VANSENT

大猩猩和

第一章

第1話 プロローグ

 激しい雨の中、白い髪の少女は必死に走る。


「おい!!あっちに逃げたぞ!!追いかけろ!!」


 後方から聞こえてくる追っ手の声に震えながら捕まらないように狭い路地を駆け抜ける。


 時には路地にいるホームレスたちに紛れて追っ手を撒いたりもする。


 だが、追っ手の数はあまりにも多かった。


 少女がいくら相手を撒くことに成功しても新しい追っ手に見つかってしまう。


 いくら撒いても逃げられないことで少女の心はどんどん疲弊していく。


 どうして、自分はこんな目に遭っているのだろうか?


 私は何も悪いことをしていないのに、こんな辛い目に遭わなければならないのだろうか? 


 追い詰められていく少女の心は限界に近づいていた。


 それでも少女は挫けそうな心に喝を入れ、追ってから必死に逃げる。


 彼らに捕まってしまえば、今までの努力は全て無駄になる。


 そして、彼らの手によって自分は惨たらしい死を迎えることになってしまう。


 少女はそんな結末を望んでなどいない。


 だから、いつまでも追いかけ続ける彼から必死に逃げ続ける。


 だが、彼女の命運も尽きてしまう。


 追っ手を撒こうと曲がった先は行き止まりだった。


 まずいと思い、引き返そうとした時にはすでに遅かった。


 追っ手は退路を塞ぐように少女の前に立っていた。


 追っ手が少女を捕まえようと一歩前に踏み出すと、少女も一歩後方へ下がる。


 そうして、何度目かの一連の流れを行った後、少女はついに壁際まで追い詰められてしまう。


 ここまでかと思い、目を瞑った時、


『バン!!バン!!バン!!バン!!』


 追っ手の後方から銃声が鳴り響いた。


 驚きを隠せない少女が目を開けると、先ほどまで自分を追いかけていた追っ手たちがその場に倒れている。


 そして、その追っ手たちの頭には全て撃ち抜かれた痕があった。


 状況が理解できずに少女が固まっていると、


「おいおい、俺の獲物を取ろうだなんて良い度胸しているじゃねぇか」


 カウボーイハットを被った銀髪の男がやって来る。


 この男の身長は約2メートルと少女と比べて圧倒的に大きい。


 手には大口径のリボルバーを持っており、この銃で追っ手の頭を撃ち抜いたのだろう。


 そして、男は少女との距離を詰めると、追っ手の頭を吹き飛ばしたリボルバーを少女に向ける。


「テメェには恨みはねぇが依頼を受けちまったからな。ここで大人しく死んでもらうぜ?」


 男は少女に死の宣告を告げると、トリガーに指をかける。


 このままではこの男に殺されてしまう。


 そう思った時、


「待ってくれ!!」


 自然と口から言葉が出ていた。


 少女はいつの間にか発していたことに驚きつつも縋るような目を男に向ける。


 この男は容赦しない。


 少女は先ほど追っ手を何の戸惑いもなく殺したことから、そう判断した。


 実際、この男は誰が相手だろうと容赦はしない。


 それが無実でか弱い少女であってもだ。


 普通ならば、どれだけ助けを訴えたとしても彼の手が止まることはない。


 しかし、今回は違った。


 男はリボルバーを少女へ向けたまま止まっている。


 少女は生き残るチャンスを得たのだ。


 そのことに気がついた少女は必死に考える。


 どうやって、この局面を乗り越えられるのかを。


 そして、少女は一つの案を思いつく。


 だが、それは厳しい賭けだった。


 それでも少女は一抹の希望に縋り付く。


「私からの依頼を受けてくれないだろうか?」


 少女はこの男に依頼をすることにした。


 男は驚いたような表情を浮かべつつもその照準は少女へ向けられ続けている。


 少女は緊張した表情を浮かべたまま相手の返事を待つ。


「依頼の内容は?」


 少女が緊張しながら待っていると、男が話しかけてくる。


 どうやら、話は聞いてくれる気はあるようだ。


「私の護衛だ。期間は私の安全が確保されるまで。依頼の期間中、私の安全が確保されているのであれば、他の依頼を受けてもらっても構わない」


 少女は依頼の内容を説明する。


 男は黙ったまま少女の話に耳を傾ける。


 それでも銃口は少女へ向けられたままだ。


 依頼の内容を説明し終えると、次は男が口を開く。


「依頼の報酬は?」


 それはごくごく当たり前の質問だった。


 依頼を頼むのならば、その代価を報酬として払わなければならない。


 しかし、少女は彼に支払えるようなものは持ち合わせていない。


 だが、報酬なしで依頼を受けてくれる者などこの街ではいない。


 唯一、少女が支払えるものはあれしかない。


 少女は覚悟を決める。


 そして、男からの質問に答える。


「報酬は私自身を好きにしてもらっても構わない。それで良いか?」


 報酬は自分自身だと。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る