使者の困惑


 ゴドイ子爵は今更ながら使者を引き受けたことを後悔していた。

 ゴドイ子爵は内務大臣の執政官の一人で、内務大臣の信頼の厚い人物だ。その信頼のせいか、内務大臣に呼ばれて、国王が使者として行けと言っていると言われて、国王の前に伺候した。

 その時の国王ルシアノ・ハビエルは相当ソワソワしており、なおかつイライラと使者となるゴドイ子爵を睨みつける状態だった。

 当惑しながらも、子爵は一礼をする。

 「陛下、お呼びとのことで・・・」

 国王はゴドイ子爵の挨拶をイライラと手を振り止めさせると、そのまま早口で命を伝え始める。

 「ベルゲングリューン子爵家に行き、その家の者をここにつれてこい」

 目の前のハビエル王国のルシアノ・ハビエル国王は、ゴドイ子爵にそう怒鳴るように伝えた後、ギラギラした目で、子爵を見ていた。周囲には、使者の上司に当たる内務大臣であるバンデラス伯爵が当惑した表情で、ちらちらと国王を横目で見ながら立っている。近衛騎士団団長であるブルゴス伯爵が子爵を睨んでいたが、多分それは命を伝えられた子爵が身体を硬直させて国王の命を復唱しなかったことを咎めるつもりの視線だったのだろう。ただ、ブルゴス伯爵は実際に咎めようとはせず、動くこともなかった。

 「・・・よいな、今度こそベルゲングリューンを連れてくるのだ。一日とか、二日とか待ったりするな。絶対連れてこい。馬車に乗せ、娘だけでも連れてこい」

 「・・・か、かしこまりました・・・」

 その国王の勢いに押され、使者は頭を垂れた。

 そう言い募った後も、国王はぶつぶつと続ける。

 「・・・今度こそ、辺境になど行かせん・・・。・・・今、ここで王家に就かせなければ、みすみす獲られる事になる・・・。・・・魔女の力・・・脅威になる・・・」

 ぶつぶつと続けられる言葉に、使者は頭を上げられなかった。

 「へ、陛下、ま、まだ、何か、注意すべき点が、ございますか・・・?」

 使者は恐る恐る問うたが、暫く言葉はない。

 「・・・」

 「・・・へいか・・・?」

 「・・・行け!」

 「は、はい!」

 その言葉の短さに、国王の苛立ちが相当込められていると察した子爵は、命を復唱する時間もそこそこに、すぐに国王の元を辞去した。

 「・・・行け・・・、行ってこい・・・、魔女を手に入れるのだ・・・」

 ばたんと扉が閉められたが、国王はまだ呟いている。心ここに在らずという感じだった。

 その国王の様子を、内務大臣と近衛騎士団団長は気味悪げに顔を見合わせる。しかし、国王は二人の様子ですら気が付かなかった。

 その様子に肩をすくめた内務大臣が、使者役に書面を渡すつもりなのだろう、ささっと出て行った。未だに不安げな国王を見ながら、近衛騎士団団長は気づかれないようにため息をついた。

 それほど大事なのなら、自分が出向けば良いのに。

 だが団長は賢明にもそれを口に出すことはなかった。口に出せば、図星を差された国王があら捜しを始める。探られるようなあらはないはずだが、面倒なことこの上ないため、団長は口をつぐむのだ。近衛騎士団団長は忍耐力を持たなければ、勤まらないと言われている通り、訳の分からないままでも異を唱えることなく、国王の傍で国王を守ると、再度思った。

 ただ、獲られるとは、魔女殿が他国に行ってしまうとのことだろうか。

 剣で身を立てる身としては、魔女という存在は好ましいものではないが、排除などはできない。国王が落ち着き無くうろうろし始め、団長は腰の剣帯に吊るした剣の使を握りしめ、彫像のように動かなくなった。


 ゴドイ子爵は、内務大臣の同僚であるベルゲングリューン子爵のタウンハウスに着いた。実際のところ、同僚ということもあり、訪れたこともあるのだが、今回の訪問はあの国王の様子を思い出し、なぜか気が重い。

 御者が門番に訪問の意図を伝えると、しばし待たされたが門が開き、中に導かれる。玄関の扉前には、家の侍従だろうか、壮年の男が立ち、ゴドイ子爵が馬車から降り立つと、一礼して中に導きられた。

 あまり広くはない玄関ホールはあまり明るくない。以前の訪問時にそれについて話したが、ベルゲングリューン子爵は、自嘲するように苦笑し、亡命貴族はあまり目立たないほうが良いのだよと、言葉少なに語った。あの時と同じ、明るくない玄関ホールを横切りながら、応接間に案内されたゴドイ子爵は、部屋の中に立ち尽くしたまま、どのように国王の言葉を伝えるかを考えていた。その手には王城を出立するときに内務大臣から渡された王命を記した書面を持っていたが、最初から渡して読ませるのが良いだろうか、それとも国王の言葉を伝え、そののち書面を渡したほうが良いだろうか。

 ノックが響き、ドアを開かれて見慣れた内務大臣補佐官であるベルゲングリューン子爵が部屋に入ってきた。だが、驚いたことに、夫人、子息、さらに令嬢までが姿を現すのに内心驚いていた。

 「待たせただろうか、ゴドイ子爵」

 「・・・いや、待ったわけではない、ベルゲングリューン子爵」

 ゴドイ子爵がそう答えると、気弱そうに眉を寄せると、傍らのソファを示し、声をかける。

 「・・・座ってくれ」

 しかし、ゴドイ子爵はその言葉にかぶりを振る。

 「いや、王命を伝えるのが先だと思う。・・・これだ」

 ゴドイ子爵は手に持っていた書面をベルゲングリューン子爵に差し出す。

 「・・・ああ、そうか・・・わかった・・・」

 受け取った書面の紐を外し、中の文に目を走らせる。

 「・・・」

 書面から目を離し、ちらりと令嬢に目をやった。

 「・・・」

 口を利かないままだが、視線で令嬢が問うと、黙ったままベルゲングリューン子爵が書面を渡した。令嬢が受け取ると、ベルゲングリューン子爵が盛大にため英気をつく。

 「・・・あなた、使者様の前ですよ」

 夫人がその様子に目を止め、やんわりとたしなめる。

 「そなたも読めばため息をつきたくもなる」

 その間に令嬢が読み終えて、書面を続けて夫人に渡す。その手元を近寄ってきた子息が覗き込んだ。

 「ヒルデブレヒト。陛下の王命を軽々と覗き込むのではない!・・・エルメントルートの後、順番に見ろ」

 その父親の言葉に、夫人が眉を顰め、ちらと夫を見てから、息子に書面を渡した。

 息子が書面を読み始めると、ベルゲングリューン子爵がゴドイ子爵に向き直った。

 「・・・子爵、さすがに今すぐ来いとは、いくら何でも酷くないか?」

 「・・・言いたくはないが、あの陛下の様子を見たら、行ったほうが良いと思う」

 その言葉に、ベルゲングリューン子爵が目を見張ると、ゴドイ子爵が重々しく頷く。

 「まあ、あまり気にせず、父様は付いて来たらよいのですよ」

 まじまじと見合った二人の男の傍らで、少女の声が響く。

 「・・・リット、わたしも呼ばれているのだぞ」

 ベルゲングリューン子爵が自分の娘を見る。

 「・・・父様は肝が細いから、すぐに尻込みしたくなられますが、わたくしがお相手しますから、黙って頷いておられればよいのです」

 クスリと笑うアストリットに、同じくクスリと笑うヒルデブレヒトが書面をベルゲングリューン子爵に渡す。

 「父上、今回もし陛下が怒っておられるのなら、その怒りに先はリットに向けられましょう。ですが、リットは魔女。魔女は貴種ですので、無下に扱うわけにはいかんでしょう。リットを取り込みたい国王側は、リットを捕らえるなど出来ようもない。なので、報償を厚くして、授けるしかないのですよ」

 「・・・だから、国王陛下に対して、言葉が過ぎると言っているのだ、ヒルデブレヒト」

 ベルゲングリューン子爵はちらりとゴドイ子爵を横目で見た。

 「・・・そうですよ、陛下のことを下げてお話ししてはいけません」

 あの言葉は、陛下を下げる言葉だったのか・・・。

 ゴドイ子爵は表情を変えなかったが、内心国王の様子を思い出し、あれを見たことがある者なら頷くことだろうな、と納得する。

 「・・・今回は父様に兄様と、母様はお留守番ということでしょうか」

 「・・・なぜだ?」

 「父様には、国王から陞爵の申し渡しがあるのです。その時に、父様が取り乱してしまわれるので、使い物にならなくなった父様の代わりに、兄様が受けると答えてほしいと思っております」

 アストリットの言葉に周りが呆然とする。

 「・・・また、予見・・・?」

 ヒルデブレヒトがぼそっと呟く。

 「・・・自然と見えてきますので、結局その通りとなります。・・・これは慣れていただくしかありません」

 にこやかに、アストリットが答えた。

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