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天飼がアパートの近くまで来ると、外から見る自分の部屋は明かりがついていた。
『だから六法を枕にするなと何度も言っているだろう!』
「ぐ……何度も何度も懲りないわね……いい加減、私が諦めることを諦めなさいよ」
部屋に入ればこの有様である。
傍から見れば、チエロが一人で憤っているようにしか見えない。チエロは分厚い本を振り上げて天井に向かってなにやら文句を言っていた。
「……あら、帰ったのね。おかえり」
「……あぁ。お前ら、元気なこったな」
天飼は荷物を自分のスペースに放ると、トイレに入って鍵を掛けた。
チエロはその様を見て、閉口して腕を降ろす。パスカルも溜飲を下げたようだった。
「……まぁ今日の所は、こいつを枕にするのは止めといてやるわ」
『毎日やめろよ』
チエロは分厚い六法を床に投げ置くと、ハンモックに強めに腰を下ろした。廊下の方を確認する。
この家で暮らし始めて学んだこと。天飼は仕事終わりにあそこに籠ると、十五分は出てこない。何をしているかは察しがついていた。
チエロはハンモックを降り、膝を摺って衝立に近寄る。部屋を分断するそれに少し隙間を作ると、腕を伸ばして天飼の荷物を手繰り寄せた。いつもは財布や携帯が入っているだけの鞄に、見慣れないものが差し込まれていた。
数枚の紙を捲る。漢字がたくさんあった。興味を持って読もうとしても目が滑るったらありゃしない。
「……つまり、どういうこと? パスカル、これ要約して」
『えー何々……ふむ、どうやらあの男に昇進の話が出ているようだな。それに関する書類だ』
「え、それって私らが見て良いもの?」
『ダメだろうな。社外秘だ』
チエロは書類を鞄に戻し、その鞄を衝立の向こうに戻した。
「昇進って、私が天使長になるようなものでしょ? なんかあいつ、あんまり元気そうじゃなかったわね」
『そうだな』
「私たちが騒いでいて辟易したのかしら。パスカルはもっと静かに喋ること」
『お前なぁ……』
チエロはハンモックに戻り、仰向けに寝転がった。
天飼は出世したくないのだろうか。
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