【中編】限界女騎士コーネリアスの結婚

夏目くちびる

第1話

 001



 軍人家系に産まれた一人娘の私は、女でありながら身分を隠して騎士学院に入学。父上から受け継いだ才能あっての賜物か、終わってみれば首席で卒業する腕前を身に着けていた。



 結局は女とバレたモノの、ここクー・クリウス帝国は実力を重んじる封建的な社会だ。私がどんな男よりも強いことを証明したことで、晴れて爵位を賜り六年の帝国騎士団での活動を経て騎士としての風格や誇りを手に入れることができた。



 そして。



 私は、従軍中に亡くなった両親を継いで我がプレリア伯爵家の第八代当主となり、故郷であるポートウォールを含むプレリア領を統治することとなったのだった。



「……おぇ」



 しかしながら。



 騎士になるということは、どうやらチャンバラばかりをこなしていれば済むという話ではなく。まして、私は統治まで任される身となったから学院での勉強などほとんどが役に立たなかった。



 領民たちの悩みは多岐に渡り、新しいトラブルも山のように舞い込んでくる。そんな取り留めのない問題のすべてに目を通し、一つずつ精査しなければならないというのだから大変だ。



 おまけに、私に従って治安を守る憲兵たちの稽古までつけてやらなければならない。そんな生活に、元々戦う能力しか無かった私が耐えられるハズもなく。



 五年経った今となっては、あれほどまでに望んだ民の平穏を守る気力も起きず。こうして、日がな一日机に突っ伏して、無責任に仕事をこなす典型的なダメ領主となってしまっているのだった。



「もう限界だ……」



 父上、母上。なぜ、私を置いていってしまわれたのですか。私には、所詮このような大役を担うほどの裁量がなかったのです。齢三十一にして、人生に限界を見ております。ハイエルフの寿命を思えば極僅かな人生ではありますが、もはや、朝日を浴びても生きる気力が湧いて来ないのです。



 あぁ。



 こんな気持ちになるのなら、せめて一度だけでも恋をしておくんだった。私のような女にも、頼ることを教えてくれる男に出会ってみたかった。



 周囲の男は慕うばかりで、ならば弱みなど見せられないではないか。私は、幾ら剣術に秀でていようとも、ずっと中身に同年代の婦女子との差異などほとんど無かったというのに。



 責任に縛られる人生とは、こうも窮屈か。もしも生まれ変わったら、今度は平民の家系に産まれ生きた花をまなでてみたいものだ。



 ……。



「お目覚めですか、プレリア閣下」



 目を開けると、私は寝室のベッドに突っ伏していた。衣服はブラウスにキュロットだけで、羽織っていたハズの青い軍服はドアの近くのポールハンガーにハンチング帽と共に引っ掛けてある。



 それらを確認してから目をこすり、ようやく声の主を見る。すると、そこには数年前にクローゼットの奥底へ仕舞い込まれた執事服を身にまとった、やけに知的な顔をした長身の男が頭を下げて立っていた。



「……誰だ?」

「はい。わたくし、本日からプレリア邸にて執事を務めることになりましたネイロと申します。よろしくお願い致します」

「そんな話、聞いていないが」

「アクィラ公爵殿下のご令嬢、ガーベラお嬢様の指示により馳せ参じました。ガーベラお嬢様のご婚約に伴いアクィラ家でのわたくしの役目も無くなるということで、プレリア閣下のお手伝いを命じられたのです」



 ガーベラお嬢様は、騎士団に所属していた頃に護衛対象として関わり合い、いつしか私の唯一の友人となってくださったお人だ。敬語を使うと私の胸を鷲掴みにしてくるようなおてんばであったが、純粋で優しい性格の持ち主であったことを私は知っている。



 ……そうか。



 いつの間にか、ガーベラお嬢様がご結婚をなさる年齢になるほど時が経っていたのか。



「しかし、お嬢様はなぜ私にあなたを差し向けたのだ?」

「ガーベラお嬢様は、数人のメイドを雇うだけで貴族としての執務も騎士としての職務も一人でまっとうされているプレリア閣下を心より心配されておりました。一つ、伝言を預かっております」

「伝言?」

「『リア! ネイロは使える男よ! 奴隷よりも奴隷らしく尽くしてくれるから、ジャンジャン命令して、ガンガンこき使っちゃいなさい!』とのことです」



 リアとは、ガーベラお嬢様が私に付けてくださったあだ名だ。私の本名は、コーネリアス・プレリアという。



「そ、その。私の友人が、大変申し訳無いことを言った。代わりに謝る」

「いいえ、お気になさらないでください。ガーベラお嬢様の言う通り、わたくしめは本日からプレリア閣下の忠実なる下僕ですから」

「しかし、ミスター・ネイロ」

「ネイロで結構でございます」

「ネイロ。ここ、ポートウォールの執務は苛烈を極める。私のもとに執事がいないのは、みな環境に耐えきれず尻尾を巻いて逃げ出したからに他ならないのだぞ?」



 国境に位置するポートウォールは、接する二国からの防衛を一手に担う重要な拠点だ。入出国の審査から森林に住まうモンスターからの防衛、更には海での漁業権や各都市への出荷の手配までもこなす一次産業にも深く関わっているため、私の仕事はインフラの管理だけで済むような代物ではないのだ。



「お任せを」

「いや、お任せをって――」



 結論から言えば、ネイロは八面六臂の大活躍であった。



 ネイロは、新たに警備会社を設立して大量の警備員を採用。更に、漁業へ浮いた大量のマネーを投資して仕事を効率化させると、企業ごとのデータを管理する企業なんてモノまで作り出し、そこで平民たちにデータの企業データの精査を任せ、私の仕事は最後に決定を下すことと憲兵を鍛えることのみとなった。



 ……一体、アクィラ公爵と私の間にどれだけ近代化の差が開いているのだろうか。



「しかし、貴族が企業を作り出してしまえば税金で給料を支払うことになる。これでは、領民たちの貧困化が進み結果的に衰退が進んでしまうのではないか?」

「いいえ、これらの企業はわたくしめの会社でございます。職員の給料は、もちろんわたくしが預かる会社の運営費用から出るのです。プレリア閣下のお手を煩わせることはございませんよ」

「えぇ……」



 く、クー・クリウスは帝国だぞ? 貴族でもないネイロが、実質的に平民を支配する権力を持つことが許されるワケがないだろう? まして、そこで得るであろう法外な財産を蓄えておけるワケがないだろう?



「ご安心を。わたくしに権力などございません。そして、貴族を超えるような蓄財などもしておりませんよ」



 ネイロの話はこうだった。



 アクィラ領のランバークラフトでガーベラお嬢様に仕えるよりもずっと前、彼は故郷である名も無い村に住んでいたそうだ。その村は税を収めるどころか明日食うにも困るような限界集落で、このままでは人口の減少により村自体が消滅してしまう危機に陥っていた。



 その一方で、当時のクー・クリウス帝国は現カイザーの即位に伴い新たな通貨であるエーテル金貨を発行すべく、大量の資金を募っていた。エーテル金貨を成形するため、金に混ぜ合わせる特殊な合金の材料を揃える必要があったからだ。



 しかし、問題は合金に使う大量の銅だ。既に自国の鉱山を掘り尽くして銅が採掘出来ないクー・クリウス帝国にとって、銅の入手は困難を極め、この問題を解決した貴族に造幣局長を一任するという命が出されていたのだが――。



 そこで、ネイロは時代に取り残された何世代も昔の銅貨をあらゆる村々から格安で買い集め、新たに金貨を作る特殊合金をとするための材料として王国へ貸し付けエーテル金貨による利子を望んだのだ。



 ただし、貸し付けた相手はカイザーではない。アクィラ公爵だ。



「わたくしの本当の目的は、アクィラ公爵に金貨造幣の実権を握っていただきカイザーの絶対政治を食い止めることです。クー・クリウス帝国には、わたくしの故郷のように都市では扱えないよう通貨が流通する辺鄙な村が数多く残っています。そんな村々が、これ以上衰退してしまわぬようリベラル派のトップであるアクィラ公爵にお力添えを願ったのです」



 だから、ネイロはガーベラお嬢様に仕えていたのか。



「ならば、その資金とは――」

「はい。公爵殿下に貸し付けているお金の利息で賄うのでございます。エーテル金貨を発行する度に銅貨が消えていくワケですから、その埋め合わせをするのは当然エーテル金貨です。この利息を企業へ投資し、作ったお金を村民に配って、村民はそのお金で税金を賄う。賄われた税は貴族が更に領地へ還元し、グルグルと円滑な経済活動を促しているのです」

「しかし、銅と金貨が同価値でなければインフレが起こるではないか。一体、どれだけの銅貨を集めたというのだ?」

「貨幣価値換算で五千万メーテ、サンフラン銅貨にして三百五十万枚が必要でした」

「それだけ集まるほどに、貧困した集落があるということか……っ」



 こうして、価値の無い金が新たなる価値を呼び、貨幣が闇から闇へと移って天下を回っていく。



 つまり、アクィラ公爵殿下は国家反逆に片足を突っ込んでいる。グレーもグレー、犯罪スレスレのバレたら失脚すら危うい活動だ。ネイロの物語は、国の中枢に立つ大物貴族との協力により市民たちの生活へ平穏をもたらす義賊譚だったのだ。



「ですから、プレリア閣下。警備会社やデータセンターを含めたわたくしの会社へ入る収益は、残念ながら運営費用を除いて各地の村へ還元されます。経営する会社のビジネスや商材が、すべてが無形である理由もまたそこにあるのです。もっとも、あなたの仕事が軽減されることに比べれば、収益など些末な幸福だとわたくしは思いますが」



 私は、あまりにも優秀過ぎる執事の働きに舌を巻いて感嘆するしかなかった。こんなに人間を、私のような未熟な貴族に仕えさせていいモノなのだろうか。



「いいのですよ。他でもない、アクィラ公爵殿下のご令嬢が望まれたことです。あなた様なら、きっとわたくしの義賊としての活動を理解してくれるであろうとのお考えなのですよ」

「……その点は、まぁ、私もアクィラ公爵の考えに賛同している一人だからな」

「でしたら、プレリア閣下は私がお力添えするのに相応しいお方です。自信を持ってください」

「分かった、よろしく頼む」



 そんなワケで、私はネイロと共にプレリア領を統治することとなった。



 持て囃すだけでなく、彼の辣腕から学んで少しくらいは領主としての貫禄を手に入れる努力をしてみようと。着任した頃のように青い感情を、私は取り戻していたのだった。

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