環月紅人の冒頭博覧会
環月紅人
書き出し祭り参加作品
第十四回書き出し祭り『異世界転移した挙句、俺は利用されている』
【あらすじ】
両親から粗末に扱われ、児童養護施設で生活していたレンは深層心理下での白い女との取引によって自立できる力――を、拡大解釈した〝誰よりも生き続ける不死性〟を手にし、異世界に身を落とすこととなる。
そこは人類国家・オストメンシュ王国。
国教は星辰教とし、十二星座を神聖視する土地柄のなかで、獣人とも親交深くレンの命の恩人ともなる女騎士・ヴァミリアは牡羊座の称号を有する教会幹部の一人だった。
そして教会は白い女と敵対しており――?
二つの派閥で揺れ動き、絶対に死ぬことのない少年は残酷な運命を歩むことになる。
賊軍残党の襲撃。妖精戦争。数十年に一度と言われる魔物の大洪水。対立。投獄。拷問。脱走。――白い女と取引した、レン以外の六人の男女。
そして敵対している意味。
辿り着く獣人国家・ノルドティーア民主国。
――ここに、シリアス・ダークファンタジー。開幕。
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【本文】
オストメンシュ王国。バーンズ領。
王都からもかなり外れ、山中。近代化の波による都市計画すら及ばぬ僻地に位置し、慕われている領主に豊かな生活が約束されていた牧歌的生活区であるこの領土は、今現在戦禍に包まれている。
剣戟の音が鳴り響く。男の怒号が争いで包む。
そこに、一人の少年がいる。
大きな地鳴りに目を覚まされて、頬に当たる砂利が地べたに寝ていたことをやっと彼に自覚させるほど、突然現れた少年が。
「ぁあ……?」
フラつく頭で辺りを見渡す。立ち昇る粉塵のなか、少年は一人孤立する。
なんだ、どこだここは。思わず天を仰げば。
頭上は快晴だった。どこまでも晴れ渡り、どこまでも澄み渡り、日差しに目を逸らしてしまいたくなるほどの空。そんな晴天を横切るいくつもの放物線が、西の方角から少年の頭上を通過する形で射出される。
あれは弓矢だ。それも火の付いた。
戸惑う頭で追いつくために、目を凝らして必死に認識するが、しかし火の矢の挙動はおかしい。
それは突然、まるで弾かれるように。
まるで中程から折られるように。
まるで不可視の攻撃に、迎撃されているかのように。
何らかの火薬でも積んでいたのか、妨害を受けた弓矢は次々と爆発していく。目標へ到達することなく、放物線のちょうど頂点でそれは連鎖的に巻き起こり、まるで打ち上がる花火のよう。しかしその様は華やかではなく、むしろ快晴を奪うような、黒煙の膨らみに過ぎない。
「なにが……っ」
頭上から、熱風が押し寄せる。
上を向いてはいられずに、少年は弓矢を射ったと思われる西の方面へ顔を背けた。同時に、熱風によって晴らされたのだろう、先ほどまで少年を取り囲んでいた粉塵は姿を隠し、対して、今まで不明瞭にしていた辺りの様子を明らかとする。
見える。見やる。凄惨を見る。
煉瓦作りの建物は半壊し、畑は荒れて森は焼け。
そして、進軍するのは隊列を組む騎士然とした男たち――。
「これは―――ッ! 生存戦争である!!」
「どこだよ、ここはァ……!」
欺くして。
紛争地域で目を覚ました異邦の少年・レンは焦燥を隠せないままにそう吐き捨てると、ふいに近場へ突き刺さった一本の矢。その爆発に巻き込まれ、二度目の意識を手放した。
†
「無事、目が覚めたようだな。よかった」
――目の前にまず飛び込んだのは、深緑色をした仮設テントの屋根だった。年季ものなのかやや薄汚れ、点々とした穴も空いてしまっていたりする。
見える日差しから、時間はそれほど経っていないと判断する。
「おい、おい。意識はあるか?」
パチン、パチンと、目の前で指を鳴らされてレンは気付く。傍らに誰かいるようだ。
「ああいや、意識があるならそのままでいい。あまり動くな、傷口が開く」
労わるような優しい声音だ。しかし、声主の動作に伴い、右手側からはカチャリカチャリと金属の擦れる音がする。
制されて、動くのに躊躇いを覚えたレンは、細やかに首を傾けて声主へと目を配った。
「おはよう。自分の名前はわかるか?」
「……レン」
「そうか。良い名だ」
一目で女騎士と分かる。麗しい美貌と、金麦のようなロングヘア。
コスプレなどでは決してない。西洋甲冑、刻み込まれた紋章は、国属を示す証があるほどに位が高いと窺える。
目を奪われるほどの美女だった。
まじまじとレンは見つめてしまい、少し気まずくて目を逸らす。
隣は薄い布一枚の仕切りが設けられていた。怪我人がいるらしく、そのあまりにも痛々しいようなシルエットに見てもいられず上体を起こすこととする。
傍に座る女騎士は、再び静止を掛けてくれようとするが――。
「傷口が開くと言っているだろう?」
「きず……」
違和感を覚え、押し通して上体を起こす。痛みは後頭部の鈍痛ぐらい、怪我をしている様子はない。起き上がる拍子にずれて落ちたシーツから、上体はすでに裸であり、胸元を中心に丁寧な処置で包帯が巻かれていることに気がついた。
なぞるように上から触れるが、やはり痛みはないどころか、むしろサワサワとした肌触りによる不快感が湧き出でる。
少しの逡巡を挟んでから、レンは包帯を捲ることにする。
――やはりだ。
「傷なんてない」
「なんだと?」
包帯の裏、内側こそ、血が付着したような痕はあるが、肉体の方にはまるで痕が残っていない。綺麗なレンの当時のままの、やや日に焼けた色黒な肌がそこにある。
「そんなはずは……」
興味深そうに身を乗り出す彼女が、まじまじとレンの胸元を凝視しながらその右手を真っ直ぐ伸ばしてくるので。
「触んな」
ぺしりと弾く。
「う、すまない……」
しょんぼりとした顔で謝罪されてしまいながら。
やっと取り戻してきた本調子に、レンは包帯を取っ払っていた。
「なら、問題ないのか? 体調は?」
「それよりここがどこか教えてくれ」
「記憶喪失か?」
「おまえ……」
反射的に睨むが、バカにされている訳でもないようだ。
この女騎士は心の底から案じているように思える。
目を逸らして、後頭部を掻く。
記憶喪失ではないが、ただ純粋に、ここに来た経緯をレンはまだ知らない。
「まずは具合だ。人命に関わることをそれよりなんていけない」
しかし、女騎士の気迫に押され、素直に答えていくことにした。
「なんなんだ……平気だよ。少し頭は痛い」
「ふむ。直撃のようだったからな。岩にでもぶつけたか……何かあれば言ってくれ。それで、ここはオストメンシュのバーンズ領。見ての通り交戦中であり、相手は賊軍だ。民間人は我々が保護させて貰っている」
聞いたことのない国名。聞いたことのない領土。
レンは日本の生まれであり、異国に行ったこともない。
やはり自分がなぜここにいるか。それを解き明かす術がない。
「……生存戦争って聞いた」
「……聞こえていたか。いやなに、すまない。国から頂いている指令にもそんな大義は存在しないが、このところの情勢は明るくないのでな。戯れ言だよ、多目に見てくれ」
ぼうっと考える。レンに答えを出すことは出来ない。
軽い首肯でこの話を終わらせ、見下ろした手元から握り込む掌に、次に自身の所在を案じた。
「俺はどうすればいい?」
「ひとまずは我々の保護下とする。制圧完了次第、王都の修道院の方へ委託するので、そこでの指示に従うように。もう少しの辛抱だ」
「わかった」
仄かに香った血の匂いに嫌悪感を浮かべて振り向く。仕切りの向こうにいた怪我人が、数名の医療スタッフから治療を受けているらしい。
鬱蒼とした思いでため息を吐く。
「レンと言ったな」
見かねて声を掛けてきた女騎士に、レンは振り向いた。
「ここに来たからにはもう安心だ。君の安全は我々が保証しよう」
「………」
――一番初めに感じたのは頼もしさ。次に覚えるのは漠然とした不安。
レンは一度、目を逸らすように天井を見つめてから、もう一度女騎士の方を向く。
感謝をするべきかはまだ判らない。
レンはまだ、心を開いてはいないらしい。
「寝てもいいか?」
「いいだろう、と言ってやりたいが、寝台の数も限りがあってな。ここを出てまっすぐ行った先に馬車の荷台がある。待機室だ、そこでなら仮眠も取れると思うので、すまないが移動してほしい」
頷く。寝台から足を下ろし、レンは初めて立ち上がる。
久々だからか、貧血のような立ちくらみを感じた。
レンは一呼吸を置く。
「衣服は台の上のカゴだ。忘れずにな。それじゃあ、私はもう行くから、早めにここは開けといてくれ」
「名前を聞いておいてもいいか?」
「ああ、私はヴァミリア。ヴァミリア・テイルという」
「……俺の苗字は卯月だ」
「そうか。発音しにくいな」
苦笑だ。その笑顔すら華がある。
それでは、と手を一度振り、仮設テントを後にするヴァミリアの後ろ姿をじっと見つめてしまっていると、入れ替わりで重体の男性がレンのいた部屋に担ぎ込まれ、その場は早々に後にした。
強い日差しが照りつける。砂塵が立つほど、心地の良い風が吹いている。
が、遠くで立ち昇る黒煙もまた。
「……あ、ああ、あああ! なぜ! なぜえっ!」
苦しむように泣き叫ぶ、男の悲鳴に目を配る。
ここは前線駐屯地らしい、野営キャンプが多く広がるこの一帯には、先程までレンのいた医療用仮設テントの他に、厩舎やその他のテントが並ぶ。
ヴァミリアが教えてくれた待機所らしき馬車の荷台もあったが、泣き叫ぶ男性はその出入り口たる帳の前で泣き崩れており、近寄り難い雰囲気だ。
寝にはしばらく行けないだろうか。
「先代から! 先代からぁっ! 頂いた土地がっ、見る見るうちに荒らされていく……!」
身なりはいい。整髪剤で後ろに撫で付けた髪型に、白い衣服は高貴を思わせる。口振りからしても領主と見るのが適切か。
忙しくしている騎士たちが、彼の目の前を通り過ぎ去っていく。
「賊軍は賊軍だがッ、まだ管理が出来ていた……! もう少し時間さえあれば、私のところの兵団で始末出来ていた、その程度の賊だと言うのにっ、これでは無駄が! あまりにも無駄が多すぎる! ――これではまるで、殺戮ではないか……!」
虚しい叫びだ。見るに堪えない正論に、レンは部外者であることを甘んじ、目を逸らすように天を仰いだ。
ぐっと上空を見上げてみる。妙な轟音が響いていたから。
浮かぶ一つの大きな影。
遠く、鳥よりも雄大で、飛行機よりは生物的な。
「――ふざけんな」
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