第十八話 不穏の予感



「っと。よし、終わった!」

「ちょっ、アベルー!? お腹側が弱点って言ってたじゃん! なんで上から斬ってんの!?」

「え? 斬れそうだったから」


 潜土竜の首を刎ね、業炎剣を鞘に納めたところで走り寄ってきたエルミーに問い詰められた。

 重量、能力が相まって攻撃力の高い業炎剣の魔剣技なら、力技でぶった斬れるからなぁ。

 なら、斬るでしょ。


「それにエルミーも、甲殻くらい斬ろうと思えば斬れるだろ?」

「そりゃ、斬れるけど……両断とまではいかないよ」


 流石剣聖。斬ることにおいては他の追随を許さないな。

破燼はじん》は超高熱で斬りつけた部分だけを蒸発、爆発させて焼き斬る魔剣技だ。

 単純に斬れるエルミーが凄い。


「凄いわ〜。切り口は爆ぜたみたいだけど、まっすぐ両断されてるわね」

「アベル君なにあれ! 高熱で爆破させたの!? 一気に水蒸気化するぐらいの高熱!? 魔剣ってそんなことまでできるの!? それとも魔力量が関係してる!? ねぇねぇ!」


 俺達がそんな会話をしている間に、フレイはモールドレイクの頭部を回収して、胴体の傷口を見ていた。

 マリアは予想外に、今まで見たことがないくらいハイテンションになって駆け寄ってきた。

 なんかこの三年で魔法学者みたいになってないか……?

 前まではどちらかと言うと魔法は補助で、スキルと武器をメインにしていたから……何かしら、考えの変化があったのかな。


「もう、マリア! 魔剣が気になるのはわかるけど待ってよ! ふぅ……ほんとに、強くなったね。アベル」

「ああ……三年前にみんなが教えてくれたおかげだよ。――どうだったかな?」

「ふぇっ? あ、えっとぉ……」


 剣の基礎を教えてくれたエルミーに太刀筋とか身のこなしのことを聞いてみたら何処か狼狽えたように目を泳がしながら顔を隠した。

 なんだろう、心なしか耳が赤くなっているような気もするけど。

 気にはなるけど待ってみる。すると……。


「あの……その、凄く、格好良かった……です……っ!」

「――え? あ、うん。ありがとう……その、太刀筋とかのことを聞いたつもりだったというか、その……」

「へ? ――なぁ……!」


 エルミーの顔が一気に真っ赤になる。

 いや、間違えてそんなこと言ったら恥ずかしいのはわかる、っていうかそんな事言われたら俺も照れる。

 顔が熱くなっている気がする……!

 二人して気まずくなっていると、ニヤニヤ眺めていた姉妹が声をかけてくれた。


「二人とも、見つめ合ってないで。今度こそ撤収を――」

「お姉ちゃんびっくりしちゃった! あっくんすっごく強くなってて……格好良かったわ」

「あっ!? 姉さんズルい! ならあたしも!」


 妹の言葉を遮って、フレイが右腕に抱きついてきた。

 さらに素面に戻って真面目にしようとしていたマリアまでも左腕に来た。

 あ、これ助け舟じゃない。追撃だ……。


「んふふ。いつの間にかこぉんなに大きくなって……前まで可愛かったのに、いまではカッコ可愛いわね……?」

「え? ――わ、うわぁ……すごぉ……! 腕も体もかたくて、逞しすぎ……?!」


 むにゅむにゅと両サイドから巨大な果実が押し付けられてる……!

 フレイは耳元で囁きながら首筋や顔を撫でてくるし、マリアは……なぜか俺の腕や体を撫で回して小声で何かを言っている。

 二人の蕩けるような声音と吐息――そして感触のせいで、耳とか背筋がゾクゾクする。

 二人は互いのことが好きだから、たぶん弟に対する感覚のスキンシップなんだろうけど、とにかく過激すぎる!

 俺がそれなりに欲もある男だってことを忘れないでほしいのに……。


「フレイ……マリア……!」


 ――と、そんなことをしていたら。


「いい加減にして! ダメ! このエロ姉妹!!」


 とうとうパーティリーダーの雷が落ち、俺達は今度こそ撤収作業に入ったのだった。


 ただその時に思ったが……。

 ブラッドウルフもモールドレイクも、普段はこんな地域、ましてやこんなにいるはずのない魔獣だ。

 しかもこの二種とも、生息環境が違う。

 異常な数、本来ははち合わせることのない魔獣――生息域の混乱だけで、こんなことが立て続けに起こるのか?


「……まさかな」


 小さな呟きを残して、カーヘルへの帰路へついたのだった。



 ・ ・ ・ ・ ・



 調査依頼から帰ってくると、俺達はカーヘル冒険者ギルドの三階に通された。

 正確には俺だけだったけど、三人が「一人じゃ行かせない!」と聞かなくて一緒に来たんだよ。


 いくら弟みたいなものだって言っても、俺もうSランクなんだよ? こういうのは何度も経験あるからついてこなくても……あ、ダメ? そっか……。


 だけど、三人は今になって後悔しているかもしれない。

 何故なら、待っていた人間が、一冒険者から見れば破格すぎるからだ。


シルデントシルディエル王都から行方をくらましてから、たった二日で国境まで移動するとは……流石はSランクと言ったところか』


 部屋にいたのは頼み事をしておいたカーヘルギルドマスター、アルビア一人だけ。

 だが大きなソファが向かい合って配置されたギルマスの執務室の中で、中央に鎮座するテーブルに置かれた水晶玉が問題だった。


「それくらいわかってることだろ。Sランクはあんた達が決めるんだからな。冒険者ギルド幹部――カムル・ベルト」

『わかった上で驚いているのだよ。《四剣》のアベル殿』


 テーブルに置かれた魔道具『遠見水晶』が映し出す、白髪をオールバックにした初老の男。

 遠見水晶の機能の一つ、大人数での会話で使われる空中投影の映像だが、顔に刻まれた深いシワをものともしない眼光の迫力は並外れている。


 この男は数いる冒険者を束ねる冒険者ギルドのトップに近い地位、幹部の座に座る男。

 全冒険者の風紀を取り締まる風紀監査室長、そしてSランク冒険者の任命を主に担当する、カムル・ベルトその人だ。

 


『王都西の山を斬ったのは君だな。王都は随分騒がしくなっているぞ』

「なんで斬ったのかはおたくのニュースで広められたけどな」

『そうだな。山で済んだのは君の理性に感謝だ。街で暴れなかっただけでもありがたい』


 眼光が虎みたいなジジイである。

 俺はもう慣れたけど、エルミー達からすれば一存で冒険者生命が吹き消されるほどの立場の人だ。

 緊張で冷や汗を流している。だから止めときなって言ったのに。

 そして報告をしたであろうアルビアは予想外の重役が出張ってきたことで完全に萎縮していた。

 Sランクを相手にしながら組織のトップ帯を相手にする彼女がもう可哀想なくらいだな。


『まァ、あまり長い話は好きではない。前置きはこの辺りにして、本題と行こうか』

「そうだな」


 腹の探り合い? そんなものはないね。

 その男はその人を刺し殺しそうな、鋭い眼差しを俺に向けて――


『平に謝罪する。此度こたびの傘下組織の軽挙妄動、そして職員の失礼な態度、誠に申し訳なかった』


 あまりにも自然な様子で、頭を下げた。

 大陸全土に及ぶ組織の、本部の幹部がだ。


「っ!? か、カムル様!?」

『記事を書いた者と関係者は、既に組織として重い処分はした。だが君が、その者の首をよこせと言うのなら、私自らが首を刎ねよう』

「しないよ、そんなバイオレンスなこと」


 淡々と進むが、俺と彼以外の女性陣は驚愕に包まれている。

 エルミー達は目を丸くしているし、アルビアに至っては思わず声を上げてしまっていた。

 それ普通に俺に失礼じゃない? まあこんな重役が頭を下げるなんて考えられないか。


『そして君の暴行だが、不問とする。力に相応しくない気概を持つ者が悪い。それに、君に罰を与えられるほど強い者もいない。Sランクを剥奪するわけにもいかないし、君はランクに固執していないだろう』

「まぁな」


 一人の冒険者として憧れていたSランクだが、なってしまえば満足しているところはある。

 剥奪されても大して痛手ではないし、そもそもギルドがしたくないだろう。


 Sランクは《称号》じゃない。

 これは災厄に近しい力を持つと示す、他の者に対する警告だ。

 ……俺が異常者としてカウントされるのははなはだだ遺憾ではあるが、他の面子を見たら黙るしか無いのが辛い。

 なんでだよ、恋人のために強くなっただけだろ!

 何より、いざというときに頼れる巨大な一個戦力を手放したくはないはずだ。


『そしてこちらのギルドマスター……アルビア女史だが、新任でな。問題の冒険者がいるのは前任者の責任でもあるだろう。ここはギルドの風紀を司る私が責任を取ろう』

「カムル様、そんな。私が悪いだけで……!」

『彼女の失礼な態度も、こちらの教育不足だ。重ね重ね謝罪する』

「俺はいいけど、他のSランクは何するかわからないだろ。俺達への対応はしっかり教えとけよ」

『耳が痛い。アルビア女史。これが終わったら資料を送ろう。よく読み込んでおくように』

「は、はい……《四剣》のアベル様、申し訳ありませんでした」


 テーブルの向こう、カムルの爺さん越しのアルビアから謝罪された。

 俺は、あんまり気にしてないんだけどね。だから様なんてつけられる謂れはないんだけど。


『さて、言葉だけの謝罪ならば子供でもできる。大人として、君に対する賠償をしたいのだが……あいにく、君に報いる方法がわからない。故に、これは私への貸しということで手打ちにしてくれないだろうか』


「貸しねぇ……それってどれくらいの貸しなんだ?」

『三つだ。――正しくないものを除き、君の願いを三つ、私の立場、権力全てを以て叶えよう』

「……へえ」


 彼は冒険者の風紀を管理する部門のトップ。

 軽々に動くことはできないはずなのに、まさかそこまでしてくれるとは。


「なんでそこまで? あんたは俺たちSランクみたいなのは嫌っていたと思ったけど」

『どうやっても問題を起こすアホ共は嫌いだ。君もおとなしめではあるが……だが動機はどうあれ魔王を倒す大きな力となってくれた。この世界に生きる人間としても、君に思うところがある。……これも恩義というものだ』


 恩。頭を白く染めた男はその鋭すぎる目をほんの少し緩めて、そう言った。


「なるほど……わかった、いざってときは頼らせてもらうよ」

『最後に、これは年月だけならば君の倍以上歩んでいる私からの、世界の裏の英雄に送る言葉だ。――今回のことは、残念だった』

「……あぁ、ミリアとのこと? ギルドニュースもだけどさぁ、あんまり人の痴話喧嘩に口出さないでほしいなぁ……」

『君が中心にいるなら、痴話喧嘩の規模に収まらん。それに単純に若者が人生に振り回されているのが、何とも言えないだけだ。――彼女達が、君の新たな拠り所かね?』


 カムルの目がエルミーたちに向く。


「そんなんじゃない。俺の背中を最初に押してくれた、大切な恩人たちだ。――万が一、彼女たちに手ぇ出してみろ。今度は山じゃない、ギルド本部を更地にしてやるよ」

『そんなことはしないさ。龍の逆鱗に触れるような愚行はしたくないのでな』


 まぁな、逆鱗触った龍は流石に怖いし。

 ちら、と。カムルがエルミーの目を見た。

 冷や汗を流していたエルミーがそれに気付くと、背筋を伸ばしてはっきりとした声で答えた。


「Aランクパーティー、誓いの輝剣リーダーのエルミーです」

「メンバーのフレイ・エストムエです」

「同じく、マリア・エストムエです」


 三人が名乗る。

 というか姉妹のファミリーネームを久しぶりに聞いたな。冒険者はほとんどファーストネームでしか呼び合わないし。


『ふむ……Aランク、誓いの輝剣か。私が聞いたことが無いのならば、君達は実力に見合った心根をしているのだろう。素晴らしいことだ』

「恐縮です……」

『英雄の背中を押した君達もまた、時代に隠れた影の立役者なのだろうな。……覚えておこう』

「いえ、アベルはボク――私たちのことを恩人と言ってくれますが……私たちも、それ以上の思いがありますので」


 エルミーの言葉に、フレイとマリアも姿勢を正して頷いた。


『ほう――英雄の一歩目、それだけではないようだ。……似た者同士か』


 真っ直ぐに見つめ返された男は眩しそうに目を瞑り、そして最後にこんな言葉を送ってきた。


『傷ついた世界の勇士に、思う以上の対価があることを願っている』






______________

どうも、赤月ソラです。

今回はちょっと長め、そして初登場の双子姉妹のファミリーネーム!

出す機会がなかった……。

次回からはちょっと話が動くかも?

お楽しみに!


追伸

ところでせっかくギフトをくださったのに何もできていないのですが……。

サポーター様向けになんか公開した方がいい?

没シーンとかSSとか設定裏話とか? 近限ノートでやったら嬉しいことって、なにかありますか?

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