異世界勇者が死んだ。魔王も死んだ

れいてんし

 勇者が死んだ。聖女も死んだ。賢者も死んだ。魔王も死んだ。

 北方にある亜人の国、マイクレーンが魔王軍を名乗ってこのフェニックス王国に宣戦布告してから十年が経過した。


 圧倒的な力を持つが数が少ないために領土が広がると支配を維持できない魔王軍、数は多いが力でも魔力でも圧倒的に劣るフェニックス王国軍との戦いはユーラ川を挟んで膠着状態が続き、お互いに疲弊していた。


 そのように戦争が長引くと、直接戦闘を行う戦地以外でも様々な仕事が発生する。

 それはこの王国の財務局も例外ではなかった。


 三等財務官である私の仕事は、毎日のように積み上がる予算申請書の山を整理して、


  上に回してそこで審議していただくもの

  ここで直接予算の承認を下ろすもの

  不備でにより書類を突き返すもの


 この三つに分類をすることである。


 中央の貴族や商人からの書類はまだ良い。

 書類を書き慣れた人間が公式文章の規定要項通りに作成してくるので字も読みやすく、内容も読みやすい。計算結果と数字も正しいので申請を受理しやすい。

 

 逆に地方の貴族や役人から送られてくる書類はだいたい酷い。

 書式も整えられておらず、字は殴り書き、文章は何を言いたいのか意味不明。

 計算はあちこち間違っているので、こちらで再計算する必要がある。


 軽微なミスならばこちらで修正して受理するのだが、あまりに酷い時は不備として修正を要求することになる。

 だが、その場合はたいていが訂正された書類ではなく

「我は○○の△△であるぞ」

 とたいして偉くもない地位と先祖の自慢しか書いていない怪文書……もとい、苦情の手紙が書類の代わりに送りつけられてくるので非常に面倒だ。


 バカなのだろうか?


 いやそんな恥ずかしい手紙を堂々と王都に送り付けてくるあたり、本当にバカなのだろう。


 もし私がそれを上司である財務大臣にまで送ると、本当に偉い人達の間でその駄文が回し読まれることになる。

 そうなれば偉い人からのお説教が発生するのは確定なのだが、そこまで考えているのだろうか?


中には予算を欲しがる余りに堂々と軍の機密事項などを手紙にしたためて

「こんな凄いことを計画しているのだから予算を付けるべき」

 と送ってくるアホまで現れる始末だ。


 亜人との戦争が膠着状態になってからは、その類の補給がどうの、被害がどうの、保障がどうのという最前線から送られてくる雑な書類が爆発的に増えてきている。

 戦争など早く終わって欲しいものだ。


 今回届いた手紙もその怪文書の類だろうと高をくくり、書類不備で突き返そうとしたところ、手紙に書きなぐられていた文字を読んで、その手が止まった。



「勇者が死んだ。聖女も死んだ。賢者も死んだ」



 どういうことだろうか?


「勇者」とは、今から一年ほど前に、魔王軍との膠着状態を打開すべく、各地に金を積み上げて行われた大魔術の儀式によって召喚された異世界の戦士だ。


 儀式の直後に平凡そうな十代の少年が一人出てきた時には


「これはダメだろう」「誰だよ予算を出した奴は?」「王だよ」「王なら仕方ない」

 と責任のなすりつけ合いが始まり、最終的に予算を通した財務局が悪いと私達が針の筵になったたのだが、この勇者は予想以上に強く、魔族との戦争で数々の戦果を上げて大活躍したので、その悪評もいつの間にか消えていた。


 ただ、勇者召喚の儀式にはかなりの予算を費やしている。


 勇者はそれなりには活躍はしているが、その費用対効果が出ているかと聞かれれば微妙である。

 もう三倍くらいは活躍して欲しい。


 聖女は神殿の秘蔵っこ。賢者は山で隠遁生活を送っていた千年生きるという大賢者のことだろう。


 どちらも勇者に説得されて仲間として魔王軍との戦いに赴いているはずだ。


 先月くらいはその勇者から、今から魔王の城に赴くので武具を買い揃える金を寄越せという書類が送られてきた記憶がある。


 稟議なしで通せる金額だったのでその場で通したが、この殴り書きの内容を信じるならば、その予算で何か武器を買った直後に死んだようである。


 手紙の差出人を確認すると、最前線であるユーラ側の近く、アドマイヤーの領主からのものであった。


 この領主は勇者の後見人でもあり、信頼出来る人物として評判だ。

 地方辺境伯にも関わらず、平時は綺麗な文字の手紙を添えて不備のない書類を送ってくる私達にとってもありがたい人物でもある。


 その領主が体裁を整えることもなく殴り書きの怪文書を送ってくるとは、余程の事態が発生しているのではないだろうか?


 だが、流石にこの書式も整っていない怪文書だけでは予算を通すわけには行かない。

 一度申請を棄却して、修正後に再提出をしてもらうことにしよう。


 そう思い、その手紙を棄却書類を集めた箱に投げ込もうとして、もう一枚手紙が付いていることに気が付いた。


 二枚目の手紙には、一枚目の手紙よりも更に酷い、ミミズが這い回ったような雑な殴り書きでこう書かれていた。


「魔王も死んだ」


 ◆ ◆ ◆


 国王を含む閣僚達により、緊急会議が開催された。

 議題はもちろんマイクレーンと勇者消失事件についてである。


「それではまずはこの念話による映像をご確認ください」

「念話は亜人どもの妨害でもう十年は使えない状況が続いていたのでは?」

「使えることが魔王を名乗る亜人が死んだという証明です」


 将軍に臆するとこなく、この十年の間、タダ飯くらいの役立たずと揶揄されていた魔術師が応えた。


 魔術師の念話によってニワトリが何やら地面にいる虫のような物を小突いている映像が会議室の壁に投影された。


「所詮はタダ飯くらいか。どこの鶏小屋の映像だ?」

「いえ、これは鶏小屋ではありません。マイクレーンの魔王城の跡地です」


 魔術師が自信たっぷりに説明する。


「今食われたのが二ヶ月ほど前に就任した魔王軍四天王最強の男ですね」

「魔王軍四天王最強は半年ほど前に勇者に倒されたはずでは」

「はい、なので先程食われたのがその後任です」

「まるで四天王が何人もいるように聞こえるが」

「この十年で四天王を名乗る亜人は二十二人いますね。今一人減ったので来月には二十三人目が出てくるかもしれません」


 いや、今は亜人の人事の話はどうでもいい。

 それよりも重要なのは今は鶏の大きさの話だ。


「だとすると、この鶏は凄まじい大きさということになるが」


 将軍がそういうと縮尺が調整された。

 鶏の足元に小さくマイクレーンの亜人達の焼けた家の残骸が映し出されたときに全員が息を飲んだ。

 少し高い位置にあるはずの半鐘ですらようやく胴体に届くかどうかというところだ。


 半壊している魔王城の頂上が丁度ニワトリが直立した時の顎の下くらいにあり、そこから小突かれて魔王は生き絶えたのかと分かってしまう。


「現在は亜人を一日に千人ほど食べております。食い終わると腹が膨れたのか丸一日眠り大人しくなるので、亜人が絶滅するまでは当分は大人しいでしょう。ただし、食料がなくなれば……」


 フェニックス王国に攻めてくるのは時間の問題だろう。


「それで奴を倒せる見込みは?」

「私に命じて下されれば必ずや奴の頸を落として見せましょう」


 将軍は鼻息荒く息巻いたが、魔術師はバカにしたように頭を振った。


「この国の最強の戦力は異世界から召喚した勇者でした。その勇者が聖女の補助がありながら為す術なく秒殺されています。そのような相手に将軍が出たところで何の役にたつのか」

「そうは言うが、魔術師の方も千年生きた大賢者さまはどうなされた? 魔術は通用したのか?」

「残念ながら大賢者様の最大の魔法ですら傷一つ付けられず、十数枚の魔法結界も役にたたず食い殺されました」


 将軍はうまく返したつもりのようだが魔術師は挑発に乗るまいと冷静に事実を報告する。


「やめんか二人とも。王の御前であるぞ」


 大臣が二人を叱責する。


「何か? このニワトリを倒す方法は何かないのか? 司教は……神殿では何と? 神託などはなかったのか?」


 大臣は勇者召還にも関わった司教に話を振った。勇者の強大な力は女神の加護によるものである。何か打開策はないかと期待したのであろう。だが司教の顔は暗かった。


「神託はありました」

「おおっ」


 一同から声が上がる。だが、


「女神様からは一言だけ『何それ知らん怖っ』」


 どうやら我々は女神からも見捨てられたようだ。

 何か巨大ニワトリを倒す術はないかと思案するが、それ程都合の良い策などすぐに沸いてくるはずもない。


「ならば竜神に頼るのは如何でしょうか?」


 今まで黙って様子を伺っていた公爵が初めてここで口を開いた。


「東の……湖の先にある巨峰に千年以上前から住んでいる竜神がいると聞きます。なんでもこの世界の危機から人々を護るためにそれまでは長い眠りについているという伝説を聞いたことがあります。その竜神を呼び起こすことが出来れば!」


「なるほど、その伝説ならば聞いたことがある!」「行ける、これなら行けるぞ!」とあちこちから声が上がる。


 だが、その中で魔術師だけは暗い顔をしていた。

 壁に映し出されていた映像の位置がニワトリから若干横にズレると、そこには大量の血に埋もれている肉の塊が有った


「この肉塊は、その竜神と呼ばれた存在だったものです」


 ◆ ◆ ◆


 結局お偉いさん達が雁首揃えて会議で決めたのは、あの巨大ニワトリを「大怪獣ブロイラー」と呼称することだけだったらしい。


 神託によりブロイラーは今まで殺害された鶏の無念から産まれた怨念の化身ということだけは分かったらしいが、別にそれが分かったからと言って何がどうなるわけでもない。


 ブロイラーの存在については一部分王侯貴族と魔術師協会、神殿の上級以上の祭司、最前線の兵隊以外は秘匿とされた。


 また、ブロイラーに対しては全ての攻撃を中止するよう指令が下った。


 ブロイラーが一日に食う人間の数は約千人。


 マイクレーンから王都までの位置に住む住民の数で割ると単純計算で五年ほどは王都は無事で済むはずである。


 そのため、刺激を与えると、その矛先が王都や他の大都市に向きかねないので、この国を一日でも長く残したいのならば余計なことはするな、自分達が逃げるまでに一般国民は食われて時間稼ぎの肉の壁になれということである。


 酷い話だ。


 実際、王侯貴族達は何かと理由をでっち上げて財産を処分した後に諸外国に逃げ出し始めている。


 ブロイラーの存在を知っていてこの国に留まり続けているのはたいして財産を持たない私達のような下っ端だけだ。


 というわけで、最強の怪獣ブロイラーが我が国の北部を蹂躙しているにも関わらず、私達は今まで通りの生活を継続することになった。


 それに、いくらブロイラーが強くて恐ろしいと言ってもあくまで伝聞であり、私はその姿を直接見たわけではない。

 なので、大怪獣ブロイラーよりも不備だらけの書類の山が積み上がる方がはるかに恐ろしかった。


 前線からはたまにブロイラーと戦うための武器を購入するための予算の要請などが来るが、全てその場で破棄している。

 国の政策に反するために上申しても通らないからだ。


 結局あれから、アドマイヤーの領主からは訂正した書類が送られてくることはなかった。


 諦めたのか、

 もう要らなくなったのか……

 それとも領主もブロイラーに食われたのか?


 それは分からない。


 ◆ ◆ ◆

 

 毎日仕事に追われているうちに、ブロイラーが現れてから既に半年が経過していた。


 時間が経つのは早いものだと、やはり大量に積み上がる書類の山を処理していると、その中に例の領主アドマイヤーからの手紙があることに気付いた。


 まだ生きていたのか?


 驚きながら手紙を開けると、勇者が死んだときの雑な殴り書きとは違い、丁寧な公式文章の書式を守り、美しく丁寧な文字で、巨大な死体処理を行うための補助金要請の申請が記載されていた。


 申請には全く不備はない。

 他の領主も見習って欲しいものだと上申の書類を入れる箱に入れようとして、その丁寧な書類に、やはり雑な殴り書きの手紙が付いていることに気付いた。


 それを書かれていた文章を読んで思わず吹き出した。


 勇者でも聖女でも大賢者でも竜神でも女神でもない。


 あまりに予想外の王国の救世主に私は神

 ……もちろん無責任な女神ではない、この世界の神に感謝をした。


「ブロイラーも死んだ。鳥インフルエンザで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界勇者が死んだ。魔王も死んだ れいてんし @latency551

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ