ディクラインパンク

Yu_kino_jo

第1話 白の世界

一抹の曇りもない純白に覆われた世界で私は目覚めた。

 天蓋付きのベッドに横たわっていたようでベッドの周りには一面の白い花が咲いている。ベッドから立ち上がり周りを見渡してみるが何も無い。靴すらも無い。素足でベッドを降りる。

 見上げれば白く染まった空があり、しかし一面が雲というわけでも無いらしい。例えれば元から白いキャンパスに、わざわざ白の絵具を塗りたくったようなもので得も言えない気味悪さを感じては、あまり目に入れたくは無いな、と思った。

 さておきこんな場所で目覚めてしまい何もわからずのままでは恐ろしくてしょうがない。生来の好奇心から気の向くままに、この白に染まった世界を歩み始めた。

 少ししてから自分の中で違和感を覚えた。お腹が空かないのだ。それどころか歩き続けていても疲れていなかった。自慢では無いが生まれてこのかた満足に運動できた試しなどなく、日によっては歩くことさえ困難であった。幼少期には周囲の人間が遊んでいるのを羨ましい目で見るしか無かったものだ。

 言いようの無い不安を心に抱えつつも長時間歩いたことは無かったためにどこまで歩いて行けるか若干浮ついている。後ろを振り返れば元居たベッドが見えず、花を踏みつけてきたはずだが潰れた花は見えない。景色は変わらず歩いている意味すら分からなくなってくる。

 それでも何かあるはずと信じて歩いて行く。何かあって欲しいとも思っているのだけなのかもしれないが。


 一面の白を踏みしめて進みつつこんな場所に居る理由を考えてみるが、思いつかない。今まで生きていて不可思議な現象に遭った事も無ければ、遭うようなことをした覚えは無い。

 病弱な体質も成長するにつれ多少の改善も見られているし精神面でも鬱になったことも無い。

 心霊スポットや神秘的な場所に行きたいというオカルトな思考は常人程度で、家族や友人でも私の知るところではオカルトな経験をしたという話も無い。

 無い無い尽くしで頭が混乱してきてしまったが何度確認しようともこんな場所に居る理由を到底、私は知り得なかった。

 人も見当たらず人工物は最初に寝こけていたベッドのみ。ベンチぐらいあって然るべきでは無いのかと誰とも分からないものに愚痴を吐いては空を睨んだ。

 白い世界に一人、私はただ闇雲に動いているしか無かった。

 踏みしめる土は冷たくて私から体温を奪うように感じた。

 綺麗な世界の上に立ち、ここに居て良いのかという不安もあった。

 空を見上げる。白くて不気味な空は私の心に雲をかけ一面の白い花は不安を強める。多くの感情が混ぜ合わさって消化しきれない程に膨れ上がっていき、孤独を感じながら歩き続けた。

 世界に一人ぼっちになる気分をこんな形で味わうとは想像もしていなかった。最悪の気分だ。

 頭を抱えたくもなるがあるか分からない先を急ぐこととした。


 時間の概念もあやふやになってきた私に一つの天啓が舞い降りてきた。

 私の方にここに居る理由が思いつかないのであれば、私をここに連れてきた者がいるはずなので元居たベッドに戻ればその誰かに会えるのではないか、と。いや元から誰かが連れてきた可能性は考えていたのだがこんな人工物の無い世界に一人ではやはり深い思考を成立させるのは不可能ではあってやはり私に落ち度があるわけがないが……。

 などと誰に言い訳しているのか不明な事を考えつつ元の位置に戻ろうとする、が。

「元居た場所が分からない」

 これである。踏んできた花は元に戻ってしまい来た道が分からない。

 目印になりそうなものも見ていないため元の位置に戻れなくなってしまった。

 詰んだ。ここで一生を過ごさなくてはいけないのかと膝をつく。

 長時間歩行しても何も見つからない事への精神的な疲労と一縷の望みの道が絶えたことで悲壮感が募り眼の前が真っ暗になってしまう。存外自分は心脆いらしい。

 ただ歩くだけで気絶とは何とも病弱な自分らしいがしかしどこか可笑しい。病弱な体質は幼少期のみで今はもうほぼほぼ大丈夫なはずなのだが……。しかし現状として体が重い。これ以上は進めないと感じ、ついぞ前から倒れてしまう。

「やっと見つけた」

 意識を失う直前にそんな声が聞こえた気がした。

 

 一抹の曇りもない純白に覆われた世界で私は再度目覚めた。

 どこかデジャヴを感じる。

 違うことと言えばベッドの傍にイスが置かれ白い少女が座っていることだ。天使? いや天使のイメージにある翼も輪っかも無い。しかし何度見ても白いという印象が強く残る少女だった。 髪は白いがブリーチなどで痛んだ白色でも無い。純白という言葉が合う程に綺麗だった。

「あ、起きた?」

 美しい見た目にぴったりの透き通った声をしていた。

「あ、うん。まあ……」

「よかった~。ここで倒れるとかよっぽどだよ?」

 その言葉で私ははっとした。少女のインパクトが強すぎて自分の目的を忘れていたのだ。

「あの、ここはどこ?」

 私の問いかけに少女は首を傾げ言った。

「ここは天国だよ?」

 その言葉を聞いた瞬間に私は口をあんぐりと開け、絶叫した。

「はあぁ?」

 それはそれはなんて素敵な事でしょうか? こんな場所が天国だとでも?

 頭を抱える私を、世界のどこかで誰かが笑った気がした。

 あれから少女と少し話をしてみたがここはどうやら天国で間違いないらしい。天国という場所のイメージを伝えてみたが少女いわくイメージはイメージだし、想像上のものと実際のものが違うなんてことはよくあることでしょ、とのこと。

 確かに天国に行った話などは大抵が眉唾物であるから少女の話は理解出来る。しかし人が一人も見当たらないのは可笑しくないだろうかと伝えてみたところ、

「天国は一人に一つの、その人だけがもつ唯一無二の世界だよ」とのこと。

 なるほどここで私は世界の真理に辿り着いたらしい。死因は病死とかそこらへんだろう。こんなただ何もない場所が天国とは存外、全てが揃った楽園ではなかったらしい。

 全人類こんな思いをしなくてはいけないとは地獄も天国も変わりは無いのだろう。そんな捻くれた世論を持ち出してみたがどうやらそうでは無いらしい。

「一人一つ。だけどどんな世界かはその人の生前の強い想いで決まるの。だからこの何も無い、ただ白くてベッドしかない世界は貴方が自分で決めた世界」

 何とも救いの無い話だ。一人ぼっちだけを望み他の何も要らないとは。それは、以外にも胸の拯くような話だった。

 確かに私は物欲が少なかったかもしれないが人並の幸せは欲しかった。恋人も新たな家族もつくり、真っ当に生きて家族に看取られながら老衰するような人生にしたかった。それ以上に一人の方が良いとは何とも悲しくてしょうがない。だとしても疑問が一つ残る。

「何故、君がここに居るんだい?」

 そうそこである。一人を望んだ世界のはずだが何故かいる少女は異物といえる存在だ。

「さあ? 知らな~い」

 何で?

「知らないものは知らないもの。知ってることは貴方が誰で、ここが何処か。それ以上は知らないし、知る必要も無いもの」

 この少女は何を言っているのだろうか?

「分からない? ここは天国で貴方が居る。ならこれ以上何をするの? 何が出来るの?」

 輪廻転生とかでは? というかここでずっとは辛いものがある。

「輪廻転生は違うわ。そもそも貴方、仏徒かしら?」

 いや違うが。ただ死んだら別の生物になるものだと考えていたのだが。

「分野が違うわ。貴方は天国(こっち)。天国(こっち)でこの先を過ごしていくの。欲も湧かない。ただ穏やかに過ぎ去る日々を知覚していくの」

 それは死んでいるのと同じでは? いや死んでいるのだが。

 というか天国って……

「とにかく貴方の人生はここが終点。貴方の望んだ世界。もう歩く必要は無いわ」

 そう言い放った後、少女はもう言う事は無いとそっぽを向いてしまった。

 それ以降というものこの天国とやらで過ごしていた。ただ思考を放棄したわけではない。あの時の少女の言った事をおいそれと信じていて死んだように過ごすのでは生前と何も変わらない。

 少女に拾われた時の自分を思い返してみると不思議なことがあった。あの時の自分は確かに精神的な疲労はあった。しかしそれだけで倒れる程のことだったか。先の無い道を歩くのは辛いことも分かる。でもあれ以上進めるはずだ。進めなくなった理由がある。少女が来たこと。それ以外に無いだろう。

 少女について思い返せば怪しい点は何個かあった。言動が一番だろう。これ以上進むななど。それは進ませたくないという気持ちの表れだろう。私に進まれると困る理由があった。私に隠している何かがある。それだけで私は進む理由になり得る。ここが天国だろうが何処だろうが知ったこと無いが。

 私はここから出て行く。日常に戻り、正しく人生を歩む。


 そう決めた私であったが、ではどちらに向かえば良いか分からずとりあえず走り回っていた。少女はあれ以来、現れていない。私の動向を見ているのか知らないがチャンスとして今はただ出口を探し走る。走って走って辿り着いた先はいつもと変わらない景色だった。少女は現れない、ならここじゃない。疲れないことを良いことに四方八方に走り回る。今の私に精神的にも肉体的にも疲労は感じられ無い。やるべきことが見つかったからだ。

 そこら中を走り回り、何度も転んで立ち上がっては走り続けた。そんな事を繰り返していた私の前に、いつの間にか少女が立っていた。

「何をしているの? 何でそんなことをしているの? 貴方は何も出来ないから。ここに居て」

 しかし悲しいかな、今の私は自己中心的な人間であるから言葉を返さず走り去る。そんな私を哀れみの目で見つめる少女。しかし走らずにはいられない。

「外は無いわ」「ここは貴方だけの世界」「結局は無駄になるのよ?」

 少女の言葉は私の心に重くのしかかる。確かにここまで走り回っても世界に終わりは無い。ここで終わってしまうのかもと悲観的な考えが浮かんでは積もっていく。

 しかしもう止まれない。私を突き動かすのはこんな世界に居たくはないというエゴイズムだ。この白い世界は昔居た病室に似ていて、だからこそこんな場所から逃げたかった。白い花も白い空も今踏みしめている地面だって全てが全て、私を憂鬱にさせる。

 だから出て行く。こんな世界で一生はつまらない。


 そんな私の思いに呆れたのだろう、少女は白い目でこちらを見るが私は少女を見ようとしない。どれだけそんな時間を過ごしただろう。何度転んだだろう。何もかもが分からなくなった私に少女が言った。

「じゃあこれが最後の忠告。哀れで悲惨な私へ送る最後の言葉」

「ここに居て。ここから先はただの地獄よ」

 がむしゃらになって走る私はその言葉に対して今の気持ちをぶつけた。

「そんなのどうでもいい。ここが嫌なの。こんな場所から出られるなら地獄でも何でも行ってやる」

 そう言った私の目の前で、足元で世界が割れていく。空間に地面に空に亀裂が走り、中には全てを飲み込むようなブラックホールのような恐怖を煽るものだった。

 しかしもう私は止まれない。割れた先に全速力で落ちていく。振り返らず落ちる私に少女は「どうせ何も出来ないわ。諦めていれば良かったと思うでしょう。哀れな

子」と言った。

 その言葉は厳しくて冷たくてどこか恨めしそうで真意は探れそうになかった。

「さようなら。今までありがとう」

 何も無いけど少しの皮肉と正直な気持ちで返してやった。



 亀裂の先、宇宙のような空間に落ちた私はどうやら正解で目覚めた場所は元の世界の壊れ果てた終末世界だった。

 ここで少女の言葉の意味の一端を知った。私は守られていたのだろうか。だが地獄でも何でもと言った気持ちに嘘は無い。後悔はしているかもしれない。

 ビルは倒壊し鉄筋が剥き出しになっている。地面には瓦礫やガラスの破片が散らばっている。人の悲鳴と建物の倒壊音とそれを飲み込む炎の音。人を不快にする音楽の出来上がり。

 そこで私は立ち上がって考える。

「これからどうしようか」

 と、思案する私の目の前に瓦礫を破壊し炎をものともせず其れは現れた。

 醜悪でおおよそ人の言語では無い音を放つ、いわゆるモンスターと呼ばれる其れに。

「終わった……?」

 せっかく不可思議な世界から逃げ出して出来たことは世界の終末を見るだけで。

「こんなはずじゃあ無かった」なんて少女に怒られそうな事を考えて……。

 そこに一閃、モンスターの体が切り裂かれた。

「一帯の危険生物を一掃しました。これから……ん?」

 そこには超高熱のブレードを持った軍服の人間が現れて、

「生存者を確認。保護に移る」

 どうやら助かったらしい。


 これは終末世界で生きる意義を求め、凶悪な敵を打ち倒す私の物語。

 皆さまどうぞ乞うご期待を。

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