サンカクカンケイ(仮)
@to_ajisai
第1話 あやかSide① はじまり
★★★あやかSide★★★
「あやか、ちょっと相談があるんだけど」
「なに?」
このところ一気に肌寒さを感じるようになった晩秋のある日。
あたりが少しずつ薄暗くなる学校帰りの夕刻に、肌をさすりながら見慣れた川沿いの道を歩いていたときのこと。
この悪夢はいつも、私の親友――牧島凛の発した言葉からはじまる。
「……これは友達の話なんだけど」
「私のこと?」
「ち、ちがう。あやか以外にも友達いるから」
「あー、ね」
凛はいつものようにもじもじとためらいながら。
「とにかく相談なんだけど。その人が……虎太郎くん、のことで悩みがあるらしくて」
「虎太郎?」
私と凛がよく知る友人の名前を、ぼそりとつぶやくのだ。
もとより人とのコミュニケーションが苦手な子だけど、いきなり本題を切り出す前にもう少し場を温める努力をしてほしかったと思う。そうすれば適当に話を逸らして有耶無耶にできたのに。
でも私はこの続きを知っている。彼女の口を止められなかったからだ。
「虎太郎くんに、こ、こっこ、告白っ、……してみようと、思って」
「えっ」
それは恋のお悩み相談だった。
引っ込み思案な性格で男子に声掛けられただけで緊張で固まってしまう子なのに、ずいぶん思い切ったことを考えたらしい。
そのあたりは本人も自覚があるようで、前髪を何度も触りながらあたふたと予防線を張り始める。
「変、だよね。わたしみたいな……あっ、わたしの友達みたいな人が、告白、とか……あやかみたいにかわいいなら……だけど」
なおも白々しく友達のことだと言い張っているが、そんなことはどうでもいい。
「凛はかわいいんだよ」
「え、あ、はい」
確かに凛はボブカットの黒髪にガード固そうなロングスカートを身にまとった、教室の隅っこにいるタイプの子だけど。
実際のところ見た目は相当整っていて、大きな胸やおとなしい性格も相まって男子にめちゃくちゃ人気あるし、子供の頃から続けているピアノの才能にも恵まれている。
「私はただ金髪に染めて化粧してピアスしてカラコンして、それっぽく着飾ってるだけ」
「そんなことないよっ。あやかは小さいころからずっとかわいいもん!」
凛はそう言ってフォローしてくれるが、私――宮本あやかは自分で言うのもなんだけど、どこにでもいる量産型の女子高生。
傍から見れば私たち二人は波長の合うタイプには見えないだろう。
それでも仲良くしているのは、所謂幼馴染だからなのだ。
子供のころから家が近所にあって親が仲良し。そんな些細なきっかけで私たちもずっと仲良し。
性格も趣味もなにもかも正反対だけど、私は凛の小さな歩幅に合わせてゆっくり歩きながら、とりとめもないことをしゃべっている時間が好きだった。
……なんて話をしている場合じゃなかった。
「で、かわいい凛ちゃんは誰に告白するって?」
改めて凛を問い詰めると、明らかに夕日に照らされたものとは異なる理由で顔全体が真っ赤に染まっていった。
「こ、虎太郎くんです……じゃなくて、その友達が告白するらしいです」
「それはもういいから」
ちょっぷ。
「あぅ」
「……虎太郎のこと、好きだったんだね。全然気づかなかったよ」
照れながらもこくっと首を縦に動かす凛。
だよね。うん、知ってた。
子供の頃から凛が虎太郎を好きでいること。
だって凛が思いを寄せているらしい虎太郎も、私たちと幼馴染の間柄にある。要は私たち三人は幼馴染ということだ。
凛はとても素直な子で、どんなに鈍感な人でもわかるくらい彼女の矢印はずっと虎太郎に向けられていた。
ただ、それは子供の頃の話。
「三人とも同じ高校に進学したとはいえ昔みたいに一緒にいることは少なくなったじゃない。特に凛は私と虎太郎とはクラス違うしさ」
「うん、前より三人の時間は減っちゃったね」
私の言葉に凛は頷いた。であればなおさら疑問が湧いてくる。
「最近なにか接点とかあったんだっけ?」
「それが、高校でもまた文化祭の演奏を頼まれまして……」
そう言って、かくかくしかじかと経緯を説明し始めた。
恋愛面ではポンコツな凛だが、実は地元でもちょっと有名なピアニストだったりする。それを知った校長から直々の依頼で、どうやら文化祭で演奏することになったらしい。
中学でも似たような経緯があったことを思い出す。そのときは私と虎太郎と三人で音楽同好会に所属していたこともあり、いろいろ手伝ったものだ。
……いや、実際に手を動かしていたのはほとんど虎太郎だったけど。
「中学のときみたいに虎太郎くんに手伝いをお願いすることになったの。ちょうど二人とも文化祭実行委員に所属してるから……これからの準備期間は一緒に活動することが増えそうなのです」
「なるほど、そんな接点があったのね」
たしか虎太郎は図書委員のじゃんけんに負けて、最後まで残った文化祭実行委員を押し付けられていた。
かなり忙しいと聞くが、とはいえ凛にとっては大きなチャンスだろう。
一緒に活動していく中で親密度が高まり、祭りの雰囲気にも当てられてあわよくば……ということもなくはない。
「ずっと、好きで……でもこのままだとこれ以上近づくことも出来なくて。そう思ったらダメ元でも一回……って」
「だから気合い入ってるわけだ」
私に相談するだけで、まるで本番の告白みたいに顔真っ赤になっちゃうなのに。
「……………………おうえん、してくれる?」
不安と期待がないまぜになった上目遣い。
それを好きな男の子にやったら一発だよと言いたくなった。
というか私も例外ではなかった。
「もちろん! 親友の恋を応援しないわけないでしょ!」
私は凛を励ますように明るく返事した。
「っ、嬉しい……! あやかが応援してくれるなら、がんばる……! ……二人きりになったら緊張して絶対なにもしゃべれなくなるけど……」
「うん! 任せて! 凛もせっかく素材はいいんだからさ、もっとお化粧して、髪もきれいに整えて、ファッションもバッチリ決めて。最高にかわいくなって告白しようよ!」
あは、そろそろ止まれよ私の口。
まるで腹話術に操られた人形みたいに、口が勝手に形を作ってなにかを発していた。
――本当は凛が虎太郎に告白するなんて、絶対イヤなのに。
今ならまだ間に合う。まだ早いから待てと言えばよいだけだ。
私がそれっぽく言いくるめれば、凛は素直に従ってくれるんだから。
だけど。
「……ダメだったら慰めてね。たぶんダメだと思うから」
私が口を開くより早く、自虐発言で釘を刺された。
自分に対してこれっぽっちも自信を持てないこの子は、勝手に悲壮な未来を予感しているのだろう。
言いくるめられるわけがなかった。
「…………そんなことないってば! 凛のいいところ、私も虎太郎もたくさん知ってるんだから自信持ってよ!」
「……例えば?」
「身体つきがえっちなところ」
「最初そこなの!?」
「自分の武器はちゃんと自覚しないとだよ」
柔らかくて大きい「それ」を指さすと、さっと身体を背けて隠された。
私もそれなりに出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んでるほうだと思ってるけど、凛のものはレベルが違う。
なにせ後ろを向いているはずなのに、横からはみ出て見えるんだから。サイズ感おかしいよ。
「次に顔もかわいい」
誰もが凛の大きな瞳に吸い寄せられるだろう。
日本人によくあるブラウンの瞳は常に潤んでいて、見る人に儚げな印象を抱かせる。
小顔に黒髪と相まってシルエットも美しく、顔の各パーツがすべて整っている凛は、本来なら付き合う相手を選べる立場にあると言える。
「……あやかのほうがかわいいし。もし生まれ変われるなら、わたしはあやかになりたいくらいだよ」
まあそうならないのは、偏に彼女の自信のなさが原因ではあるが。
「いやいやいや。凛のほうがかわいいし、凛みたいなタイプのほうが男の子には人気出るんだよ」
「そうかなあ。よく男の子に話しかけられてるのはあやかだし、人気だってあやかのほうがずっとあると思うけど」
「私は軽いから話しかけやすいだけだって」
女の子同士あるある……お互いかわいいと褒め合う。
でも別にお世辞で言ってるわけじゃなくて、私は本気でそう思っている。
凛のひな人形みたいなきれいな黒髪や、男子受けする引っ込み思案な性格、そして女の子らしい身体つき……全部私が持っていないものだ。
「少なくとも虎太郎は私より凛のほうがタイプだよ。間違いない。あいつ陰キャだから」
「うぅ、反応に困るよ~」
眉を八の字にするこの子を、結局私は最後まで制止させることはできなかった。
それどころかこうやって自分から告白を後押ししようとまでしている。いったいどうしてだろうか。
大切な親友なのに、下手に止めようとしたらどう思われるか気になったから?
どうせ失敗するって思っているから?
……罪悪感があるから?
なんだろうね。自分の心の中が自分でもうまく説明できない。
ただ自分で自分の首元に鋭利な刃物を突き立てて、そのままそっと静かに差し込んでいくような感覚だった。
「じゃあ早速このあと凛の家に行ってもいい? かわいい凛がもっとかわいく見えるようにメイクとか仕込んであげるからさ」
「うん! 百戦錬磨のあやかがいれば安心だねっ」
「百戦錬磨ではないな」
「ううん、わたしにとっては憧れだもん。わたしのクラスでもあやかに告白した人知ってるよ?」
「そういうの断ってばっかりいるから彼氏の一人も出来ないんだけどね~」
はい嘘。
私、宮本あやかには付き合っている人がいる。
いる。
去年の冬から。
私のほうから単刀直入に「付き合ってください」と交際を申し込んで、それからずっと彼氏彼女の関係が続いている。
「あと、虎太郎くんって付き合ってる人とかいたりするのかな……?」
「いないでしょー。モテそうなタイプじゃないし、自分から誰かに告白する度胸もないから」
「そ、そっか」
いる。
凛の想い人、杉田虎太郎にも付き合っている人がいる。
去年の冬から、いままでずっと。
ふふ。
ここまできたらもったいぶる必要もないよね。
――私と虎太郎は、恋人関係なのだ。
凛が虎太郎のこと好きだって、ずっと知っていたよ。
私と凛は幼馴染なんだから。
そして虎太郎も凛のことを憎からず思っていることも、なんとなくわかっていた。
私と虎太郎も幼馴染なんだから。
「わたしはこういうの疎いからダメだけど、あやかも知らないならフリーってことでいいのかなっ?」
「たぶんね」
だから私は、私と虎太郎が付き合い始めたことを凛には秘密にすると決めた。
だって、私たち幼馴染でしょ。
私と虎太郎が一緒になっちゃって、凛だけ仲間はずれにされるとかかわいそうじゃん。ずっと三人だったのに。
虎太郎にはそんなことを言って納得させたような気がする。
口がうまいな私は。
虎太郎が私のことをどこまで好きだったのか正直わからない。でも先に告白した私のことを虎太郎は受け入れてくれた。
今はそれで十分。
「じゃあ……がんばってみようかな」
「がんばれがんばれ。メイクしてきれいになったら、きっと今より自信もついて告白できるようになるよ!」
なにも知らない凛が健気に意気込む。
私はこわばった笑みを顔に貼りつけて、努めて無心でその背中を押している。
胸にちくちくと走る痛みは、きっと幻じゃない。
凛のはにかむような笑顔を見るたびに、言いようのない感情が私の中を駆け巡っていく。
私は親友の好きな人を知っていて、親友の知らないところでその想い人と付き合っている。
きっと私がいなければ二人はくっつくはずだったのに。
今となっては二人の名前が並んでいるだけでも心がざわつく。もともと相性のいい二人が、私の知らないところで二人きりになったりでもしたら……。
ねえ虎太郎。
虎太郎はちゃんとこの子を振ってくれる……よね?
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