第三章

序章

 ──クリストロフ王国王城にて。


「ほう。例の魔龍騒動の件は、解決したかぁ。誰があの忌々しい龍を屠ってくれたのだ? 是非とも褒美を与えてやりたい所じゃ……」


 王は、満足そうに玉座にどっかり座って頬杖をついていた。だが、そんな王に対して膝をつき、頭を下げていた部下の男は、言いにくそうに口をパクパクさせていた。


 男は、口をもごらせながら喋り出す。


「……そっ、それが……その男の名前は、ジャンゴというらしく。西部の方で冒険者として活動しているらしく……」


「ほほう。ただの冒険者風情が、魔龍を倒すとは相当な実力者であるに違いないな。その者を今すぐここへ呼んで……」


「それが……その男は、王からの褒美はいらないと申してまして……」


「なに? どう言う事じゃ? ワシからの褒美が要らぬだと?」


「分かりません。しかし、西部にいる私の部下が聞いた所そのように答えておりまして……」


 王には、訳が分からなかった。彼にとって平民とは、自分から御恩を受ける事を何よりも嬉しいと思っている貧しく力のない者達としか思っていなかったのだ。だから、王にとってこのような断られ方をされる事は、初めてであった。


「……不思議な奴じゃ。ジャンゴ……。ワシの褒美を断るとは……。しかし、それ程の実力があるのだから騎士団にでも入れてやりたいものだ……。しかしまぁ、うむ。名前くらいは覚えておこう」


 そう口にして、王は遠くを見つめる。部下もジャンゴという男の事を報告する時、王がよもや怒ってしまうのではないかと少し心配したが、どうやら大丈夫そうだと思い、安心した様子だった。


 すると、しばらく経ってから王は、告げた。


「そういえば、例の奴は……まだ見つからないか?」


 部下の男は、顔を下げた状態で非常に申し訳なさそうな態度で口をゆっくり開く。


「大変申し訳ございません。国王陛下……未だに、奴らの捜索は進んでおらず現在、大陸中で全力を持って捜索中でございます!」


「そうか……未だ見つからないか。引き続き、捜索の方を続けるのだ。奴らが見つからぬ限り……計画は、先へ進まぬのだ。ただでさえ、わしらは外れの勇者を一度引いてしまったのだからな。急がねばならない。魔族共に先を越される前に……」


 部下は、力強い声で返事を返す。その返事からは、彼の国への忠誠心が感じ取れる。焦っていた王も部下から気持ちの良い返事を聞けて、満足そうにしていた。


 すると、そんな時に今度は王宮の奥から美しいエメラルドのドレスに身を包み、小さなティアラを頭につけた女性が姿を現した。彼女は、落ち着いた様子で王に頭を下げて挨拶する。


「お父様、ごきげんよう」


「おぉ! エカテリーナかぁ。今日も美しいなぁ。やはり、流石はわしの娘じゃなぁ」


 王は、先程までのシリアスな顔から一変して、とても穏やかな様子でそう告げる。エカテリーナは、足の先まで長く伸びているスカートを少しばかりたくし上げて、軽く会釈をしてから父である国王に尋ねた。


「お父様、クリーフと何のお話をしておりましたの?」


 王は、すっとぼけた感じで目線を少しだけエカテリーナから逸らし、報告を聞いていた騎士のクリーフに視線で合図を送り、何かを思い出しながら告げた。


「……あぁ、別に大した話はしておらんよ。ただ、その……西部の方で例の魔龍を倒してくれた勇敢な男がいたみたいでのぉ。その男の事について少し話していただけじゃ」


「そうですの。……それは、とても素敵ですわね」


「あぁ、そうだなぁ。この国にもまだ、そのような冒険者がいたとは……まだまだド田舎の西部も捨てたもんじゃないのぉ」


 エカテリーナは、そんな話を微笑みながら聞いていた。しかし彼女は、しばらくして改まった様子で告げた。


「……申し訳ございません。お父様。わたくし、そろそろ行かねばなりませんわ。お部屋に戻りますわね。そろそろ、ティータイムの時間ですし……」


「う、うむ。……また、昼食の時間に会おう。エカテリーナ」


 そう言って、エカテリーナは立ち去る。少ししてから王へ報告に来ていた騎士のクリーフも報告を全て終えると王の玉座の傍からいなくなった。


 クリーフが、王の玉座から離れて王城を歩いていると、外の景色が見える大きな廊下道の途中で、エカテリーナが彼の事を待ち構えていた。クリーフは、真剣な顔になって彼女の傍まで早歩きで向かって行くと早速、頭を下げて謝罪した。


「……申し訳ございません。お嬢様……遅れてしまいました」


「構いません。それで、お父様は何と申しておりましたか?」


 エカテリーナがそう告げると、クリーフは地面に膝をついて頭を下げたまま忠誠心の籠った声で「はっ!」と返事を返し、それから報告を始めた。


「……父上は、国王陛下は……やはり、何かを企んでいるようです。詳しい事は、私もまだ分かりませんが……しかし、あの口ぶりからかなり大きな計画が裏で動いていると……思われます」


「そうですか……。父上のその計画が、民に悪い影響を与えなければ良いのですが……。そういえば、例の西部に追放された勇者様については、どうでしょうか?」


「はっ! そちらに関しましても……現在、調査中でございます。陛下も、その者に対しては未だに外れの勇者であったと申しているだけでございます。……ですがしかし、西部で極秘に調査をしている私の部下の報告によりますと、ある時期まで荒野の真ん中に棺桶が置かれていましたが、それがある日突然、姿を消したとの事らしいのです。……おそらく、その棺桶こそ……勇者殿が生きている証拠になりうるのではと思います。可能性は、高いと思われます……」


「そうですか……。ありがとう。クリーフ、引き続きよろしく」


「はっ! お任せください! 姫様」


 クリーフは、そう返事を返すとエカテリーナと共に歩いて行った。これから彼女は、自分の部屋でティータイムだ。クリーフも護衛の騎士として傍にいなくてはならない。


 2人が、部屋へ向かって歩いて行っている中、エカテリーナは心の中で密かに思うのだった……。


 ――今、貴方は何処で何をしているのでしょうか……。あの時、何度助けようとしても父上を止める事はできなかった。未熟だった私の……せいで。ですから今度は……必ず、見つけてみせます。サム・コーヤ。


                     *


 クリストロフ王国西部は、基本的に赤い砂漠がずっと続く乾燥した暑い気候の砂漠地帯。今日も雲一つない青空と太陽だけの美しい空が見える。こんな日こそ、外出日和というものである。私=マリアは、今日も光矢と共に西部の荒野を歩き彷徨う。辛く苦しい事もあるが、それでも私は、今この人と一緒に2人で歩けていると言う事が何よりも幸せなのだ。2人の旅は、今もこれからも続いて行く……。



 ……なんて、思っていた頃が私にもありました。ちらっと、私が前を歩く彼の姿を見てみると……そこには光矢の右腕に泥のように纏わりつき、体重をかけて、べぇぇぇぇぇぇぇったりとくっつきながら歩いている女の姿があった。


 その女は、ぴっちりした真っ赤なドレスに身を包み、ハイヒールを履いたセクシーな見た目をしていた。女は、光矢に媚びるようなあま~くて、少し低いセクシーな声で言った。


「……ねぇ、殿方ぁ~? もう結構、歩きましたし……そろそろ何処かで一休みしたいですわぁ。わたくし、少し疲れてしまいましたわぁ」


 この女……。いや、この龍……。私は、彼女(?)の事を後ろからジーっと睨みつけていた。


 ――魔龍ブルー・リー事件を終えて、私達はギルドから報酬金を受け取り、そのまま町を去った。その際、魔龍として私達の前に立ちはだかった魔族の女ブルー・リーこと、ルリィは、私達の仲間として一緒に旅をする事になったのだ。当初は、光矢を助けてくれる新しい戦力になってくれると期待していた私だったが、しかし……今、私が思っている事は全く違っていた。


「ねぇ、ルリィさん……?」


 私が、どれだけ彼女に声をかけてみても、前で光矢の体にべったりくっついて媚び諂う態度でデレデレしていたルリィは、何事もなかったかのように光矢へ話しかけ続ける。……あからさまに私と光矢とで態度が違う。


 なんだか、心の中が物凄くムカムカする。そんな私の事を気にしてか、光矢も少し迷惑そうにルリィに告げるのだった。


「おい。……マリアが話しかけているぞ」


 だが、彼女はお構いなしに話を続けてきた。


「あ、そういえば殿方様。アタシ、喉が渇いてしまいましたわ……。殿方もそろそろ何か飲んだ方が熱中症対策になりましてよ?」


 光矢は、とても困ったように……そして、暑苦しそうにルリィから視線を逸らしながらため息交じりに告げた。


「……そうだな。確かにそろそろ川か、町を見つけて水を補給した方が良いかもな……それよりも、ルリィ……マリアがお前の事を呼んでるみたいなんだが……」


「殿方、やっぱり喉が渇いているのですわね。……うふふ、でしたら……アタシにお任せ下さいませ!」


 私の事なんか完全無視してそう言うと、ルリィは突然、光矢の手を持って、無理やり自分の大きな胸に彼の掌を当ててきて、色気たっぷりの微笑んだ顔と上目遣いで、あざとく告げた。


「……アタシのおっぱいを……お飲みになってください……」


「は?」


「はあああああああああああああああ!?」


 意味が分からず固まる光矢の後ろで見ていた私は、あまりの事に叫ばざるを得なかった。しかし、彼女は頬を少しだけ赤らめながら言った。


「うふふ。アタシ達、魔龍族の女は……人間の女と違って、成長期を終えるとすぐに母乳が出るようになるのですわ。……これは、アタシ達の種族がより強い子孫を残すために長い年月の中で勝ち取った進化の結晶なのですわ。ですから、さぁ……殿方様、喉が渇いたのなら、このルリィめの母乳をご堪能なさって……」


「いや、ちょっ!? ちょっと待って下さい! 何言ってるんですか!? 貴方は!」


 私は、我慢ならなかった。ルリィは、今にも自分の大きな胸を光矢の前で露出しようと、服の谷間の部分をゆっくり下ろして、チラリと見せつけるようにしていた。


 しかし、当然そんな事などさせない。私はすぐに光矢の前までやって来て、彼に見せまいと手を大きく広げて、視界を防ごうとした。すると、この魔龍の女、私の事を鬱陶しそうな顔で見て、言ってきた。


「……何するのです? 退いて下さいまし。貴方にはやらないですわよ。アタシのおっぱい」


「いりませんよ! そんなの! ていうか、今すぐ閉まってください! そろそろその……大事な部分が見えてしまいます! 早く隠してください! みっともないです!」


「うるさいですわ。先輩は、黙っててくださいな。今は、アタシのターンなのですから」


「いやいやいや! 黙っていられませんよ! どうして、いきなりそう言う……その……ぼ、ぼぼぼ母乳とか言いだすのです!? 痴女なのです!? 痴女なのですか!?」


「あらぁ? 先輩みたいな無駄に大きく育った胸やお尻を見せびらかしたような際どい衣装を着た人に言われたくないですわ。……アタシは、ただ殿方が喜んで頂ければそれで良いのですわ! それにアタシは、先輩の大きいだけの胸と違って、しっかり母乳も出せるのですから……殿方のために飲ませてあげる事は当然でしょう?」


「喜ぶって……だからって、その……おっ、おおおっ、おっぱいは……いけないです! ていうか、当然じゃないです!」


「あら? 男性であれば、誰だって好きでしょう? おっぱい。人間のオスも魔族のオスも成長して大きくなっても女のおっぱいを赤子のように求めているのが、男という生き物でしょう? 違くって?」


「そっそれは……」


 チラッと、光矢を見てみる。……こういう時でも、彼は何もなかったような平気な顔をしているだけだった。全く、何を考えているのか分からない不思議な感じだ。


 ――でも……確かに光矢も男……それに、その……初めての時も……。


 一瞬恥ずかしい記憶が蘇って来た。私は、自分の胸元の辺りを少し触ったりして、頬を赤らめさせた。



 ――しかし、すぐに私は、気を取り直して首を横に振って改めて彼女に告げた。


「……とにかく、だからって光矢に変な事するのはやめてください! ルリィさん! 光矢だって、困っているんですよ!」


「あらぁ? アタシの魅力を前にどうして良いのか分からなくなっているだけに決まっておりますわ。なんせ、アタシ……先輩よりも胸もお尻も……大きいですわ。男ならきっと貴方なんかよりアタシを選んでくれるに決まってます」


「こっ、光矢は違う! そっ、そんな単純な人じゃありません!」


「いいえ、いくらアタシを倒した殿方であっても、男と言う生き物とは、女の体を常に欲しているものです。より、成熟した女を本能的に選ぶのが男の本能……。殿方も例外じゃありませんわ」


「……」


 私とルリィの2人は、お互いに睨み合った。そんな私達の傍では、光矢が溜息をついて呆れていた。最早、何か言おうとさえ彼は、してこなかった。


 ――少しして彼は、私たちの醜い争いを見て見ぬふりをするようになって、1人で少し遠くの先へ先へと歩いて行ってしまった。そして、しばらく経ってから彼は、睨み合っている私とルリィへ向かって大きな声を出して言った。


「おーい! この先に町が見える! しかも緑の豊かな森も見えるぞ!」


 ほぼ同時に光矢の方を向いた私達2人は、お互いに光矢を見た後にもう一度睨み合う。そして、気に食わない思いで、いっぱいになった私は、彼女からそっぽを向いた。すると、ちょうど向こうも私と同じくそっぽ向いて、ぷいっと顔を逸らした。


「「ふん!」」


 そんなこんなで、私達は次なる場所へ……森の傍に栄える小さな町へと向かうのでした。

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