魔女の一撃

花朝 はた

魔女の顕現

 魔女とは言葉や祈り、儀式によって尋常ならざる慮外の理を顕現せしめる存在である。

 魔女はその存在から民の畏怖の対象であり、憧れであった。

 ただ魔女は血によって継承されるものではなく、世界に突如として現れ、数々の偉業を成し、そして消えていった。このことから民に畏敬を受けたのだが、同時に時の権力者には敵視された。軍隊を差し向けられ、魔女は突然生を立たれることもあった。

 しかしながら、権力者が魔女の死によって安寧を受け取ることが出来たとは言い切れない。魔女の死により悶え苦しみ、死よりも恐ろしい責め苦を受け狂死したり、愛する者が死に絶え、栄華を失い自らのみ生き、さすらい続けなければならないことも幾多もあった。

 魔女は権力者にとって禁忌となり、手出しできない者となり、魔女を討つことは難しくなったことから、権力者は魔女を敵視することは避けるようになっていった。とある王国では魔女が顕現した場合は、熱く遇せよと言い伝えられていると言われている。権力者の近くに侍り、力を行使できた際には、その権力者にとって栄華が約束されたといっても良い。現在の魔女という存在は権力者にとって最優先で保護すべき富の象徴と言い換えても差し支えない。

 そしてとある王国にとっても、それは例外ではなかった・・・


 一瞬何が起こったのかわからなかった。

 周りの者が何もできず崩れ落ちていく。

 兵士たちは必死に膝をついた姿勢から立ち上がろうとしているが、果たせなく、そのまま武器を手放して地に伏していった。

 下半身に力を入れることはできず、腕の力のみで身体を前に動かそうとあがく。

 「なっ、何が起こったのだ・・・」

 「くそっ!動けん!」

 「立て!立てよ!」

 兵士の口からは必死の言葉が漏れる。全員が、痛みに顔を歪めていた・・・。


 「・・・あっけにとられるとはこのことか・・・」

 急を受け、総力戦となるかもしれないと、死を覚悟していた国境を守る騎兵隊の隊長は目の前の情景に最初、声も出せなかった。

 しばし後に、口から出てきたのが、その言葉だった。

 「歴戦の猛者ですら、こんな敵軍を無力にできるのは無理でしょう」

 隊長だけではなく、副長も死を覚悟し、砦を出るときは遺書を置いてきたというに、死は目の前から消え去ってしまっていた。

 「・・・あ、そ、れ、で・・・あいつらの戦意はどうなのだ?」

 うまく言葉が出てこない。

 「戦意は・・・ああ、そうですね・・・戦意があったら今ここでのんびり話すことはできないでしょうね・・・」

 隊長の言葉に、副長がぼそぼそ返す。

 「・・・見た通りなのだな・・・?」

 「・・・そうですね・・・」

 ぼんやりと目の前の光景を見つめていた隊長は、ようやく視線を動かしてから一度ため息をつき、部下を一人領都へと走らせることにした。

 「・・・領主様へ伝えてくれ、虜囚用に荷馬車を集めるだけ集めて送ってくれと・・・」

 「・・・わかり、ました・・・」

 伝令を受けたものは一瞬複雑な顔をした後、隊長におずおずと尋ねた。

 「・・・に、荷馬車は如何ほど必要でしょうか・・・・?」

 「・・・」

 隊長は部下の言葉に眉をしかめた。

 「多ければ多いほど良いと。500は必要だろう」

 「ご、500ですか」

 「ああ、足りないかもしれんがな」

 「・・・」

 ため息を漏らした伝令役は、ちらと一瞬隊長を恨みがましく見てから、そのまま去った。

 「・・・恨まれたかな」

 「領主様は慎重な方。不確実な報告は聞かんでしょう」

 「・・・だが、信じてもらわなければ、な」

 もう一度、隊長は目の前の光景を見やってから、傍らに立っていた学生にようやく目をやる。

 「・・・こちらが?」

 声を低めて副長に問いかける。

 「はい」

 副長は普段通りに答える。

 「・・・信じられんよ。本当にな、信じられん」

 そう呟いてから、隊長は一瞬だけ目を閉じ、大きく深呼吸をすると体の向きを変えた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る