学校関係者の当惑
ハビエル王国には二つの貴族学校が存在している。
一つはアカデミア・ロルダン・ハビエル。これは数年前に作られた、王族と高位貴族用の貴族学校である。ただ、貴族学校とは言いながら学問を修めるためのモノではなく、遊興や競技に時間を費やしており、毎月一度は賭け事の大会や競馬の大会がある貴族の道楽を教えていると揶揄される学校もどきだった。
ただ、このアカデミア・ロルダン・ハビエルについては、創立者が王族であったため、現在は王族とごく一握りの高位貴族が通っているだけで、栄えてはいない。
もう一つの学校は、アカデミア・カルデイロという、王都のカルデイロ地区に建てられた歴史ある貴族学校である。
その昔一人の貴族が、貴族の子息たちを一つに集めて教育することを思いついた。そして彼は貴族が多く住むカルデイロ地区に私財を投じて学校を作った。
学校は貴族の子弟を集めて社交性を学べるということと、専門性の高い教師陣を揃えるという方針で瞬く間に評判を呼んだ。そのため貴族子弟たちはこぞって入学をすることになった。
百年以上と歴史が長いこの学校は、今でも高位貴族から下位貴族まで幅広く受け入れ、また専門的な学問も学べるところなのだが、学校を離れて行われる生存訓練という課外授業が存在していた。この課外授業に参加すると、生徒たちには単位が与えられ、卒業時に成績に加味される。学校の成績については、下級貴族たちにとってはだが、王宮や貴族の家での就職に有利に働いた。学校の成績優秀者たちはほとんどが下位貴族の子弟だったため、成績優秀者はほぼ全員がその課外授業に参加していた。
そして今年も下位貴族の子弟たちが、五日間の生存訓練の課外授業に参加していたのだが・・・。
「・・・参りましたな・・・」
アカデミア・カルデイロの教師であるプリニオ・ケサダが目の前の光景に呻くように言う。
「・・・なんでこんなことに」
プリニオの同僚であるレナト・メリノはもう涙目になっている。
二人の後ろには、生徒たちが身を寄せ合い、言葉もなく立ち尽くしていた。
「下がっていただけますか」
生徒たちの脇から、武装した男たちと女たちが進み出る。
その中の一人である学校護衛隊隊長トビアス・ルセロは静かに腰の剣を引き抜きながら、どうやら今日が人生の最後の日となると考えていた。王国の勢力に力を及ぼすかもしれない貴族子弟の脅威に対抗するために設立された護衛隊だが、最近は誘拐や傷害の対処ばかりで、今回のような場合ではさすがに経験不足だと、自ら分析できていた。
「・・・危なくないですか」
誰からともなくかけられた言葉が案外落ち着いていることに、トビアスは一瞬笑みを漏らす。
「危ないに決まってますよ」
そう返す。
「怖くないのですか?」
「・・・怖いに決まってます」
「・・・」
「・・・でも、皆さんを守るのが役目ですから」
「・・・数、多すぎませんか?」
「侵略でここにいるのですから多いでしょうね」
「・・・」
そのやり取りの後、それっきり黙り込んだその声の主だけではなく、皆に聞かせるために声を張って伝える。覚悟を決めろよ、皆。
「生徒さんたちは、一刻も早く撤退を!護衛隊は前に出て、撤退の時間を稼ぐぞ!」
「おう!」
生徒たちの後ろから護衛隊の面々が前に出てくる。逃げようとする者がいなくて、トビアスは護衛隊の仲間たちに感謝する。一人でも多くの生徒たちを逃がすんだ。それができるのは俺たちだけだ。
足早に進み始める。仲間たちが後ろに従っていることが分かった。
ここで死ぬのか・・・。遺書を書いておけばよかったな。トビアスはそう考えて、少しだけ後悔した。
「アストリット!何をしているのです!あなたも早く下がるのです!」
エヒンデミット伯爵家令嬢リーゼが、叫びに近い声を出し、アストリットの腕をつかんだ。
「ここは護衛隊の方々に任せて、わたくしたちは邪魔にならないようにしなければ!」
「・・・そうですか?」
アストリットはちらりとリーゼを見遣ってから、また前を向いた。リーゼの隣には、シュライヒ子爵家令嬢グレーテルが控えるように立っていた。
先ほど護衛隊の隊長に声をかけたとき、もう覚悟をしている様だったけど、まだ戦ってみなければわからないこともあるでしょうに。
「アストリット!まさかあなたはもうあきらめているのですか!バカなことを考えないで!」
「・・・」
護衛隊の面々が足早に前に進んでいく。教師たちが固まっている生徒たちを引き連れて逃れようと足早にその場を離れようとしている。
伯爵令嬢リーゼが必死に友人であるアストリットの腕を掴んで引っ張っている。
「アストリット!まだ早いですよ!もう逃れられないとなったときに生きて辱めを受けないようにする自死を選ぶのです!今はまだ逃れられるかもしれないのですから!」
リーゼは、敵にとって利用価値があるはず。捕まったあと、リーゼの血筋が分かってしまったら。だからリーゼだけは逃がさないと。そう思った。
「・・・リーゼ、先に行って」
「アストリット!」
リーゼの声はもう悲鳴に近い。
やんわりと腕を振り、アストリットはリーゼの手を外した。そして前に進み始める。
「グレーテル、リーゼ様をよろしくね」
「・・・わかった」
グレーテルが頷き、リーゼの腕を掴むと引っ張って後ろに下がっていく。
「アストリット!ダメ!一緒に来なさい!アストリット!」
引き摺られながらも、リーゼが泣き声をあげていた。
ちらりと後ろを見ると、グレーテルに引き摺られながらリーゼが手をアストリットに向け、伸ばしている。
「大丈夫、多分、わたしなら、ね」
前を向くと、アストリットはドレスの裾を翻し、走り出す。
「あっ!どこ行くんだ!」
学校教師のプリニオがアストリットに気が付いて、声をかけてくる。が、それを無視して走る。そしてそのまま護衛隊の面々を追い越し、突如現れたアストリットに驚いている護衛隊を尻目に、こちらに目掛け突進してくる兵士たちに向け、笑声を放った。
「あははっ!」
そして、敵は全員地に伏した。
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