第十四話 暴力とは権力である


 ……なんだか空気が凍ったな。アルビアも周りの冒険者たちも驚いたように俺を見ている。

 唐突すぎたかな。一応理由も言っておこう。


「馴染みとパーティーを組んだばっかりなんだ。久しぶりだから早く狩りに行きたいんだよ、確認なら周りの連中にしておいてくれ。帰ってきたら話を聞いてやるからさ」

「アベル!? そこでボクらを出すの!?」

「あっくん? ギルマスの命令は聞いとかなきゃヤバいわよー!?」

「しかも超上から目線! アベル君、いつからこんな豪胆に……!」


 エルミー、フレイ、マリアがベシベシツンツンクイクイしてくる。ちょっとくすぐったい。

 普通の冒険者からすれば、ギルドマスターって怖い存在だよな。

 高ランク冒険者からの叩き上げだから強いし、権力があるから、冒険者ランクの降格だってありうる。

 でも俺はこの三年間くらいあんまり気にしなかったからなぁ……Sランクになってからは特に。

 だって特権というか、が違うからな。


「でもエルミー。今回はアイツが絡んでこなきゃ騒ぎになることもなかったし、ギルドが壊れることもなかったんだぞ?」


 俺は壁の向こうに吹っ飛んでいったバカに指を差して、次にちらっとギルマスの方を見て言った。


「Sランクに喧嘩を売るようなバカを、そのままにしとくな馬鹿――ってことだよ。俺は悪くないんだから、その出頭にも義理はないだろ」

「なっ……それは、私のことですか?」

「そうだよ?」


 苦虫を噛んだような顔をするアルビア。

 ギルドマスターはこんなことを言われないだろうから、困惑しているようだ。

 だけど、俺はさらに追い打ちをかける。


「ついでに言うと狩りのあとの話はこの件の聴取じゃないぞ」


 その言葉に、一層困惑を深めるアルビア。

 ――この人、普段はかなり優秀なんだろう。

 ギルマスなんておっさん婆さんから上の年代しかいないのに、こんな若さでその地位にいるのが証拠だ。

 だけど、Sランクの対応は経験がないらしい。

 初めてが穏便な俺でよかったね!

 でも、俺でもちょっとイラつくことが立て続けに起きているからな。

 ちょうどギルドを問い詰めようと思ってたんだよ。


「――ギルドニュース、人の事情を随分と赤裸々に記事に載せてたな?」

「っぁ、う、それは……っ」

「ギルドニュースは冒険者ギルドから派生した新聞社だ。それがSランク冒険者の個人的な痴話ごとを煽るように広げている――母体のギルドは何をしていた?」


 話を進めるごとに、俺は少しずつ覇気を強めていく。アルビアや、エルミーたちでさえ冷や汗を見せ始めた。


「呼ぶ奴を呼んで、言い訳を考える時間をやるってことだ。お話ってのは俺への弁明だよ」

「……っ」


 あの記事で勇者と賢者が浮ついた雰囲気でいると世界に広まった。

 それだけなら別にいい。有名人がすっぱ抜かれただけだ……俺がミリアと恋人だってことが知られていなかったらな。

 それをわざわざ知らしめて、俺を引き立て役にして煽るように書いていたからなぁ……?

 ちょっとオハナシ、させてもらおうか。


「あぁ、それと。俺がここに居るってことは、国には伝えるな。ギルドの中だけで話を回すように幹部連中に言っとけ」

「えっ……でも、それは」

「頼むよ、ギルドマスター?」

「は……はい」


 俺の笑みに、アルビアは泣きそうな顔で了承した。

 流石に……まだ王都にいるだろう彼女には会いたくないからな。


「さてと。エルミー、脅しは終わったからさっさと狩りに行こうぜ。適当な討伐依頼あるか見てこよう」

「えぇ……この空気の中で依頼選ぶの、すっごい嫌なんだけど……というか脅しって言っちゃったし!」


 こんな空気ってなんだよ。むしろ俺はこの数日で、一番活発に動けてるぞ。

 まだミリアのことを思うと気分が沈むから、いつまで保つかはわからないけどな。



・ ・ ・ ・ ・



「俺、Sランクになってから気付いたことがあるんだ。――暴力は、権力なんだよ」

「弟子が駄目な気づきを得ている気がする。もう弟子って言えないんだけどね!」


 そんなことないよ。エルミーは俺の永遠の師匠さ。


 あれからギルドを抜け出した俺たちは、カーヘルから東に伸びる街道を進んでいた。

 この辺りは緩やかな丘が続き、所々に木々や密度の高い林がある平原だ。

 ちょっと乾燥していて土埃も多いが、見晴らしがいいので、のんびりと談笑しながら歩いている。


「もう! アベルったらギルマスにあんな態度とって! ヒヤヒヤしたんだからね!?」


 さっきからエルミーのお説教が続いている。

 服をぎゅっと掴んで、逃さないと全身で表現しながら叱ってくるんだ。


「普通はダメなんだからね? アベルがいくら強くても心配になるんだよ?」

「説明もせずにあんなことしたのは悪かったって」

「お姉ちゃんもビックリしちゃったんだから。無茶はメッ、よ?」

「普通の冒険者だったら制裁か処罰だったよ……次からあたしたちに相談してね? パーティーでしょ?」


 エルミーどころか、フレイにマリアもお説教に参加してきたぞ。

 しかも腕をぎゅうぎゅう抱きしめて、だ。

 お説教に夢中でエルミーもくっついてきてる。

 全身に装備をつけているから、防具がゴツゴツ当たって地味に痛いんだ。離して……許して……!


「いくらアベルがSランクだからって、ギルマスにあんな態度とるのはダメだよ。万が一、冒険者資格を剥奪されたらどうするのさ!」

「無茶はダメ。昔から言っているでしょ?」

「ま、アベル君はあたし達の言うことなんてぜ〜んぜん聞かないんだけどね!」

「ごめんって」


 それぞれ思い思いに説教してくるが、俺を心配してくれているのがわかる。

 エルミーは誓いの輝剣のパーティーリーダーだ。

 普通気にかけるのは、臨時に入った俺の事情にパーティーがとばっちりを受けることだろうに。

 でも、気にせずに俺のことを心配してくれる。

 だから、ずっと師匠と思えるんだよなぁ……。

 ――ま、そんなことはさせない。ギルドが三人にちょっかいを出したら戦争の合図だぞ。


「でも、実際さ。これぐらい強くなればギルドとか国とかどうでもよくなるんだ。あっちの総力より、自分の方が強いんだから」

「えぇ……?」

「そういえば、あたしたちってSランクのことあんまり知らないよね」


 俺もなるまでは彼ら彼女らがどんなことができてどんな行動をするのかなんて知らなかった。

 普通の冒険者や一般人は、Sランクの戦う姿を見ることはあまり無い。

 一般人や普通の冒険者が知っているのは、その戦いの跡地が見せる凄まじさからできた噂だ。


 常人じゃ立ち入れない秘境に入り浸ったり。

 各国を渡り歩いていたり。

 国を滅ぼすような魔獣を狩り回っていたり。

 魔王の軍勢を殲滅して回ってたり……と、Sランクは消息不明がデフォルトだからだ。


「Sランクの噂って言うといろんなのがあるよね。ボクが聞いたのは、古い遺跡都市を一晩で更地に変えた話だよ」

「お姉ちゃんが知ってるのは、ドラゴンを一撃で消し炭にしたとか、かしら?」

「魔王軍の万の軍勢を一人で薙ぎ払った、みたいな話もあったっけ。どれも信じられないことばっかりだね」

「ハハハ、まあ噂は噂だから」


 俺は笑って誤魔化した。

 噂ってのは大袈裟だったりするからな。

 ――流石に薙ぎ払っちゃいないよ。


「まあ、今回のことは問題ない。いざとなれば金と暴力で黙らせればいいから、ついでにギルドニュースのことを聞こうと思ってさ」

「やり方が蛮族すぎない?」

「でも、そうだね。いくらギルドニュースが冒険者ギルドを元にした大手だからって、何でも書いていいということでは無いし……ましてやアベル君はSランクだから、あんな記事を書くなんて気が触れたとしか思えないなぁ」

「だろ? なのにこんな記事を出した。冒険者ギルドがどう考えているのか、気になるんだ」


 ギルドニュースは元々冒険者ギルドから派生した新聞社だ。その規模は民間の中でも上位にあるらしい。

 冒険者ギルドが母体なんだから、Sランクの恐ろしさは十分理解しているとは思うんだ。


「いや、普通に勇者のゴシップ記事を書いたつもりなのか? 俺を引き合いに出して話題性を高めたかったとか……それにしても書き方が悪いけど」


 魔王を倒してフィーバー状態の勇者のゴシップなら売れるだろう。それ狙いか?

 まあどっちでもいい。俺は馬鹿にされたと感じて実害も起きているんだから、シメない理由にはならないよな。


「ま、なにはともあれ。まずは依頼を達成してからな」

「そうだね! Sランクになったアベルがどんなに強くなったのか、楽しみだよ!」


 エルミーが笑いながら言った言葉に、双子の姉妹が深く頷いた。

 



 前方に目的の場所が見えてくる。

 平原の各所で魔力が多い所に鬱蒼と茂る林だ。

 今日の依頼は、そこを巣にして活動する『ブラッドウルフ』の討伐及び調査。

 奴らは生物の血液が大好物だ。その匂いを嗅いだだけでどこまでも追ってくる。

 鮮血を啜り、新鮮な肉を喰らう奴らは『血渇餓狼ブラッドウルフ』と呼ばれるB級魔獣だ。


「最近までこの辺りじゃ見かけなかった魔獣らしくて、性格はすごく獰猛で危険度が高いでしょ? 調査も兼ねてるからその分、報酬も高かったの」

「なるほど、調査も兼ねてるからAランク依頼なのか」


 この依頼を選んできたマリアが説明してくれた。

 ブラッドウルフは本来、山岳地帯に生息する魔獣だ。こんな平原にいるのは滅多にない。

 それだけ異常事態ってことだな。

 推奨ランクはそいつだけと戦う時のもの、アクシデントがありえる調査は危険も大きい。


「さて、奴らがいそうなところに来たわけだが……」

「ビンゴ、だね」


 エルミーがスラリと剣を抜く。

 マリアも得物を魔法鞄マジックバッグから取り出し、フレイは妹から受け取ったハルバードを握っている。 

 それと同時に、木々の間から奴らがのそりと這い出してくる。

 赤茶色の毛並み、血走った目、人の腰ほどの体高を誇る大型の獣が現れた。

 一頭、二頭、五頭、九頭、十二、十五…………。 


「なんか……多く、ないか?」


 林の中からワラワラ……そう、ワラワラと出てくる狼。

 ブラッドウルフの群れって大きくても十頭前後じゃなかったっけ?


「ちょっと……なにあれ?」

「何十頭って数かしら?」

「あんな大きな群れ、見たことないよ」


 だよなぁ、俺の思い違いじゃないらしい。

 これって、面倒なのハズレ引いたか?

 そんな考えにため息をつく間もなく、ブラッドウルフの大群が一斉に飛びかかってくるのだった。


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