第2話 僕と君と残る理由


《エクスエデン・東側広場》


「入学者のみなさーん!こちらへ集まってくださーい!」


広場に受付のお姉さんの声が行き渡った。

それまで思い思いにその場を過ごしていた入学者達はその声の方へと向かい始める。

そこはちょうど昨日ブラックネス・ドラゴンが降り立った場所の近くだった。


ちなみにそのブラックネス・ドラゴンはあの後キュルルが『じゃあボクはここに残るから、クロちゃんは先に帰ってていいよー!ここまで連れてきてくれてありがとー!それじゃまたいつかあそぼ―ねー!』と言って、その場から去って貰えたのだが……

『遊ぶ』というのが一体どういう状況のことを意味するのかは結局怖くて聞けなかった……


「ついに、最初の学園活動が始まるようですわね」

「はい……!」


アリスリーチェさんの言葉に僕は改めて気を引き締め直した。


………あれから必死に弁明に弁明を重ね、なんとか会話をしてくれる程度には機嫌を直して頂けた。

お付きの人達からは未だ侮蔑の目線を貰い続けているけど……

東洋の人の日傘の柄から鈍い銀色の光を放つものが半分くらい覗いてるのがメッチャ怖いけど何も言えない……


「きゅるー!学園活動!!

 がっくえんかっつどーーー!!」


そんな中、キュルルの能天気な……いや元気な声が響きわたる。

朝からこの子は上機嫌だ……


アリスリーチェさんはそんなキュルルのことを眉をひそめながら不機嫌そうに見ている。

……やっぱ今朝のことがまだ尾を引いてるのかなぁ……

僕がそんなことを考えていると―――


「オニキスさん」

「きゅ?」


なんとアリスリーチェさんの方からキュルルへと声を掛けたのだった。

一体何を……?


「この勇者学園に来られた方々は一体何のために入学したのかお分かりでしょうか」

「きゅる?『勇者』になる為じゃないの?」


アリスリーチェさんの問いにキュルルは至極当然の回答をする。


「ええ、ですから何故『勇者』になりたいのか、ということです。

 昨日まではただの名声目的や面白半分の方々が大多数でしたけど、アナタのおかげでそういった輩は大方が消えましたわね。

 あのようなことを経験しながら今残っている方々は一体何を思い、『勇者』を目指すのか……

 先に言っておきますと、フィールさんのようにただ『強くなりたいから』というのは少数派ですわよ」

「きゅる……?」


そう言われるとキュルルは首をかしげて悩み始める。

僕自身もまたその理由に検討が付かないでいた。


「いえ、『強くなりたい』というのが目的ではありますわね。

 ですがその理由はアナタやフィールさんのように爽やかなものとは程遠いですわ」

「うきゅる?」


キュルルがアリスリーチェさんの言葉の意味が読み取れずにいる。

いや、僕も同じだけど……


「正解は『魔物』を打ち滅ぼす為、ですわ」


「きゅ―――!!」

「っ―――!!」


僕とキュルルは同時に息を吞むような声を出した。


「『魔王』により故郷を追われたもの……

 家族を、友人を、恋人を、傷つけられた者……失った者……」


「………………」

「………………」


「自らの無力さを呪い、『力』を求める者………

 それが今、ここにいる方々が学園に残る理由ですわ。

 おそらくは、過半数がそうでしょうね。

 どうかそれをお忘れなきように」


「きゅる……」

「キュルル……」


キュルルはさっきまでの上機嫌さが嘘のようにしおらしくなってしまった……


「フィールさん、貴方もこの学園でそのスライム……いえ、『魔王』とこれからも懇意にするというのなら、相応の『視線』は覚悟しなければなりませんわよ」

「アリスリーチェさん、それは――!」

「ただのちょっとした忠告ですわよ。

 貴方の交流関係に口を挟むおつもりはありませんわ」


アリスリーチェさんはこちらを一瞥もせずに冷たく言い放った。


「ただ――」

「――?」

「フィールさん、貴方は故郷を魔物に襲われた時、初代勇者に助けて頂いたそうですが……」


アリスリーチェさんは、ほんの少しこちらに振り返った。


「もし、助けが間に合わず、貴方だけが生き残ってしまったとしたら、今の貴方はどうなっていたのでしょうかね」

「――っ!!!!」


僕は、何も言葉を返すことが出来なかった……


「わたくしからはそれだけですわ。

 さあ、もう行きましょう。

 だいぶ遅れてしまいましたわ」


それ以上アリスリーチェさんは何も言わず、お付きの人に椅子を押されながらこの場を去っていった……


「キュルル……」

「んきゅ………」


キュルルは何も言わず俯いたままだ。

僕は、なんと声を掛けるべきなのだろう……


「あの、さ……キュルル……」

「んきゅきゅきゅきゅ……」


……ん?


「あの、キュルル?」

「んきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ……!」


なんか……様子が………?


「キュ—―」

「きゅるーーーーーーー!!!!」


キュルルが爆発した……


「きゅるっ!!

 決めたっ!!」

「え……何を………?」


キュルルは勢いよく僕へと振り向いた。


「ボク、気にしない!

 だってボク、関係ないもん!」


頬を膨らませながら、両腕を振り回し、キュルルは思いの丈をぶちまけた。


「ボク、確かにフィルに会う前までは人間のことボッコボコにしてやろう!!

 って思ってた!ボクをいじめてきた奴ら見返したかったから!!

 でも、今はもうそんなこと思ってないもん!!

 ボク、フィルのそばで、フィルのことを見ていたいだけだもん!!」

「キュルル……」


「だってボク、『キュルル』だもん!!」

「――!」


キュルルは首にかけている木剣を掴み、目を瞑る。


「『魔物』とか、『スライム』とかじゃなくて……

 ボクは、『キュルル=オニキス』だもん!

 他の誰かがボクに「この魔物めー!」とか言ってきたって、そんなの関係ない!!

 言い返してやるもん!!

 ボクはいつか『勇者』フィルと戦う、『魔王』キュルルなんだって!!」

「………………………………………」


そうだった……すっかり忘れてた……

この子は、強い……

『力』が強くなるずっと前から、『意志』が、『心』が強かったんだ。


「きゅる……でも………」


キュルルが急に語気を弱める。


「もし、フィルが嫌な思いすることになるなら……

 だったら……ボク………」

「―――!」


キュルル……僕は……

僕は!!


「キュルル!」

「きゅ――うきゅっ!?」


僕はキュルルの手を掴んで走り出した。


「早く行こう!もう学園活動が始まっちゃうよ!ほら!」

「きゅっ!きゅるっ!!フィルっ!?」


キュルルの手を引き、僕は向かう。

アリスリーチェさんや、他の入学者達が集まっている先へ。

そこで、どんな風に思われようと……どんな『視線』に晒されようと……!


僕も、この子みたいに、強くならなきゃ………!!


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ああ、やっと来たか。

 遅いぞ、君達」


「うおう………」

「きゅる!ごめんなさーい!」


そんな新たな意気込みと共に覚悟を以って集合場所へ駆けつけた僕達を待っていたのはインパクト大なシルエットの持ち主であった。

うん、まあ、はい、例によって巨大な蛇にぐるぐる巻きのコーディスさんです。

昨日の蛇とはなんか色が違うけど………


「きゅる?確かサニーちゃん、だっけ?

 今日は色が違うねー?オレンジ色だー」

「いや、この子はマニーちゃんだ。

 サニーちゃんは今日はお休み。

 ちなみに後もう5匹いるぞ。

 チュディーちゃん、ウェンディーちゃん、サスディーちゃん、フレディーちゃん、サディーちゃんだ。

 それぞれ黄色、緑色、青色、藍色、紫色だ」


コーディスさんが聞いてもいないことを説明してくれている……

なんかもう、さっきまでの意気込みが抜けきってしまいそうで怖い。

僕はすっかり脱力してしまった。


「あのー、そろそろ始めてもいいですかー…」


受付のお姉さんが半眼になって声を掛ける。

昨日の反動かかなり態度が投げやりだ。


「ああ、そうだね。

 それでは入学者諸君。

 記念すべき最初の学園活動といこうか」


その言葉にその場の空気が一気に引き締まった気がする。

いよいよだ……!

いよいよ始まる……本当の最初の一歩が!


「と、その前に……いつまでも入学者、などという呼び方は他人行儀すぎるな。

 君達はもう正式に我らが勇者学園『エクスエデン』の生徒なのだから。

 我々学園関係者も今日から『先生』だ。

 私のことは『コーディス先生』と呼んでくれ。

 彼女のことは『アリエス先生』とな」


あ、受付のお姉さんそんな名前だったんだ。


「あと一ヵ月もすれば入学者募集も落ち着くだろう。

 その頃には君達にこの学園の制服も渡そう。

 本当は今日にでも渡すつもりだったんだが、

 まだ色々と調整が必要でね」


制服に調整……?

どういうことだろ……


「まあ、期待して待っていてくれたまえ。

 では改めて……

 君達に本日行ってもらう活動内容は――」


僕達は思わずゴクリ、と息をのんだ。





「ここにいる生徒同士による……

 模擬戦だ」

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