第十章:GUARDIAN ANGEL/01

 第十章:GUARDIAN ANGEL



「ここか」

「……の、ようですね」

 ボロボロに傷ついたセダンで戒斗たちがやって来たのは、山奥にある廃工場だった。

 放棄されて結構な年数が経っているのか、かなり朽ちている。元はなんの工場だったのかも、今となっては分からなさそうだ。

 開きっぱなしのゲートを超えた先、工場の敷地にはさっき襲ってきたのと同じような外車のセダンが無造作に置いてある。恐らくはマティアスが琴音を連れてくるのに使った車だろう。

 その外車の傍にボロボロのセダンを停めて、戒斗たちも車を降りた。

「気をつけろよ遥、何が出てくるか分からん」

「……ええ、貴方も」

「心配しなさんな、俺にはコイツがついてる」

 言って、戒斗はセダンのトランクから大きな重火器を引っ張り出した。

 アーウェン37、強力なグレネードランチャーだ。

 リボルバー式で五連発、戒斗はそれを肩に担いでみせる。

「予備の弾も五発ある。コイツであのサイボーグ野郎を粉にしてやるぜ」

「そう上手くいけばいいのですが……」

「上手くいくさ、きっとな。――いくぜ、遥」

「……はい」

 戒斗はそのアーウェン37を肩に担ぎ、遥は忍者刀を構えながら、慎重に廃工場の中へと入っていく。

 廃工場の中は、外見通りに荒廃していた。

 分厚く埃の溜まった床に、錆び付いたライン設備。窓は割れていないものを探す方が難しいぐらいで、日陰になった辺りの壁には緑色の苔すら生えている始末だ。

「琴音っ!!」

 そんな廃工場に入ってすぐ、戒斗は彼女を見つけていた。

 ――――天井からロープで吊るされている、縛られた琴音の姿を。

「お兄ちゃんっ!」

 叫び声を聞きつけた琴音が、半泣きの顔で彼の名を呼ぶ。

 戒斗は「今助けるっ!」と駆け出そうとしたが、しかし遥が「待ってください……!」と彼を止める。

「奴が……居ます……!!」

「っ……!!」

 遥が視線で示した先、そこに居たのは――マティアス・ベンディクス。

 錆びたライン設備に腰掛けながら、頬杖を突いてニタニタと笑う男がそこに居た。真っ赤な前髪を揺らしながら、期待に満ちた瞳で戒斗を、遥を見る……琴音を攫った張本人が。

「よォ、遅かったなお二人さん」

「……悪りいな、待たせちまったか」

「待ちくたびれちまったぜ、あんまり来ねえもんで居眠りしちまうところだった」

「生憎と追っかけのファンが多くってな。人気者はこれだから辛いぜ」

「ケッ、抜かすじゃねェか」

「……琴音には何もしていないだろうな?」

 サングラスの下でキッと目を尖らせる戒斗に、マティアスは「安心しろ、見ての通り無傷だ」と言う。

「俺ァ約束はちゃあんと守る主義なんでねェ。お嬢ちゃんは単なる餌……お前ら二人をおあつらえ向きの舞台に引きずり出すために、チョイと協力して貰っただけだ」

「驚いたな、てっきり人質にするかと思ってたんだが」

「俺を見損なうんじゃねェよ。あの黒の執行者Black Executerにそんな卑怯な真似して勝ったって、ちぃとも嬉しかねェよ。お嬢ちゃんを助けたきゃ好きにしな。そろそろ吊るされんのも辛くなってきた頃だろうよ」

「……悪党なりの仁義ってわけか」

「悪党なのはお互い様、違うかァ?」

「違いねえな」

 ニヤリと笑うマティアスに戒斗も不敵な笑みで返しつつ、傍らの遥に目配せする。

 遥はコクリと頷いて、タンっと地を蹴って高く飛び上がると……天井から伸びるロープを忍者刀で一閃。琴音を解き放ってやる。

「きゃっ!?」

「おおっと」

 落ちてきた琴音を、一度アーウェン37を床に置いた戒斗がキャッチ。奇しくもお姫様だっこの形で受け止めてやると、琴音は「あ、ありがと……」と、少しだけ頬を赤らめて礼を言う。

「いいから、あっちに隠れてな」

「う、うん……!」

 琴音が廃工場の隅の方に逃げていくのを横目に見つつ、アーウェン37を拾い上げる戒斗。

「待たせたな」

「いんや、これでお互いイーブンだァ。……悪かったな嬢ちゃん、手荒い真似しちまって」

 マティアスは笑いながら立ち上がり、コキコキと首を鳴らしながら歩み寄ってくる。

「……気をつけろよ遥、野郎は並大抵の相手じゃない」

「ええ、しかし二人がかりでなら」

「勝機はある……か」

 戒斗はアーウェン37を肩に担ぎ、その傍らで遥は忍者刀を油断なく構える。

 そんな二人と一定の間合いを取った位置でマティアスは立ち止まると――バッ、と羽織っていた黒い革ジャケットを脱ぎ捨てた。

 タンクトップ一丁になって露わになるのは、例の右腕。奴が『悪魔の右手』の異名で恐れられる所以ゆえんたる……人工皮膚バイオスキンを被った金属義手。

 そんなマティアスと正対しながら、戒斗も静かにサングラスを外す。

「んじゃあ、おっ始めるとしようぜェ」

「どっからでも掛かってこい、俺が――」

 言いかけて、戒斗は傍らの遥をチラリと見る。

「――――俺たちが、てめえに引導を渡してやる!」

「ほざけよ、野郎ォォォ――――ッ!!」

 ニヤァっと犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべながら、マティアスがダンっと地を蹴って飛びかかってくる。

「来るぞ、遥……!」

「大丈夫です、私が上手く合わせますから……!!」

 悪魔と恐れられた右腕を振りかぶり、猛スピードで突進してくるマティアス。

 そんな奴に戒斗はアーウェン37の照準を合わせ、遥は忍者刀をスッと逆手に構えて迎え撃つ。

 戦部戒斗と長月遥、相対するは『悪魔の右手』マティアス・ベンディクス。

 強敵との最後の戦い、その決戦の火蓋が今、切って落とされた――――!!

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