第一五話 誓いの輝剣



《ジョブ》とはなにか。

 それは、神様からの贈り物。祝福にも呪いにもなり得る才能ギフトの一つだ。

 同じようなジョブであっても強さや、珍しさというのが存在する。

 ジョブによる影響や、その違いというのは主に二つ。それは、だ。


 例えば、同じ剣を扱う《剣士おれ》と《剣聖エルミー》が一日同じ鍛錬をして。

 次の日により強くなれるのは《剣聖》だ。

 ジョブは技術の習得や成熟が早くなり、それは強いジョブであるほど顕著だ。


 次に限界値だが、これは得られる《スキル》の差だな。

 俺が使えるのは、斬撃や刺突を強化する《パワースラッシュ》や《パワースラスト》などだ。

 鍛えたところで、《剣士》ではこれに毛が生えたレベルのスキルしか使えない。弱い、とても弱い。

 でも《剣聖》は、違う。


「《剣神の純然たる寵愛ソード・オブ・グローリー》――!」


 エルミーの体が銀の輝きに包まれる。

 身体能力と剣戟の威力を爆発的に高めるスキルを発動したエルミーは、地面を割るほどの力で踏み込むと一条の閃光となってブラッドウルフの群れに突っ込んだ。


「まずは統率を崩すよ! 《神速剣》!」


 剣速を上昇させるスキルを発動。

 瞬間、エルミーが放った無数の斬撃が奴らの群れを襲った。

 姿が見えないほどの速度で走るエルミーが剣を振るうたび、気付いたら二頭が両断され、次の瞬間には四頭に増えている。

 舞う血飛沫、飛び散るオオカミの四肢。その中をエルミーが光のように駆け抜ける。


 速い、とにかく速い。そして斬撃が鋭い。

 これが剣士最上級《剣聖》というジョブだ。

 斬撃を強化する程度の《剣士》とは圧倒的な力の差がある。


「ふっ、はっ――シィッ!」


 呼吸音。そして裂帛の声が聞こえた。

 振り下ろして、返す刀で斬りつける。

 高速で移動しながらこれを繰り返すことでブラッドウルフを次々と真っ二つにしているんだ。

 加えて殺しきれないオオカミは足や顔を斬りつけて、確実に戦力を削ぎ落としている。


 俺はそれを見ながら、《身体強化》と《金剛身》を全身にかけて襲ってくるブラッドウルフを対処していた。


「前から思ってたけど……強くなってから改めて見ると、本当に凄いな」


《剣聖》は、剣戟と速度に特化したジョブだ。

 目にも留まらぬ速度で動き、鉄をも両断する技で敵を両断する。

 しかもエルミーは、剣聖の速度に自分流のアレンジを加えている。

 高速のダッシュに小刻みなステップを織り交ぜることで、加速しながら細かい方向転換を可能としてるんだ。

 ステップと侮るな、《剣聖》のスキルが生み出すパワーが彼女の脚には秘められている。

 大地を駆け、跳び――ショート、サイド、さらにバックにも細かくステップを刻み、そのたびに大地を砕かんばかりの脚力がエルミーの体を加速させる。 


「キミ達じゃ、ボクには追いつけないよ! もっと、もっと速くなるからね――!」


 一瞬の間に三頭を斬る。

 突然近づいてきたエルミーに反応したオオカミを、次の瞬間には斬っている。

 一瞬の隙に飛びかかってきた奴はサイドステップで躱し、そいつが着地する前に斬り伏せる。


 これがジョブ、そしてスキルの差だ。

 スキルは、鍛錬をしていればジョブに応じてそれに近しいスキルが使えるようになる。

 系統が近いジョブで習得できる内容は同じだ。

 俺の場合は剣を振っていたら《パワースラッシュ》が使えるようになっていたが、高速で剣を振る《神速剣》は今になっても習得できない。


「どうかな、アベルっ! ボク、また速くなったと思うんだけど!」

「凄いよ! って、弟子が何言ってんだって話だけどさ!」

「もう! だから弟子って言えないって言ってるでしょ!」


 さて、普通のパーティーなら主力級なエルミーだが、真っ先に飛び込んだ今の役割は撹乱である。

 なら、誰が本命か?


「もうそろそろいいんじゃない!? ――フレイ!」

「あっくんと一緒だもの〜! ふふふ、お姉ちゃん頑張っちゃう……! 《増強ブースト三重サード》!」


 のんびりした声音。だが長大なハルバードを軽々と振り回しながら、フレイが進み出てくる。

 ハルバードとは、簡単に言えば槍の先に斧が付いている武器だ。つまりとても重い。

 それを難なく振り回し、さらにスキルを発動させるフレイにブラッドウルフが殺到する。

 彼女を格好の獲物と判断したのだろうか――だが残念、それは大ハズレだ。


「《拡刃セイバー》も付与して……えーいっ!」


 左から右に薙ぎ払う。

 それだけで、光の刃で延長されたハルバードが、一斉に飛びかかってきたオオカミを全て真っ二つにした。

 だが時間差で飛びかかってくるブラッドウルフもいる。

 長物を振り抜いたフレイは対応できない……Aラングがそんなヘマするわけはなく。


「ふふ、それはだーめ」


 自身の背後で武器をピッタリと止めて持ち直すと、ハルバードの石突をコンパクトに突き出し頭蓋を砕き割った。

 その後も緩やかに動き場所を変えながら、フレイはどんどん飛びかかってくるブラッドウルフを捌いていく。


「それそれ、そぉ〜れ! ここがイイ弱いんでしょ!? うふっ、あははっ!」


 ちょっと気持ちよくなってるな……戦いでもSっ気発揮するんだよ、フレイは。

 いつも俺やエルミーをからかってくるし、あと――まあ、そういうときにマリアをイジメてるのもフレイだと思われる。

 性癖が隠せていないんだよ。


 それでもAランク、昂っていても冷静だ。

 先端に重心があるため槍より扱いづらい得物を、技量と腕力で巧みに操り、的確に弱点である喉元を突き裂く。


「三年ぶりだけど、フレイも前より強くなってるな……」


 彼女のジョブは人や物にスキルを付与する《付与士エンチャンター》だ。

 身体能力を強化する《増強ブースト》。ハルバードの刃を光の刃で延長し拡大する《拡刃セイバー》。

 他にも《金剛身》のように武器や身体を硬くしたり、重量を変えたりと色々なことができる。


 習得スキル的にはサポート寄りなんだが……フレイは本人のセンスと性質が相まって、誓いの輝剣の中でも凶悪なパワーアタッカーへと成長を遂げた。

 さらに、暫く見ないうちに数段強くなっている気がする。

 技量と、そしてパワーが。


 さっきの石突での攻撃は、振り抜いたハルバードを力だけで無理やり止めて、一瞬で持ち直して反撃していた。

 重い武器のデメリットである攻撃後の隙を、パワーと技術で無理やり帳消しにしたってことだ。


「だけど流石に、距離を取られると厳しいよな」


 《付与士エンチャンター》の弱点は、触れていなければスキルが付与できないことだ。

 だから、フレイは遠距離攻撃に手間がかかる。

 彼女の凶悪さを見て距離を取り始めたブラッドウルフに対して、ハルバードを振って――え?


「もう、来てくれない子にはプレゼントをあげるわ〜!」


 地面に落ちていたこぶし大の石を、地面をえぐるように弾き飛ばす。

 何個か飛んだ石が様子見をしている奴らの近くに届いた瞬間――


「《炸裂エクスパンド二重セカンド》×3!!!」


 爆発。

 木っ端みじんに砕けた石の破片が飛び散り、大小の傷を与えた。

 武器を介した付与、なのか?

 ……あれ? 昔は遠距離に困ってなかったっけ?

 

「うふふふ、あっくん。お姉ちゃんがいつまでも近接戦しかできないと思ったら大間違いよ?」

「あっ、考えてることバレてた?」

「あっくんが何を考えてるかなんて、簡単にわかるんだから! お姉ちゃん器用になったのよ~」


 言いながら、懐から取り出した小さなナイフになにか付与して投げるフレイ。

 仄かな光を帯びたナイフは、普通の動物よりも強靭な魔獣の身体を容易く貫通していった。


「やっぱり三年もあれば、みんなもすっかり変わるんだなぁ」

「いや、その……アベル。自分が何をしながら何を言ってるか、わかってる?」

「そうよね、エルミー。すっごく言いたかったわよね」


 感心しながらナイフの行先を眺めていると、いつの間にか並んで立っていた二人がなにか言いたげな渋い顔をし、エルミーが叫んだ。


「《剣士》なのに魔獣をヘッドロックして振り回してるアベルには一番言われたくないよ!!!」


 二頭のブラッドウルフをヘッドロックしながら、エルミーやフレイが相手をしていた倍ぐらいの数を相手に暴れまわっていた俺に向かって。

 だって魔剣使ったらすぐに終わっちゃうじゃないか。なら素手で、派手に暴れて注目集める方がいいだろう。

 おい暴れるなオオカミ、大人しく鈍器をやってろ!

 

「もうちょっと真面目にやってくれない!? なんか気が抜けるんだけど!」

「三人がキャパオーバーしないようにしっかりヘイトを買ってるだろ?」

「せめて剣は抜こうか!?」


 せっかくだから長く一緒に狩りをしたいんだけど……使う魔剣を縛ろう限定するか?

 普通の剣を持ってないのが恨めしい。


「アベル君はもうちょっと遊んでてもいいんじゃない? ちょうど、集めてくれてるしね」


 と、人数的劣勢に立たされていた俺に救いが差し伸べられた。


「《雷爆球スパムボルト》」


 振り返ると、声の方向からいくつかの雷球が俺の周りに飛来する。

 雷球はブラッドウルフに当たると大きく弾け、周囲に放った雷撃で何頭かを巻き込んだ。


「そ、れ、に。アベルく〜ん? 二人ばっかり見てないで、こっちのお姉さんも見て欲しいな?」


 雷球が飛んできた先。

 双子姉妹の妹がちょっと怒ったような笑顔で、杖と盾を構えていた。


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