そして魔女は邂逅する
魔女だという恐怖のためか、パーティに来たものは野心のある者と王弟の隣を狙う者以外はアストリットに近づこうとする者はいなかった。どうやら、どこからか国王と話した内容が漏れたようだった。その時の会話に焦点が当たり、アストリットを怒らせると動けなくさせられると噂話が独り歩きしたらしい。
確かに学校でもアストリットに会おうとした一部が、アストリットを追いかけまわしたことがあった。教室内で押しかけてきた男子生徒の一人に、アストリットの傍に居たリーゼが押しのけられて、危うく倒されそうになったことがあった。
その時はグレーテルがリーゼを支えたので倒れることなどなかったのだが、その時はアストリットがリーゼが傷つけられそうになったことで我を忘れて怒ってしまい、その近寄ってきた男子生徒の胸を怒りのために片手ではらった。
その生徒は教室の壁まで吹き飛び、壁に叩きつけられて、全身打撲と内臓の破裂、そして数えきれない全身の骨の骨折で治るまでに三か月はかかる重傷を負ってしまった。このことから、学校ではアストリットには授業の内容以外で話しかけるなとの不文律が生まれ、アストリットに近付くものは減った。ちなみにその時の男子生徒の怪我は、アストリットが願ったところ軽くなり、二週間ほどで歩くことができるようになった。また、教室の壁は直るまで二か月かかった。
令嬢たちに王弟がまとわりつかれ、次第に脇に追いやられそうになったアストリットは、徐々に鼻の下の伸びた王弟に醜悪さと怒りを感じはじめ、一応王弟に断りを入れて離れようとした。
「・・・殿下、わたくし、友人と話して参ります」
「・・・ちっ・・・俺は王の弟だぞ、・・・お前はこの俺が婚約者であるとわかっているのか」
アストリットが声をかけたことで不機嫌になった王弟の表情とその言葉にイラっとするが、学校での出来事を思い出して自分を抑える。ただ、王弟は文句を言う程度にはアストリットとの間を理解していたらしい。
「・・・」
「ふふふ、殿下、魔女殿は何か他にやりたいことがあるのですよ。行かせて差し上げましょうよ」
令嬢たちが勝ち誇った表情でアストリットを見下すようにしてきた。アストリットは痛い目に合わせてやろうかと一瞬思ったが、それは強く思うだけで相手に怪我させることができることに思い当たったアストリットは、貯めていた息を吐いた。もう少し強く思ったとしたら、令嬢たちは怪我をするか、最悪今後歩けなくなるかもしれなかった。
「そ、そうだな」
令嬢を周りにまとわりつかせたままにやつく王弟にまたイラっとしたが、自分を抑えて、礼をする。
「・・・失礼致します・・・」
怒るとどうなるか分からないのだから、思い止まれて良かった・・・のかも。・・・浮気してくれれば、破棄とかでとやかく言われないだろうし。
ただ少々腹が立ったため、なぜ勝ち誇れるのかはわからないのだが、あざ笑うかのような行動をした令嬢たちのその体形が崩れることを軽く願っておくことにした。
笑い声を背に、アストリットはリーゼとグレーテルの元に行こうと歩き出したが、途中で目の前に誰かが立ちはだかる様に立ったのに気が付いて足を止めた。嫌味でも言おうとしてるのかと顔をあげると、じっとアストリットを見つめてきている。
「魔女殿か?」
その言葉にアストリットは強者の威を感じて苦笑する。答える必要はないとは思ったが、途中で気が変わった。魔女、魔女と言われるのが気に障ってきていた。
「・・・違うと言いたいところですが、見極めてきているのでしょう?・・・一つだけ申し上げてもよろしいでしょうか?・・・自分から魔女だと言ったことはありません」
しかし、人の話を聞かないタイプなのか、その若い男はアストリットの言葉を無視して尋ねた。
「魔法を使えるのか?」
アストリットにはハビエル王国の者とはどう見ても見えなかったのだが、話し方が命令を言うのに慣れた貴族のもののそれだった。どこかの国の貴族の一人なのだろうが、その話し方が下位とは言えハビエル王国の貴族の娘に対してのものではない。今までにハビエル王国の他の貴族からそのようにぞんざいな言葉で話されたことはなかったのだが、アストリットはなぜか話を続けなければならないと考えた。
・・・これは・・・。アストリットは妙な予感を感じて、ふと相手の男を見つめた。銀色の髪に黒い瞳で、物珍しそうにアストリットを見つめている事が気になった。
「・・・あなたはどう思われます?」
アストリットは反応が見たくなり、素直に答えることはせず、反対に聞き返す。
「使ったと聞いている。だから、使えるのだろう?」
しかし、銀髪の男は怒りを見せることもなく、普通の声音で再度尋ねてくる。
「確かに進入してきた兵士と思しき大勢の男の方たちを動けなくしたことはあります。ただわたくしには魔法を使ったという認識はありません。・・・ただ、人は常識から外れた見慣れないものを見たとしたら、それは魔法と呼ばれても仕方ないのかもしれません」
アストリットの言葉に、男はなぜかニコリと笑う。
「・・・そなたは、自分を客観視できて、事象の分析もできるのだな。面白い人材だ」
使う言葉が一般的な民衆のそれではなかった。客観視とか事象の分析とか、普段は使用されない言葉だった。なぜか、この銀髪の男の正体が知りたくなる。
「・・・答えてはくれないのかもしれませんが、あなたはいったい何者でしょう?」
男が笑いをこらえる表情になり、アストリットを見る。ただ、その表情も決して嫌な感じはなく、なぜか清涼感が漂う。
「リット!」
声がかけられた。ちらりと近寄ってくる男女の影が目の端に映る。
「また会おう、魔女殿」
男の後ろから近付いてくるリーゼに視線を動かした間に、男が片手をあげ、アストリットの隣を通り抜けて進んで行く。アストリットが振り返り、背中を見送る間に男は人の波に呑まれて消えていった。
「・・・誰と話していたのです?」
男の背中をちらっと見て、訝し気にリーゼが尋ねる。
「・・・知らない方です。・・・どこかの国の貴族だと思います」
「・・・まあ」
「・・・見たことがあるな、あの銀髪・・・」
傍に立ったヒルデブレヒトが、消えていった背中を見ながら呟く。
「どうした?」
少し離れたところに居たグレーテルとエトヴィンも近寄ってくる。
「・・・リットが銀髪の男に心奪われてね」
ヒルデブレヒトが真面目な表情で呟くと、アストリットに睨まれて頭を搔く。
「・・・兄様・・・、いい加減にしてくださいね」
「・・・いや、申し訳ない・・・」
消え入りそうな声でヒルデブレヒトが謝る。
「・・・ヒル兄様は悪くありません。リットが良い感じにその方に思いを残していたではありませんか、消えてしまうまで見つめていましたわ」
リーゼのヒルデブレヒトを擁護するような言葉に、アストリットが目を瞬かせた。ちらりと、グレーテルを見ると、グレーテルが何か含みのある表情でアストリットを見てきた。
「・・・何かあった?」
「・・・あとで」
「・・・ここでは話せないこと?」
「・・・二人の前ではちょっと」
「なにか」
アストリットが話を続けようとした時に、王弟の侍従が傍に来た。
「魔女殿、陛下からの伝言です。殿下の元にお戻り下さい」
「・・・わかりました」
どうやら王弟の元から離れたことがお気に召さなかったらしい。
・・・あんな弟と一緒に居るなど、苦痛なのだけれど・・・ね。
アストリットは四人に断ってその場を離れた。
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