 エリカは門番に言われて、確かにと、頷く。

 「魔女様がいなけりゃ、ハビエル王国は今頃刈り入れもままならなかったに違いない、戦が長引いて今の王家には手も足も出なかっただろうぜと言われてるんだよ。だから、魔女様は救世主と呼ばれてるのさ」

 「・・・そうだったんだ」

 「・・・そうだったんだよ。・・・おっと」

 門番が巡視の騎士が近付いてくるのを見掛け、さぼっていると叱られてはたまらないと、すうっとエリカから離れていった。

 「・・・軍務大臣は侵略肯定派か」

 エリカの耳にアストリットの声が聞こえた。顔を上げると、猫が籠から頭だけ外に出している。

 「だ、だめですよ。人前で話さないでください。誰が聞いているかわかりませんから」

 エリカの抑えた言葉に、アストリットはそれっきり黙り込んだ。


 ドアのノックの音に、イレーネがドアを開けると、エリカが猫が入っている籠を持って立っていた。

 「・・・ふう。ようやくですか」

 イレーネが安堵の息をつく。

 エリカがイレーネに籠を渡し、ちらっと周囲を見回した。

 「魔女様は?」

 「良くお休みです」

 「・・・それなら復命の報告は致しませんので」

 「・・・ええ、それで大丈夫です」

 ドアが閉まるまで、不自然にならないように二人はほぼ同じやり取りを続ける。

 ドアに閂をさすと、猫が籠から飛び出して、それは人の姿になった。

 「・・・ありがとう、イレーネ」

 「お嬢様、いつか陛下にも知られてしまいますよ」

 ため息をつきながら、イレーネが言うと、アストリットは笑いながら、部屋を横切り、本来は侍女の控室に当たる小部屋にある寝台に潜り込んだ。

 「・・・もう大丈夫ですよ。今日、ようやく知りたかったことを、知ることができましたのよ」

 イレーネはアストリットの後について小部屋に入り、寝台に横になったアストリットの体に、毛布を掛ける。

 「・・・それが何かは、わたくしにはよくわかりませんので、敢えて聞きませんが、これからも占いを続けるおつもりなら、もっと早くお帰り下さい」

 イレーネはそう言ったが、アストリットはそんなイレーネの言葉を聞いてもいなかった。

 「・・・ようやく婚約破棄に使えそうな駒を見つけたのよ・・・楽しみだわ」

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