エルフの森のサレサ編③

「……さっ! 皆さん、晩御飯ですよ! どうぞ召し上がってください!」


 外もすっかり暗くなった頃、私達は立ち寄った喫茶店のお店の真ん中の大きなテーブルと椅子を置いて皆で、ご飯を食べる事にした。


 喫茶店の店主の奥さんが、様々な料理を持ってきてくれて、それが次々と食卓に並んでいく。その様子に少しばかり心躍らせながら私とルリィさんは、手を合わせた。


「「いただきます!」」


 私達は、食卓に置かれたサラダやパンにかぶりつく。久しぶりに食べるちゃんとしたご飯に感動した。


「……おいしいぃ~。最高ですぅ」


「本当ですわ。……人間の作るご飯でこれ程、美味しいものを食べた事は今までありませんわぁ~」


 次々と食べる私達の向かいの席では、少し遠慮した感じでグラスに入った水を飲んでいた光矢の姿があり、その隣には料理をテーブルの上に配膳している店主の奥さんがニコニコ笑顔を浮かべている。


「……どんどん食べてください! 私達、家族を助けてくれたお礼です」


 彼女は、そう言うとノリノリでご飯を持ってきてくれた。私とルリィさんは、次々と出てくる料理を取り皿に載せて、食べていっていたが、その向かいでは申し訳なさそうに何も食べずに遠慮している光矢が、真ん中に座る店主に告げた。


「……良いのか? アンタ達、食料にはかなり困っているんだろう? 俺達のために何もここまでしてくれなくても……」


 すると、店主は幸せそうな笑顔でこう告げた。


「……いえいえ、貴方のおかげで私達家族は、救われたんです。これ位の事は、むしろさせてください」


「だが……ご飯だけじゃなく、寝床まで用意してくれるなんて……感謝してもしきれないな」


「いえいえ、そんなものはいりませんよ。私は、ただ家族が離れ離れにならないで済んだ事が嬉しいんです。妻と娘は、私にとって自分の命と同じ位に大切な存在ですからね。私からすれば貴方は、私の命の恩人と言っても過言ではないんですよ。……うちの食事に関しては大丈夫です。妻も私もそこを考えたうえで、やっております。ですから、どうか食べてください。これは、私達からのささやかなお礼でもあるんですから……。食べてくれないと逆に私達もやるせませんよ。……美味しいですよ。妻の作る牛肉たっぷりのチリコンカンは……」


 光矢は、ゆっくりと視線を自分の元に置かれた赤いスープへ移していき、スプーンを持つ。そして、大きな牛肉の塊と、煮込まれた艶々の豆をゆっくりとすくって、口の中へ運んだ。


「……!」


 彼は、目を見開いて仰天。びっくりした顔でゆっくりと口の中の食材を噛んで飲み込むと一言。


「美味い」


 それから、光矢はひたすらにスープを口の中に運んで行く、その様子を見ていた店主の奥さんは、ホッとした様子で言った。


「……よかったぁ。おかわりもあるので、是非どんどん食べてくださいね!」


 すると、すぐに空になったスープ皿を突き出して光矢は、告げた。


「……おかわりお願いしたい」


 彼は、いつものクールな感じを装っていたが……きっと、内心はお腹が空いていたのだろう。光矢も私も手作りの料理を食べるのは、久しぶり。


 特に光矢は、この世界に来る前からずっと誰かの手料理を食べていなかっただろう……。前に、転移前は結婚とかもしていなかったと言っていたし……光矢の世界では、大人になると両親の元を離れて1人で生きる事が普通と言っていた……。


 そう思うと、少しだけ今の光矢を見てほっこりする。


                      *


 ご飯を食べ終わって私とルリィさんは、店主の奥さんのお手伝いをしていた。私は、一緒に食器を洗い、ルリィさんは赤ちゃんのお世話だ。


 子守りは、任せて下さいと言っていて、少し不安ではあったけど……見た感じうまくやれている様子だ。赤ちゃんを抱っこしたり、高い高いしてあげたり……赤ちゃんも喜んでいる。


 ――昔、妹さんにしてあげていた事なんでしょうか……。彼女の姿を見ているとそんな事を思ったりした。


 さて、そんな私達とは違って光矢は、何をしているかというと……別室で店主と話をしている。かなり真剣な顔をしていたし、きっとこれからの事について男同士で話そうって事なのだろうけど……どうも気になって仕方がない。あの扉の向こうでは……一体、どんな話が展開されているのか?


 ――また、光矢が大変な思いをしなければ良いんだけど……。


 と、その時だった。


「……心配なの?」


「え……?」


 ぼーっと食器を拭いている私の隣から食器洗いをしている店主の奥さんこと、マックフライさんが話しかけてきた。


「……あの人の事が心配なのでしょう?」


「……」


 心配だ。口には、出せなかったけど……心配だ。でも、私のそんな気持ちなんてこの人は、お見通しみたいだった。


「……彼、結構無理してそうですものね」


「優しすぎる……のだと、思います」


「え?」


 自分の中で感情としてあるチグハグな思いを私は、言葉にしていった。


「……光矢は、困っている人を見ると……見逃せないんです。自分が何とかしてあげなきゃって、きっと思っちゃうんですよ。普段、あんな感じなのに……私もルリィさんも、彼に救われたんです。だから、きっと……」


 その先は、言えなかった。貴方達家族にお世話になったんだから、その恩返しのためにまた無茶しそうだ。なんてセリフを本人の前で言えるはずもなく、けれど他に良い言い方も見つからなかったので、私は、口を閉ざした。そもそも……マックフライさんの家がピンチなのも、彼ら自身のせいじゃないのに。


 しかし、かなり失礼な事を言いそうになっていた私に奥さんは、言ってくれた。


「……旦那はね、昔は……王都で劇団員として働いていたの」


「え……?」


「まぁ、劇団員といっても売れない役者よ。ホントに……いつまで経っても売れないし、見習いみたいな人で……でも、情熱はあったの。私は、そんな彼を遠くから見ていて……それで」


 彼女の頬が少し赤くなっていた。彼女は、照れくさそうにしながらも食器を洗い続けていた。その様子を見て、私もなんだか素敵な気持ちになれる。彼女は、話を続けた。


「……結婚するってなった時、私は……それでも彼に夢を追いかけて欲しかった。でも、あの人は違った。演劇を愛する気持ちはあるけど、それ以上に私を愛してくれていた。そのおかげで、あの人は舞台役者としての人生を終えて、この町にお店を構えて私と、お腹の中にいたこの子のために頑張ろうとしてくれた」


「そんな事が……」


「……当時は、無茶させちゃったなって思ったの。でもね、今こうして家族で過ごしている時、ふと旦那が見せる笑顔を見ると……これは、これで良かったのかもしれないって思えるようになった。男の人って、不思議よね。色んなものに幸せの形をみいだせて……。確かにジャンゴさんは、かなり色々な事を背負っている人なんだと思う。それは、私も見ていて感じ取れる。けれど、私達がそれを止める権利はないのよ。私達が一番してあげるべきは、そうね。疲れた彼を沢山甘えさせてあげる事……じゃないかしら? ね?」


「え……? それって、具体的に……」


「ふふふ、簡単よ。男の人はね……」


 すると、彼女は私の耳元へ近づいて来てゴニョゴニョと話し始める。……私は、彼女の言ってくれたその内容に……口から泡を噴きそうになった。


「……ちょっ!? そっ、それは! それはちょっと……」


 しかし、私の反応を楽しんでいるような様子で彼女は、ニヤニヤ笑っている。


「……あら? でも、彼とはもう……しちゃってるんでしょう? だったら、平気よ。なんだったら、私の貸してあげてもいいわよ?」


「みゃああああ! やめてください! 聞こえちゃったらどうするんですか!?」


 洗い物もそろそろ終わる頃、私と彼女はそんなやりとりをして、過ごした……。


                     *


 人間の赤ちゃんの世話をするのは、初めてだ。アタシ=ルリィが、初めて面倒を見た赤ん坊は、妹。あの時、初めておむつを変えたり、泣き止ませたり……せっせと母の手伝いをしていた。とても大変だったが、けど……どんどん成長していく赤ちゃんの姿を見るのは、楽しかった。

 その時の経験を踏まえてアタシは今、ある面白い事に気付いた。それは、人間も魔族も……赤ちゃんは、全て平等に可愛く、その扱い方も同じであるという所だ。


 当然のように高い高いをしてあげれば喜ぶし、抱っこしてあげると……アタシのおっぱいを飲もうとしてくる。……まぁ、実際出ちゃうから……飲もうと思えば、飲めてしまう。しかし、他人の赤ちゃんにおっぱいを飲ませるのは、おそらく人の世界でも魔族の世界でも良くない事……のような気がする。だから、何とかパイポジ直しをしてるふりをして、うまく回避しているって感じだ。


 ――全く……この子ったら。他人の男におっぱいをあげれても他人の赤ちゃんには、あげれないってもんですわよ。


 チラッと食器拭きをしている先輩の方を見る。いつか絶対に殿方様を自分のものにする。そのためにガンを飛ばすつもりで、先輩を見てみたのだが、どうも……先輩の様子が少し変だ。


 ずっと、殿方様と店主さんがいる部屋のドアを見つめている様子だ。


 もしや……というより、間違いなく……殿方様の事が心配なのだろう。全く、あの先輩は……アタシを倒した殿方様の何をそこまで心配しているのだろう。あんなに強かったら、何が来たって……。



 ――いや、ふと我に返って冷静になった。きっと、この慢心が良くないのだろう。事実、私の父は……強かった。魔龍族一の武闘家とも言われていた父が……自分より圧倒的に魔力の低い人間に負けて、帰らぬ人となったのだ。諸行無常……どんな強い者でもいつかは必ず滅びてしまうのが、世の常。殿方様だって……可能性が0というわけではない。


 ――大事な事を忘れてはなりませんわね。……まさか、先輩に気付かされるとは……。未来の正妻たるアタシが、ここで後れを取るとは……。


 私は、赤ちゃんを抱っこしてあやしてあげながら、先輩の事をジーっと見つめた。


 ――次こそは、誰も死なせない。そう思いながら……。


                      *


 ルリィとマリアが、ホールで家族のお手伝いをしている中、ジャンゴこと佐村光矢と店主の2人は、隣の部屋で煙草を吹かし合いながら真剣な様子で話し合っていた。


 店主が、驚いた様子で光矢に告げる。


「……なんだって!? 森のエルフを退治する!?」


 驚きのあまり、口を大きく開けてしまい、咥えていた煙草がポロっと床に落ちてしまう。慌てて拾うも店主は、残念そうに足で踏みつけてから、煙草を捨てた。それを見ていた光矢が、自分のジャケットの内ポケットから煙草を一本取り出し、火をつけて店主に渡してあげる。


「……あぁ、せっかくアンタの家族に飯と宿の世話をしてもらってるんだ。何か恩返しがしたいと思ってな。さっき、アンタが言っていた話によれば……どうやら、そのエルフを退治すればこの町の問題は、丸く収まると思う」


 店主は、光矢から渡された煙草をありがたく受け取って、その煙の味をよ~く味わいながら告げた。


「……いやいや! 簡単に言うがな……あのエルフは、これまで誰も倒した事がない位強いんだ! 王国の騎士団だって、これまで何回も壊滅させられていたし、冒険者を雇っても……ダメだった。しかも、何処ぞの町で魔龍騒動があったせいで、その後は実力のある強い冒険者が誰1人来てくれやしない。アンタが強いのは、分かるが……それでも、到底勝てる相手じゃ……」


「……勝てる。安心しろ。アンタの店と家族を救ってやる」


 光矢は、そう告げると煙草を吸う事をやめた。すると、店主は光矢のジャケットの襟の辺りを掴んで、壁に押し込む。ドスっという音がしたが、店主はお構いなしに光矢へ告げた。


「……無責任な事を言うな! ここへ来たばかりのぽっと出の冒険者が……!」


 店主の気迫は、凄まじいものだったが、光矢は全くそれに動じない。彼は、ポーカーフェイスを崩さないまま店主の事をジーっと見つめ返した。すると、逆に襟を掴んでいた店主の方が、徐々に気まずくなり、彼は光矢の襟から手を離し、少し離れた。光矢は、告げた。


「……俺は、ここへ来る前にそのエルフと遭遇した。……最初は、奇襲攻撃を食らってヤバかったが……一撃くらわせる事はできた。奴の狩人のような俊敏な動きや相手を罠にはめる戦法も俺は、知っている。そして何よりも俺は、俺の実力をこの世の誰よりも分かっている」


 だからこそ、光矢は店主にエルフを倒してくると提案してきた。彼の瞳を見れば、店主にも分かった。光矢には、エルフに勝てるという自信があった。それが、分かっていたからこそ……店主はそれ以上何も言わなかった。光矢は、続ける。


「……アンタに個人的に話をしたのは、アンタの家族に心配をかけたくなかったのと……この話をあまり大事にしたくなかったからだ。明日の朝、早速迎え撃つ」


「待ってくれ!」


 光矢が、部屋から出て行こうとしたその時、下を向いていた店主が声を張り上げた。それから、少し間を置いて彼は、言葉を口にした。


「……ありがとう」


 店主が、それだけ告げると光矢は、ドアを開けて部屋から出て行った。それから……部屋に1人取り残された店主は、下を向いたまましばらくボーっとしていた。店主にとって今は、1人になりたい時間だった……。


 しかし、店主は気づいていなかった。窓の外……夜の闇に隠れながら歩く何者かが、彼らの話を外から盗み聞きしていた事を……。


                    


 

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