エルフの森のサレサ編①

「……だいたい、ルリィさんはずっと光矢にベタベタベタベタし過ぎです! ズルいです! 私の方が先に光矢と……」


「あら? 早い者勝ちとでも言いたいのですの? では、先輩と殿方は、アタシと会うより前に既にご結婚なさっていて、既に先輩のお腹の中にも子宝がいらして?」


「はっ、はへぇ!? そっ、そそそそんなわけないじゃないですか! 何を突然、変な事を……」


「でしたら、アタシが殿方を独占しても何も問題ないですわ」


「はっ、はぁ!?」


「……確かに先輩と殿方は、アタシよりも先に出会っていらして、男女の契りも交わした仲なのでしょうけども、まだ結婚もしてないのであれば問題ないですわ。……むしろ、私達魔龍族の世界では強い男を女が取り合って、先に子供を産んだ方と結婚するという風習がありますわ。一族の伝統にのっとれば、アタシが殿方をとっても、別に浮気にはなりませんわよね?」


「……けっ、けど! そうじゃなくて……私は、光矢の事を……」


「片思いだなんて、うふふ……可愛らしいですわね。先輩……。けれど所詮、貴方は殿方にとって最初の”側室”って所ですわね。……ならば、本妻の席は、まだ残っていますわよねぇ……」


「……うっ、うぅ……」


 ルリィさんと私の話は、その後も続いていた。やたらと積極的なアプローチをしかけてくるルリィさんに対して、私は……もう内心泣きそうだ。


 と、そんな風に私達が口喧嘩を続けていると、少し離れた所に立っていた光矢が、私達を見てため息交じりに告げた。


「……おい。ルリィ……その辺にしとけ。……いい加減にしないと今日の晩飯は抜きにするぞ」


 完全に冷めきった声で、そう告げる光矢に対してルリィさんは、あまったるぅぅぅぅい声で言った。


「あぁ~ん。殿方様~、申し訳ございませんですわ~。このルリィ、殿方様の言う事は何でもお聞きいたしますわ! 貴方様の忠実な僕として……」


 色々言っていたのに……結局、僕なのか……。


 呆れる私の隣で光矢は、溜息をついていた。彼女の行動には、色々と飽き飽きしている様子だ。そんな彼のサバサバした感じを見ていると少し安心する。そんな逞しい彼の傍で私は、彼の背中で彼のロングコートに蹲りながら言った。


「……うぅ、光矢ぁ~」


 すると、光矢は小さい子供を宥める保護者のように優しい声で、私に言ってくれた。


「こらこら。泣くな……」


「うぅ……光矢ぁ~、私……私ぃ!」


「どうしたんだ? マリア?」


 彼に尋ねられた次の瞬間に私は、今思っている本音を全て吐き出す事にした。


「……ルリィ、置いて2人で行っちゃいましょ」


「おい。お前が最初に連れて行きたいって言ったんだろ。魔族をもっと知りたいとか抜かしておいて……」


「もう充分分かりました。……ルリィさんは、酷いです。この方は、女狐です。酷すぎます」


「まぁ、落ち着け……」


「うぅ、うへーん!」


 背中で泣いていた私を彼は、正面を向いて頭を撫でてくれた。そのとても優しい対応に私は……内心癒されていた。


 あっ、待ってこれ結構ありです。何というか……光矢の父性を感じられて、凄く心地よい感じです。このままダメダメになるのも……いえいえ! それは、いけないです! で、でも……光矢に甘えてされるがままなのも……それは、それで……あり、です。


 しかし、そんな事を妄想し始めたせいか、いつの間にか自分でも気づかないうちに私の涙は収まっていて、目から涙ではなく、口から涎が垂れてきてしまっていた。光矢は、そんな私を見て一旦、撫でるのをやめる。


「おい……。お前、絶対変な妄想してただろ?」


「いっ、いえ! やっ、やだなぁ~光矢ったら、私は元聖女ですよ? 変な事を妄想するだなんて……」


 と、誤魔化そうとしたけれど……結局、無駄のようだった。彼は、余計に疑いの目を私に向けてくるだけだった。



                     *


 ――それからしばらくして私達は、とうとう森の前までやって来るのだった。光矢が私とルリィさんに言った。


「……ここから先は、森の中だ。逸れないように気をつけろよ」


 しかし、光矢が言っている傍で私とルリィさんは、たまたまお互いに目があってしまい「はい!」と返事をするのではなく、お互いに顔を逸らして……


「「ふん!」」


 と、返事を返してしまった。……この光景に光矢は、頭を抱えて「やれやれ……」とため息をつきながら歩き始めた……。


 クリストロフ王国西部ラゲルクーリエの町を出て、あてもなく歩き続けた先に見えてきたものは、緑色の葉と木々が生い茂った森だった。


 これまで、ずっと砂漠の広がる大地を歩き続けていた私達にとってその光景は、とても貴重なものだった。何より町を見つけて歩き始めた私達を待っていたのは、太陽の日差しから木陰を作って私達を紫外線から守ってくれる森の木々だった。


 ここ数日間ずっと太陽の真下を歩きっぱなしだった私達にとって、そこはまるでオアシスに感じられた。涼しい大自然の風が体の疲れを癒し、心地よい気分にしてくれる。


 なんだか、ぽわぽわした気持ちの良い気分になってきた。私は、体の全身がふわふわしてきて……。


「……はぁぁあん、とっても涼しいですわねぇ。せぇんぱ~い」


「うん。しょだねぇ……」


 さっきまで喧嘩していた私とルリィも、涼しい森の中に入った途端に気持ちよくなって、一気に肩の力が抜けてしまい、喧嘩する気でさえも失せてしまっていた。……いや、喧嘩する気というよりも最早、全てにおけるやる気のようなものが、湧いてこないのだ。まるで、こう……頭の中まで蕩けてしまったような感じというか……。


 何と言うか……ふにゃふにゃ~って、感じでぇ……。うーんと……。


「なんだか、いろいろと……ど~でもいいもんねぇ。さっきは、ごめんねぇ。ルリィしゃあん」


 すると、私の隣に立っていたルリィも同じようにふにゃふにゃした様子で、告げてくる。


「……良いんですよぉ。しぇんぱい」


 彼女は、そう言うと突然、私の肩に手をのせてきて、そのまま体重をかけてぐったりと私に寄りかかるようにしてきた。まるで、お酒に酔った人同士みたいに私達は、肩を組んで歩いた。


「……ていうか、しぇんぱい。しょ~んな事は、どうでも良くないですか? それよりアタシぃ、疲れちゃいましたぁ~」


 ルリィは、そう言いながら少しずつ私を地面へ引き込むように体の全体重をかけてきた。私もそんな彼女に対抗……するわけにゃく、ニュルニュル~と、一緒に蕩けていってしまう。


「……えへへ~、なんだかぁ、気分が良いですねぇ~。このままぁ~、ふにゃふにゃ~ってして一日過ごしましょ~よ」


 すると、わたしのうえに乗りかかってきてるルリィちゃんも、言った。


「……さ~んせい。殿方も~、今日はこの森の中で皆で、ふにゃふにゃ~ってして過ごしましょ~」


 私と彼女は、お互いに蕩けた瞳で草原の上を寝転がっていた。ふにゃふにゃで……体をくねくね~って、させながら2人で、コロコロしていた。こーして、コロコロするのが、とても気持ちいいのだ。病みつきになっちゃう。しかも、コロコロすればするほど……にゃーんか、あたまがぼーっとしてきる。ふしぎだにゃ~。


 すると、光矢がわたしとルリィちゃんを見て、しんこくそーな顔をしていた。


「……マリア、ルリィ!? お前ら……どうして、そんな……腑抜けちまってんだ? まさか、この森が何か関係して……!?」


 かれは、あたりをキョロキョロ~ってしながらガンベルトに装填していた2つの銃を引き抜いて、私達のすぐそばまできてくれて、いつでも敵がきていいよーにしていた。


「……誰だ! いるんだろう? 俺達を襲おうとしている奴が……。この森の中に入ってきてから2人の様子がおかしくなった……。さっきまで喧嘩していたはずなのに、急に仲直りして……しかも、しまいには歩けなくなっていやがる。こんなの普通じゃないぜ。……魔力のない俺が平気でコイツらが、おかしくなっているんだからな……。正体を表せ!」


 だけど、森はしずか。なーんにも声はしてこない。光矢が、あちこちを見渡してもそこには、人の影1つ見えない。


 わたしも……もふもふきもちよすぎて……あーだめ、ぜんぜんなーんにもできない。まりょくのはんのーとかわからにゃい。


「……光矢もいっしょにもふもふしましょ~」

 わたしのことばに光矢は、いっしゅんだけこちらをみてきたけど、それ以上はなにもいわない。彼は、ぴんちなかんじで、銃をにぎりながら私たちの前にたちつづけてる。……もふもふしてくれないらしい。


 すると、そんなわたしのとなりで今度は、ルリィちゃんが口を開く。


「……殿方もこっちにきてくださいよ~。気持ちいいですよ~。うふふ」


 しかし、それでも彼は決してこっちには、きてくれなかった。それどころか、かれは銃を構えて何もいないはずのくうかんを一点にねらっている。


「……てきなんて、何処にもいないですよ~。いっしょに、もふもふしましょうよ。光矢~」


 だが、彼は何も言わない。無言で狙っているだけだった。すこししてから光矢は、いった。


「……お前らにだって分かるはずだ。魔力の匂いってやつが……。それと同じように俺にも分かる。……この血に飢えた野郎の……殺気がなぁ。近くにいるぜ……」


 光矢は、そう言ったまま銃を構え続けた。ずーっとずっと、何もない場所を狙い続けていて、なんの意味があるのかが、りかいできなかった。だれもいないのに、何かがここを通る事を待っているみたいだ。


「……いるのは、分かってるぜ。すばしっこく木の枝と枝の間を行き来してるんだろ?」


 最初は、彼が何を言っているのか分からなかった。けれど、しかし地面でふにゃふにゃしていた私にも一瞬だけ何かが見えた。


 ――確かに今、空中を凄いスピードで移動している何かが見えた。もしかして、光矢はずっとあれに気付いていて、それで私達のために……!?


 この時、私の心の中を支配していた怠惰を貪りたいという欲望が掻き消された。そして、それと同じタイミングで光矢の銃口の先で、とうとう敵も姿を現した。


 僅かにだが、高速移動していた敵の姿が私にも見えた。それは、人間の女性と似た姿をしており、美しい緑色の長い髪の毛が特徴的だったが、しかし一瞬だけ私の鼻から感じた魔力の香りは、魔族のと同じで、よく見ると耳が私達とは違って、少し長く尖っていた。


「……エルフ!?」



「何……!?」


 銃を構えていた光矢も驚いた様子だったが、しかし敵は待っていてはくれない。エルフの女は、手に持った剣で光矢を攻撃して来ようとしていた。


「……光矢!」


 心配になった私が、彼に声をかける。しかし、反応が少し遅れてしまったみたいで、光矢は引き金を引くタイミングを失ってしまっていた。まずい……このままだと光矢が……!


 と、その時だった――。


「殿方! ちょびっとばかしですけれども、お熱いの行きますわよ!」


 私の隣で、さっきまで一緒にふにゃふにゃしていたルリィさんも、いつの間にか怠惰な気持ちを振り切って立ち上がっていた。彼女は、空気を大きく吸い込んでから思いっきり口から強烈な炎を吐いて、襲い掛かるエルフを攻撃した。


 その炎の勢いときたら……ルリィさんのセクシーでスマートな感じの見た目からは、想像もつかないような超火力。大きく口を開けて放たれた極熱の炎で一瞬にして、エルフの体は炎の中に飲まれてしまう。


 そのあまりの火力にエルフは、少し吹き飛ばされて地面に落下。尻餅をついて、火傷した跡などを痛そうにしていたが、彼女はすぐに逃げ始めた。


「……あ! こら! 逃げてはいけませんわ! アタシにあんな魔法を使って奇襲してきた事……絶対に許しませんわ! 殿方の前でなんたるお恥ずかしい姿を……。あんな……まるで、ベッドに誘うみたいな……。これでは、アタシがまるで殿方をベッドに誘う厭らしい女みたいではないですか!」


 ――いや、そうでしょ……。貴方は、そう言う人で間違いないでしょ……。


 と、ルリィさんが怒鳴るもエルフは、逃げてしまった。もうその姿は何処にも見えず、それと同時に私たちにかけられていた”相手を骨抜きにして怠惰な気分にしてしまう魔法も解かれたみたいで、先程までのふにゃっとした感じも完全になくなっていた。


 まぁ、うん。確かに今思い返すと少し恥ずかしかった……かも。


 けど、それにしても……。


「何が目的だったんでしょう? あのエルフは……私達を殺そうとしていたのでしょうか?」


 そう光矢に話しかけると、彼は銃をベルトの横にしまいながらじーっとエルフが逃げて行った先を見つめて、告げた。


「……分からない。だが、あの時確かに……殺意は感じた。要は、そう言う事だ」


「……」


 確かにそうじゃなきゃ、私達を襲う理由なんてない。やはり、ここでも魔族と人間の対立は、あるというわけだ。


 それが、なんだか凄く悲しかった……。

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