第十九話 つかの間の――誘惑




 ブラッドウルフと戦ってから四日が経った。

 あの日は幹部のカムルと話してからは打ち上げをしたりして終わり、それからしばらくカーヘルでの生活。

 短い間ながらも、色々なことがあった。。



 まずはハリストンさんと会ったな。

 カーヘルの街中を歩いている時に、旅支度をしている彼に出会でくわした。


『なかなか休んでは居れませんよ。――『必要なものを、必要な時に、必要な場所へ』。これが私の行商人としての信条ですから』


 そう言って、彼は南へ旅立っていった。

 格好良いなぁ、男ってのはダンディなイケオジに憧れるように出来てると思うんだ。



 ギルドマスターのアルビアだが……あの堅物ジジイ、いったい何を送ったんだか。

 あの日以来、俺がギルドに行くと彼女が爆速で出てきて受付するようになったんだ。

 とても媚びる感じで。

 他の奴らのやらかした資料でも送ったのかな? まさか、俺のやったことであんな反応はないだろう。

 うん、きっとそうだ。違いない。

 エルミーたちと険悪になりかけたりもあったけど、概ね問題ナシ。



 エルミーたちとは何度か依頼をこなしている。

 ほとんどが討伐か調査依頼だったけど、異常事態イレギュラーに遭遇することは多かったな。

 おかげでギルドにある俺の口座の金額は目に見えて増えた。一文無しから脱却だ。解体師たちは泣いてるらしいが。

 ただ、低ランク冒険者の負傷が多くなっているらしい。それは気になるところ。


 そして俺達もずっと働き詰めというのはよくないってことで、今日は休日だ。

 エルミーとマリアは必要な物資の買い出しに行った。リーダーと財政兼魔法鞄マジックバッグ担当だもんな。

 なぜかとても、すごく渋っていたけど。

 でもって俺はというと。



「うふふふ……! 久しぶりねぇ、あっくんの髪を切るのって」



 泊まっている宿、『大地の寝床亭』の庭先で椅子に座らされ、髪よけのケープを被ってなすがままに髪を切られていた。

 フレイは散髪、というか髪のカットが上手い。

 器用だしセンスがいいから、よく二人でお願いしてたっけ。

 今日のフレイは防具の軽鎧ではなく、私服。

 胸が強調された、クリーム色のオフショルダーワンピース。胸下で締めているから、女性らしすぎるスタイルが浮き彫りになっている。

 柔らかい指先が頭を撫でる。


「再会したときから切ってみたくてウズウズしてたの。やっぱり凄い楽しいわ〜」

「あー、そういえば。まったく気にかけてなかったから、不格好だったね。髪型」

「ワイルドで悪くはなかったわよ? 整えた方がもっといいけどね。あっくんの髪ってキレイだから、切るのも楽しいの」

「そんないいモンかなぁ、これ」


 布に引っ掛かった髪の毛はくすんだ白色。

 白髪しろかみ自体は少し珍しいけどたまに見る髪色だ。

 けれど、俺のそれは少しくすんでいるというか、灰がかっているというか。

 汚れてるみたいだし、幼い頃に色が変わったこともあってあまり好きじゃない。


「あんまりケアとか気にしてなくてこの髪質なら羨ましいくらいよ?」

「あー、髪質保全の化粧品とか美容ポーションもあるんだっけ」


 ウィンドウショッピングに付き合った記憶がある。そういうのも覚えようかなと思ったところで旅に出たから、結局うろ覚えだ。


「興味があるなら教えてあげるわよ〜? そういえば、暫く一緒にいようって話だったけど、これからどうするつもりだったの? ――あ、ちょっとあご引いて?」

「んっ――まだ、ミリアと会いたくないから……万が一俺のことを探していても会わないように、南へ行こうかなって」

「そう……ごめんなさい、思い出させて」

「いいよ、大丈夫」

「……なんで南国なの? リゾート地が多いから、リフレッシュ?」

「いや、魔剣の一振りをくれた婆さんがいるから、魔剣を返しに行くんだよ」

「えっ!? 魔剣を!?」


 フレイは髪を切る手を止めて驚いていた。

 あれ? 言ってなかったかな?


「うん。もう俺が持っている意味もないしさ」

「でも、魔剣がなくなったらあっくんは……せっかく、魔法が使えるようになったのに……!」


 そう、魔法が使えなくなる。

 適当な相手に負けるほど弱くはないだろうけど、それでも大きな弱体化。

 俺の魔剣はどれもこれも強力なものだ。

 この他にもいくつか魔剣はあるが、ここまで強い魔剣は珍しい。同じレベルの剣が手に入るとは考えられない。

 きっとSランクではいられないな。


「いいんだ、俺が強くなったのはミリアを助けるため。だから……もう、俺が強い意味もないから」

「あっくん……わかったわ、そこまで決めてるなら、お姉ちゃんは何も言わない」

「――ありがと」


 そのあとは暫く無言の時間が続いた。

 髪を切る鋏の音と、髪を梳く僅かな擦れ音だけ起こる。

 しんみりしてしまった雰囲気……なんだろうけど、俺はすぐにそれどころじゃなくなった。


 だって――当たってるんだよ! フレイが動くたびにグイグイとさぁ!

 重くて、柔らかくて、張りがあってしっかりと主張してくる、巨大なモノが! 後ろから!

 フレイは昔から何かとくっついてくることが多くて、結果グイグイ押し付けてくる。

 そうやって、俺のことをからかってくるんだ。

 ミリア一筋じゃなかったら、大変なことに――……


「はい、できたわよ」

「うわっ」


 悶々としていたら突然目の前に鏡が差し出された。

 見ればいつの間にか正面にいるフレイが鏡を持っている。


「どうかしら? ちょっと」

「あ、ああ、うん。いいんじゃない?」


 前かがみになって鏡を持つフレイにドギマギしながらも見れば、なかなか悪くない。

 前髪と横髪は短くされて、煩わしく思うことはない。それ以外が長めなのは、フレイの趣味かな?


「そう? よかったわ〜……ふふふっ」


 笑顔の裏に、凄く楽しそうな笑いが聞こえた。

 ――やっぱりわざとじゃないか!

 故意に接触してからかってるのはわかってるんだよ!


「じゃあ、ケープを外すわね?」

「はいはい……!」


 後ろに回ったフレイにぶっきらぼうに答える。

 頭を軽く払った後にしゅるしゅる……と、結ばれていた箇所が解かれていく。

 やがて首元だけになり、うなじの結び目が解かれてケープが下に落ちる……と同時に。


「っ!?」


 フレイの腕が這うように降りてきて、後頭部には――だゆんっ!

 柔らかくも大質量の衝撃が襲ってくる。

 腕はぎゅっと首と胸を押さえつけて、俺を抱きしめてくる。


「ちょっ……フレイ、からかうのもいい加減に――」




「――あっくん、わたしとえっちなこと、してみない?」


 耳元で、ゾワッとする囁き。

 聞いたことのないほど色気のあるフレイの声に、体が震えた。


「なっ……あのさぁ! からかうってのにも限度があるだろ!?」

「からかってなんかないわよ〜? お姉ちゃん、あっくんとそういうことシたいって、思ってるわ」

「な、なんで急に……いや、でも」

「急でもないのだけど……渋るわね〜、ミリアちゃんとの初めてで失敗しちゃったのを気にしてる?」

「何で知ってるんだよ……!」

「女なら見てればなんとなくわかるわよ。だいじょーぶ、経験ほーふなお姉ちゃんがリードしてあげる。マリアちゃんを鳴かせてるの、たまに聞こえるでしょ?」


 そうだね、聞こえてたよ。

 だからわからないんだ、なんでフレイシスコンレズが……?

 困惑していると、抱きしめる力が強くなって密着度が上がる。

 頭がより後ろの巨大果実に埋もれて……抱きしめる腕が艶めかしく服の襟にかけられて――中に侵入してくる。


「っく、ちょっやめ……!」


 服の中をすりすりと撫でてくる。


「っていうか、この間はマリアちゃんともなにかあったみたいだし?」

「あ、あれはそんなんじゃないって! そんなんじゃ……」


 数日前のことを思い出す。

 マリアと二人きりになる時があって、一つお願い事をされたんだ。


『あの、アベル君にお願いがあって……あたしのこと、思いっきり抱いてくれない?』


 驚いたけど、聞いてみると抱くっていうのはハグの方のことで、それくらいならと抱きしめたんだけど……。

 何度も『もっと強く』と言われて最終的に締め上げるぐらい力強く抱きしめたら――。


『あっ……ッ! カッ、ハァッ……! ヒッ、――グぅ……!』


 耳元で湿っぽい声が漏らされた。

 そのうちビク、ビクンッ! と震えだしたから慌てて離したけど、そのときの……目を潤ませて、涙と涎と、口から舌まで垂らして紅潮したマリアの顔は――


「〜〜〜〜っ!」

「お顔真っ赤だよ? ほんとになんでもないのかな……?」

「な、なんでもない……! よろよろって、普通に帰ってった!」

「ならその続きも、してくれていいのよ? お姉ちゃんと――」

「いやでもっ! 俺はミリアと結魂してるから、そういうのはできないって!」


 ピタッ……と。

 胸をまさぐる手が止まった。

 力づくは怪我をさせるかも……なんとか説得しないと。


「だからそういうのは、好きな相手とした方が」

「じゃあ、ミリアちゃんとの結魂がなければいいのね?」

「なければいいって……俺はもうミリアと」

「結魂、解消しないの?」

「…………っ」 


 ――考えもしなかった選択肢だった。

 いや、考えようとしていなかった。


「お姉ちゃん、ずっと気になってたの。なんでミリアちゃんとの結魂を解消しないんだろうって」

「……結魂の解消には、それ相応の罰があるし……証拠とかが必要で」

「証拠なんかあっくんの力を使えばどうにでもなるんじゃない? その罰も、100%ミリアちゃんが悪いからかなり軽くなるはずよ?」


 結魂は元々、古代から尊いものとされてきた、ただ一人と結ばれる一夫一妻、が元となっている。

 それを宗教の名のもとに、神への誓いとして強固なものにしているのが今の『結魂の誓い』だ。

 神罰が下るとかはないが、結魂の誓いを破ることはその宗教の名に泥を塗るに等しい。

 場合によっては恐ろしい報復が誓った宗教――俺達の場合は蒼天教――から与えられる。

 それを俺の場合はかなり軽くなるだろうとフレイが語る。


「あっくんがどれだけミリアちゃんを大事に思ってたかは知ってるわ。未練がありまくりなのも、この数日でよ~く分かったわ」


 だって全然ミリアちゃんのこと忘れられてないんだもの、と、耳元で腹立たしそうに囁かれる。

 胸に這う手は、ぎゅっと俺の服を握っていた。 


「だからすごく気になっちゃったの。――ミリアちゃんのこと、どうしてそんなに愛していたの?」


 ……何故ミリアを好きだったか。愛していたか。

 フレイに聞かれて思い出す。それは――






「くたばれ痴女姉さーーーん!!!」


 突然響いた叫びとともに、フレイの体が吹っ飛んだ。


っ……たーーーい!!! 姉を蹴るなんて、なんてことするのよ!」

「うるさい! このどすけべ姉さん! 乙女協定破ったのはそっちでしょ!?」

「そうだよフレイ! なんてことしてんのさ!」


 気付けばマリアが高々と脚を上げており、エルミーが俺の頭を抱き込んで「がるるるる」とフレイを睨んでいた。

 エルミーが超高速で絡みついた腕を解き、マリアが助走もつけてフレイを蹴り飛ばしたらしい。


 エルミーは長袖の上着に短いスカート。スレンダーな脚を魅せる服だ。

 マリアはブラウスにぴちっとしたパンツで、メリハリの激しいボディラインが惜しげもなく披露されている。

 二人とも、お洒落でも動きやすそうな服装だった。


「アベル! なにかされてない!? えっちなこととか!」

「あっうん、なにも」

「もうっ! だから嫌だったのよ、姉さんとアベル君を残すのは! ぜったい抜け駆けするじゃないの!」

「いいじゃない! せっかく二人きりだったのに!」


 三人のぎゃーぎゃーと騒ぐ声を聞きながら――俺は思考の海に沈んでいくのだった。





______________

どうも、スマホに突然縦線が入った赤月ソラです。

ど真ん中で見づらくて作業効率激落ち。

交換待ちですわ……。

これから佳境となりますので、更新は頑張ります。

一章完結まで、どうかお付き合いくださると嬉しいです。


それからギフトを頂きました。ありがとうございます……!

他にも読んでいた作品の作者さんから☆貰ったり、最近嬉しいことが多いです。

これからもよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る