軍部の暴走~侵攻戦
王都に戻り、王城に入り、軍装を解く暇もなく国王に召し出された。
「・・・薬が効きすぎたのかしらね・・・」
馬車に乗っては来たが、乱れてしまった軍装を侍女であるイレーネ・バイルシュミットに国王前に伺候しても問題ないことを確認してもらう。
「・・・何か、仰いましたか?」
怪訝そうな表情でイレーネが尋ねてくる。
「・・・いえ、何でもありませんよ、気にしないで」
そう答えたが、イレーネは終始訝しげだった。
案内をする王城の侍従の後について進むと、国王が私的に人と会うために使用している執務室の一つに通された。国王は執務机に腰かけ、座った国王の両側に、内務大臣のバンデラス伯爵と近衛騎士団団長のブルゴス伯爵、大蔵大臣のクビレス侯爵、そして王太子セリオ・ハビエルが立っている。皆一様に王太子を除く者が異様な表情をしていた。
執務机に座っていた国王が自ら示した机の前に置いた椅子に、アストリットが腰かけると何か眉を寄せながら口を開いた。
「迎撃戦に参加してくれたことに対して、礼を言おう。あの戦いで我が兵の強さも確認できた。それは魔女殿が後詰めで居てくれたことが有利に運んだ理由であった」
国王が迎撃戦でヴァリラ連邦との国境に足を運んだアストリットに感謝の意を示してから、姿勢を正した。怒りを抑えようとして、しきれていない声音で話し出した。
「魔女殿、困ったことになった」
「・・・どういうことでしょうか?」
アストリットが無表情に返す。
国王がちらりと隣りに立つ帰り着いたばかりの王太子に視線を動かす。王太子は無表情で公王に視線を動かすことなく立っていた。
「・・・軍がな、勝手にヴァリラ連邦に侵攻した」
「・・・侵攻した・・・?」
アストリットが意味が分からずにオウム返しをする。
ちらりと国王が今度は近衛騎士団団長に視線を移す。
その視線を受け、団長が話し出した。
「王太子殿下と魔女殿は、王太子殿下の希望もあり、戦の後始末をすることなく、戦場を離れましたわけですが、その際に軍務大臣は残って戦場の後始末をすると言い出しまして、後に乗ったのです。・・・事実、敗戦したヴァリラ連邦軍の捕虜の処遇や、我がハビエル王国の将兵の死傷者の確認及び治療のために、勝利したのちにもその場に留まるのはあり得ることなのですが、どうやら軍務大臣が、想定されているよりあまりにも弱かったヴァリラ連邦軍の様子に、侵攻すれば容易に領土を増やせるのではないかと考えたようで、その軍を率いてヴァリラ連邦側に攻め込みまして・・・」
「・・・」
アストリットが呆れた表情を作って近衛騎士団団長を見ると、なぜか団長に頷かれた。
「・・・それでだな、魔女殿」
国王が話し出し、アストリットは視線を国王に戻した。
「今の侵攻を取り止めるように話してきてほしいのだ」
「・・・なぜ取りやめるのです?領土が増えるのであれば、喜ばしいことではありませんか」
心底わからないという表情を作り、アストリットが問い返す。
「領土が増え、国民が増え、税収も増えます・・・。政治に携わるものとして考えれば、良いことだらけではないですか」
アストリットがそう答えると、王太子以外が渋い顔になった。
「ほら、父上、魔女もこう言っているではありませんか。王都からも兵を送って、攻め込んでいる軍の増援したほうが良いと思います」
思わずという感じの王太子が顔を輝かしてアストリットを見て言い募る。
「・・・父と呼びかけるな。ここは公的な場だ」
疲れた声で国王が王太子を嗜める。
「も、申し訳ありません・・・」
王太子が慌てて謝罪し、頭を下げる。
「・・・それに王太子ともあろうものが、利点と欠点を考えないとは、まだ未熟者か」
国王が心底落胆したとでもいうように肩を落とす。普段であれば国家運営をするときには意識して見せない姿だったが、私的な執務室に居るという気持ちも相まってか、箍がゆるんだらしい。 「・・・陛下、魔女殿に王太子の適性を伝えるような話は、この場では適正ではないかと思います」
横からアストリットの表情を確認するように見つめて、内務大臣が口を挟む。どうやら醜聞になりそうな王太子の適性は公にはしたくないようだ。ただまだ王太子は十八なのだから、軽薄なのは仕方ないと見る向きも多いと、政治に携わる貴族は考えている者は多い。ただし、この王太子の上に王女がいるが、上に立つものとしての寛容さ、威厳、思考に秀でていると言われており、後継者は王女のほうが良いのではと言っている貴族も少ないが居る。
アストリットは無関心を装いながら、口を開くことなく座っていた。
「・・・そうか、・・・そうだな・・・」
疲れた表情のまま、国王はアストリットを見る。
「・・・ああ、そうか、・・・どこまで話したか・・・?」
ため息をつきながら、国王が話を戻そうとして言い淀んだ。
「軍がヴァリラ連邦に侵攻して、それを魔女殿に止めて貰いたいというところです。ですが魔女殿は領土が増えるのであれば、良いことではないかと言われたところです」
内務大臣が言い添える。
「ああ、そうであったな・・・」
「占領地はまず、軍務大臣の領地として与えておいて、軍の規模の大きな駐屯地を作り、ヴァリラ連邦に対する抑えとします。独断で侵攻した軍務大臣の現領地は召上げてしまえば、命令違反の罰としても使えるでしょう。召上げた領地には誰か適性のある貴族の領地とする。適度な能力を持つ貴族が居ないのであれば、別の領地を持つ貴族のうち、領地経営に手腕を持つ貴族を移動させる。そして別の宮廷貴族をあてがうなどすれば、領地は保てると思います。もちろん、今の軍務大臣の職は解いて、別の方を任命するのが良いでしょう」
他の者が口を挟まないように、アストリットは国王を見つめ、目に力を込めて堂々と自説を披露する。
「・・・そ、そうか。魔女殿は良く考えておられるのだな・・・」
国王がたじろぎながらも肯定するように頷き始めると、アストリットは内務大臣と大蔵大臣にと順に力を込めて見つめていく。
「・・・あ、ああ、魔女殿は意見ができるとは驚きだな」
「・・・う、うむ確かに・・・」
二人が頷くと、アストリットは残る近衛騎士団団長、そして王太子を見つめる。
「・・・」
「・・・そ、その通り・・・」
二人もそのように頷くと、アストリットは国王に視線を戻した。
「どうでしょうか?わたくしの意見です。軍務大臣のエンシナル侯爵には占領地を増やしたことに対する功績で、占領した土地を与える。命令無視をした罰として今の領地を取り上げる。もちろん、命令違反の罪が重くなりますので、占領地の経営に苦労するでしょうことも罪の範疇に含む、ということでどうでしょう?」
「・・・うん・・・?命令違反か・・・」
アストリットの言葉に、国王が自信なさげに頷き始めるが、やがて目が輝き始める。
「エンシナル侯爵には承服しがたいかもしれませんが、国王の権威を無下にしたことは許してはなりません。厳しく接することです」
近衛騎士団団長の言葉に、その場の者は一様に胸を突かれた。近衛騎士団の団長は普段は公正さを旨として発言が少ないが、発言する時は公平さを第一に考えた発言をする。
「・・・わかった。エンシナル侯爵にはその旨の通告をしよう。同時に軍には一師団を占領地の警備をするとして残し、残りは撤収するようにと命を出す」
「仰せのままに」
「かしこまりました」
「陛下の御心のままに」
「陛下、良く決断なさいました!」
国王とアストリット以外は、立ったまま国王に一礼をする。
アストリットは、内心思うがままの命が出されたことで、内心ほくそ笑んだ。ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと一礼をする。
「ご判断を支持いたします」
旧王国の公爵と言う名だけで、領地を保ってきたヴァリラ連邦は、公爵を名乗っていた四つの家のうちの一家が、ハビエル王国の侵攻を主導したことがあだとなり、ハビエル王国軍の執拗な攻撃を受け続けることとなって当初の家の規模が半分以下となってしまうことになった。結果、ヴァリラ連邦は四公爵から三公爵へと減少した。突出したハビエル王国攻撃論を強硬に唱えていた家は、ハビエル王国軍によって小規模の伯爵程度の勢力となり、やがて発言力が低下した。
領地回復を目指し、奪われた領地に向けて奪回戦を何度も試みることになったが、他の公爵家に協力をあおいでも温度が低く、兵を出したとしても人数が少ないとかや兵の練度が低いなどの理由で失われた領地を取り戻すこともなく、家の勢力も減少して結局は他の公爵家に吸収されてしまうことになる。ハビエル王国にとってはこの公爵三家の冷遇は僥倖ではあったが、後々考えても三公爵家の外交を交えての動向によっては、失地を奪回することはさほど難しいことではないはずだったが、なぜか三公爵家は積極性を失くして、失われた領地は結局ハビエル王国の領地の一つとして厚遇されて大した反抗も起こることはなかった。
ハビエル王国元軍務大臣だったエンシナル侯爵にとっては、勝利によってもたらされた征服欲で突き進んでからの町々の占拠によって高揚した感覚が、命令無視を咎められ、国王の命によって高揚感は急速に萎んでいった。国王の命について考えたときもあったが、侵攻して敵国の領土を侵略している事実を伝えれば許されると安易に考えていたし、申し開きで占領地を献上することによって命令違反もなしにできると思っていた。それを真っ向から否定され、突出したことを相当後悔したらしい。さらには、先祖伝来の地を転封されて敵国の地を与えられることになり、爵位は変わることがなかったが、命に服さなかったことから軍務大臣を解任されることになり、地位も失くし、与えられた領地の、容易に鎮圧できたが絶え間なく続く反乱に悩まされることになった。エンシナル侯爵は何とか侵攻で手に入れた領地を守ったが、身体を悪くした晩年は、訪れる友人もなく、寂しく亡くなったという。エンシナル侯爵の領地は彼の子が継いだが、ハビエル王国との立地関係により、ドルイユ王国も侵略するほどの係争地であったため、ハビエル王国軍の駐屯は余儀なくされてしまい、貴族の領地よりは王家直轄地と同じ扱いを受けることになり、領主の地位は在ってもないものと同じだったと言われている。結局はエンシナル侯爵は、領地を返上し、王宮武官として王宮に努めることになり、エンシナル侯爵領は王家直轄地となった。
『王の命を聞かずになぜ侵攻したのか、叱責を受けた軍務大臣や軍の将にもわからないそうです。王の特使に叱責を受けたときに、なぜだと問われた時の返答は、普通なら王の命を優先すべきだったにもかかわらず、その時は弱いヴァリラ連邦軍なら侵攻しても一気に町を落とせるとわかっていたからだと答えています』
『・・・なるほどな』
『ハビエル王は軍務大臣の任を解き、占領地経営に専念せよと命じたとのことです。同時にハビエル王国内の侯爵領を取り上げ、別の貴族に下賜したとも聞き及んでおります。領地取り上げの罪状は、国王の命令無視ですが、同時にヴァリラ連邦の一部を占領した功績で占領地を領地として与える裁可だったようです』
『王権を際立たせ、さらに有力武功貴族の力を削ぐ・・・。さらに不満を持っていたとしても占領地の反乱に手を焼いているうちは王都に対し武力行使はできない、か。・・・中々巧妙だな』
『仰る通りかと思われます』
『・・・しかし、ハビエル王は欲がないな』
『どういうことです?』
『魔女を優先して使えば、周辺国を制服し、征服王という呼ばれることも可能だぞ』
『そうかもしれませんが、ハビエル王は現在は兵士を増やすことを考えているらしいです。兵が増えれば、今後占領後にも多くの兵を駐屯させられるとの思惑があるようですね。・・・魔女にある時そう漏らしたようです』
『ほほう・・・。だが、どちらにせよ、魔女ありきの戦術だな・・・。いつまでそれが通用するか、見ものだ』
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