出撃命令


 ざわざわとする中、アストリットは内心げんなりしながら、案内された席に座る。

 「・・・魔女殿が来たので、始めよう」

 何があったのだと、大臣たちがざわざわする中で、国王ルシアノ・ハビエルが会議の開催を告げる。

 「陛下、緊急の呼び出し、いかがなされたのですか?」

 大蔵大臣であるクビレス侯爵が、指を組んで口を開く。

 その言葉に国王がちらりと視線を向ける。

 その視線を受けた軍務大臣のエンシナル侯爵が咳ばらいをした。

 「隣国が国境を超えて国境の村に占拠したようだ」

 軍務大臣の言葉に、大臣たちから声が上がる。

 「また侵略ですか?」

 「一万近くの兵を失ってなお攻撃しようとしているのですか」

 その言葉に、軍務大臣が違う違うと手を振った。

 「ドルイユ王国ではない。ドルイユ王国は大人しいものだ。一万近くの兵が無くなったのは相当痛かったらしい」

 呼び出された時は何かとは思ったが、ドルイユ王国ではない、国境の村がどこかの兵士に占拠されたらしい。アストリットは予見には現れなかったことに、少々考え込んだ。

 ・・・関心がないと見ないのかもしれない。

 大蔵大臣クビレス侯爵が思慮深げに顎をつまみながら尋ねた。

 「・・・国境と言うとヴァリラ連邦ぐらいしかないと思うが」

 軍務大臣が頷く。

 「そのヴァリラだ」

 「・・・ヴァリラが侵略をして来たというのは確かですか?あの腐肉喰らいが攻めてくるなど考えられません」

 外務大臣フリアス伯爵が信じられないと思わず声をあげる。

 「ヴァリラ連邦が腐肉喰らいと言うのなら、手負いになったドルイユにこそ行くと思うが?」

 大蔵大臣が、顎をつまんだまま、言う。

 「多分だが、最初はドルイユに行ったと思う。そこで叩かれて逃げ出したが、恥ずかしくて国に戻れなくなって、こっちに流れてきたのだろう」

 軍務大臣の言葉に外務大臣がため息をつく。

 「・・・それが本当なら、とんだとばっちりですな」

 「いや・・・まったく・・・」

 大蔵大臣が頷く。

 「・・・皆の者、奴らに領土内を自由に歩かせてはなるまい。侵入者には、それ相応の報いを与えねばなるまい」

 国王がそう言うと、大臣たちが口々に応じる。

 「その通りです」

 アストリットは、黙って座っていた。

 ・・・どうせ、行って来いというのでしょうね。・・・でもまあ、試したいこともあるし、受けておきましょう・・・。

 「そこでだ、魔女殿」

 ・・・来たわね。

 「・・・何でしょう?」

 アストリットの返事は素っ気ない。

 「ヴァリラの奴らを追い払ってくれまいか」

 「・・・わかりました」

 予想通りの言葉に、アストリットはやれやれと思いながら答えた。

 「おお、やってくれるか!」


 ハビエル王国の在る、この大陸の東側に当たる地域は周辺諸国と呼ばれており、ハビエル王国のような小国家群のことだった。

 反対に大陸の西側は、ベルナール帝国という大国があり、最近大陸の西側にあった王国を攻め滅ぼして併合していた。ベルナール帝国の望みは大陸の制圧であり、そのためにまず大陸の西側にあった国を大きくしなければならないと考えていた。

 ベルナール帝国は、まず西側の国を征服することを考えて軍事行動を起こした。それは皇帝が数代変わるまで時間がかかったが、ようやく大陸の西側を先程制圧したのだった。

 次に、周辺諸国の中でドルイユ王国の軍事力は二位なのだが、ハビエル王国への侵攻の意味は、実のところベルナール帝国の圧力がかかる前に、ハビエル王国を併合して国力を増大させるためだった。そうすることでベルナール帝国に対抗する力を得られると考えたからである。ちなみに、周辺諸国で現在軍事力一位なのは、フムル公国という、前史に存在した大陸国家の公爵の血筋が続いている国だった。

 ドルイユ王国の国王は、ハビエル王国を併合した後、国力を増大させてから、次の国を併合と言うように周辺諸国を統一して力をつければ、ベルナール帝国と並びたてると考えていた。国王と言う生き物は他国を征服し、領土を広げようとしているだろうが、軍隊を整備して周辺国家を征服しようと考えている時点で、周辺国家のなかでもドルイユ王国は覇王思想を持っていることは間違いない。ハビエル王国の国王ルシアノ・ハビエルにとって、覇王思想は結構だが、どうしてこの国に攻めてくるのだと腹立たしく思っている。

 ・・・巻き込むな。別の国に攻め入ればよかろうに。

 ハビエル王国現国王としてのルシアノ・ハビエルは、今はまだ他国に対し征服欲を持っていない。ただ、魔女が現れたことで、国王の心理が変化しないとも限らない。魔女と言う存在について半信半疑で、外に打って出ようと考えていないだけだった。


 安堵の表情で椅子に座り直した国王が動きを止める。

 「陛下、今回はわたくしだけで行こうと思います」

 国王ルシアノ・ハビエルは、アストリットの言葉に一瞬思考が停止した。会議に出席している大臣たちも唖然とする。

 「はっ?今何と申した?」

 「・・・こ、ん、か、い、は、」

 アストリットはうまく聞こえなかったかと、言葉を区切りながら言おうとした。

 だが、国王は手をあげ、アストリットの言葉を遮る。

 「待て。聞こえていないわけではない。ゆっくり言わんでよい。まだ耳は衰えておらん」

 「?」

 アストリットがキョトンとする。小首を傾げた。

 「そなたの言葉を疑っただけだ」

 「・・・?。なぜ、疑ったのですか?」

 アストリットの不思議そうな顔を見て、やれやれと国王は頭を振る。周りの大臣たちも末席に座るアストリットを頭を抱えそうになりながら、黙って見つめる。

 「そなたの言った言葉が信じられんからだ」

 「どうしてでしょうか?」

 「・・・一人で行くと言うからだ」

 「・・・ダメなのですか?」

 アストリットが心底わからないという表情で、もう一度小首を傾げる。

 「わたくし一人で侵略した兵士を、動けなくしたではありませんか」

 「・・・」

 国王をはじめ、会議に出ている者たちは黙り込む。

 「確かに三度目の侵攻時には、わたくしは行きませんでしたが、その前の二回の侵攻時には、わたくしが対処いたしましたのではありませんでしたか?」

 「・・・」

 国王と大臣たちが黙り込む。アストリットはぐるりと、国王をはじめ大臣全員を見回した。

 「ですから、わたくしだけで行くのは問題がありませんよね?」

 「無茶だ!」

 「一人でなど!」

 大臣たちが驚いて口々に怒鳴る様に言うが、アストリットはそんな大臣たちを順に見て行き、そして最後に国王に視線を向けたが、一人の大臣が身体を乗り出した。

 「・・・我らが邪魔だというつもりか、魔女」

 軍務大臣が低い声で言いながらぎろりと目をむき、アストリットを見ている。

 その大臣に向け、アストリットはニコリと笑った。だが、すぐにその笑いを引っ込め、真顔になると、ゆっくりと口を開く。

 「・・・はっきり言いますと、ええ、そうですね、邪魔です」

 「!」

 ざわっと大臣たちが騒めいた。

 「き、貴様!」

 大臣たちが騒めく中、軍務大臣が拳を握りしめ、立ち上がる。

 「言ってよいことと、悪いことがあるぞ!魔女だと陛下が言うので大目に見ておったが、」

 ちらりとアストリットが立ち上がった軍務大臣に視線を止めた瞬間、言葉を最後まで言い切ることができず、口を開いたままで、くるりと白目をむき、軍務大臣はそのまま椅子に崩れ落ちた。

 「・・・まったく、怒鳴るなど、品が欠けております。うるさくするようなお方に、わたくしは、少しばかり腹が立ちました。本来なら、命を獲っても良いのですけれど」

 アストリットの声が響く。話しながらアストリットは考えていた。

 ・・・ちょっと演出過剰でしょうかね。

 「・・・」

 息を呑み、動けない大臣たち。

 国王が合図する。壁際に控えていた侍従の一人が慌てたように近寄った。

 「軍務大臣の様子を調べよ」

 「か、かしこまりました」

 侍従が軍務大臣を調べる。その様子にアストリットは笑った。

 「・・・命は取っておりませんわ。ただ気を失っただけです」

 アストリットが落ち着いてそう伝えると、国王が貯めていた息を吐く。

 「・・・そうか」

 アストリットは、息を吐く国王と大臣たちを尻目に、侍従の一人を振り返り。微笑みながら言った。

 「お茶のお代わりをいただきたいわ。・・・すっかり冷めてしまいました」

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