第5話 僕と平均値


「えっ……えっ………?

 何………これ……えっ………?」

「?」


お姉さんは用紙を穴が開くほどに見つめ、ただひたすらに言葉にならない声を出し続けていた。

その目は限界まで見開かれ、用紙を握っている両手はわなわなと震えている。

何度も何度もその内容を確認し、そのたびに僕の顔を見ては、再び用紙の内容へと目を通す。


一体………何が………?


僕がお姉さんに何があったのか確認しようとすると……


「あ、あの!!ちょ、ちょっと待っててね!!

 すぐに戻るから!!!」

「あっ、ちょっと、お姉さん!?」


今までの落ち着いた雰囲気から一転、物凄い焦り様で駆け出していってしまった。


………本当に、どうしたというのか……

あの用紙に一体どんな結果が……?


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


数分程待っているとお姉さんが男の人を連れて戻ってきた。

お姉さんより一回りは年齢がありそうで、どうやらこの受付の責任者にあたる人らしい。


お姉さんは未だ驚愕の抜けない顔でその男の人に先程の用紙を見せながら、何やら必死に説明をしているようだが男の人はその内容をまるで本気にしてない……という風だった。


「あー、僕?

 ちょっとこのお姉さんの検査が失敗しちゃったみたいでね。

 私がもう一度検査をさせてもらうよ。

 時間を取らせてすまないね」

「え、あ、はい、お気になさらず……」


男の人は「全くそんなことあるわけないだろう……」と呟きながら先程のお姉さんと同じ様に用紙を持ち、僕の額へと手を当て、目を閉じる。

そしてお姉さんと同様の『魔法名』を唱えると、これまた先程と同じ様に手が熱を帯び、紙が光り、検査が終了する。


先程と同じ様に男の人が目を開き、先程と同じ様に紙に目を通し――


「―――――っ!!

 ばっ、馬鹿なっ……!!」


先程のお姉さんと全く同じ表情を浮かべた。


何……一体何なの………?

僕が困惑の表情のまま途方に暮れていると、目の前の結果を受け入れられないという様子の男の人を尻目にお姉さんが僕の元へとやってきた。

そして、汗をたらしながらその手に持っていた紙を僕へと渡す。


紙には赤く光る数字が記されていた。


その数字は―――『100』


『魔力値』について何の知識もない僕にはこの数値が一体どれ程の量なのか判断できないが、お姉さんや男の人の反応を見る限り尋常ではない数値、ということは確かなのだろう……


はっ……!

もしかして……!


通常の人の数値は『50』や『60』が普通で、多くても『80』が精々なのでは!?

それが『100』という今までに類を見ない数値が出てきてお姉さん達は驚き慄いている……ということでは!?


いくら何でもお姉さん達のこの驚き様は異常だ。

それ以外、この反応の理由が僕には思いつかなかった。


そうか……!

そうだったのか……!!

僕は今までずっと貧弱な身体に嘆き続けて来たけど……

僕には『魔法師』としてのとてつもない才能が秘められていたのか……!!!


僕は感動のあまり両手を握り、空を仰いだ。


ああ、キュルル……!!

僕は今、ようやく君との誓いを……!!


「あの……フィル君……

 まず、あなたに伝えておくべきことがあるのだけど……」


と、僕が今までの苦難の道のりの末に辿り着いた境地、その感慨に身を震わせていると、お姉さんが恐る恐るという風に話しかけてきた。


「その……

 一般的な、普通の人の平均『魔力値』はね……」


うんうん!!


「『10000』なの………」


うんうん!!!………………うん?


「どんなに数値が低い人でもね……

 『4000』から『5000』の辺りの数値になるのが精々なはずなの……」




…………………………………つまり。




お姉さん達はあまりの数値の低さに絶句していた、と…………


流石に泣いてもいいかな?


「それでね……

 あなたの『100』という数値はね……

 ただ単に低すぎる、という言葉だけでは済まされないの……」

「え?」


僕が真っ白な灰になりかけていると、お姉さんが言葉を続けて来た。

低すぎる、だけでは済まされない……?

どゆこと……?


「あのね、『魔力』っていうのは『魔法』だけに使われるものじゃないの。

 私達の生命活動にも『魔力』は重大な関わりを持っているのよ」

「それって……?」


「呼吸をしたり、手足を動かしたり、食べた物を消化したり……

 私達が普段何気なく行っている日常生活にも『魔力』は使われているの。

 そして、食事による栄養補給、睡眠などによって『魔力』がまた生み出される。

 そんなサイクルが身体の中では起きているのよ。

 『魔力』とはすなわち、『生命力』と言い換えてもいいかもね。

 だから、『魔法』の使い過ぎによる『魔力』の枯渇は時に命にも関わるの」

「へぇ……そうだったんですか」


初耳だった。

単なる魔法パンを作る材料とばかり……


「それで、その……普段の生命活動で消費、生成される『魔力』の量はね……」

「はい」


「『200』から『300』程………なの………」

「へぇ………………」





……………………………………………んん?





普段使われる『魔力』が『200』から『300』……

そして、僕の『魔力値』は『100』……





……………つまり、どういうことだってばよ?





僕は思わず異界から受信した謎の言葉使いの疑問文を頭に浮かべた。


「だからね、その、なんていうか………

 なんで君、生きていられるの?

 ………っていうのが率直な感想なの………」


何も知らない人が聞けばとんでもない誹謗中傷とも取れるその言葉は直球の意味で僕に投げかけられた。




いや、そんなん僕が聞きたいですが?




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


『プロフィール


 名前:フィル=フィール

 年齢:15歳

 エクシードスキル:なし

 魔力値:100(現時点入学者中最低値)』

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