第18話
決勝までコマが進んだことで、一時間の休憩が与えられた。
参加人数も試合数も少ないのでそれほど疲れているわけではないが、休養はしっかりととったほうがいい。
慣れない環境は自分でも気づかない疲労を蓄積するからだ。
「じゃー、あーしは気分転換に屋台巡ってくるからねぇー!」
ナインはそういって控室を出ていった。
さてはあいつ祭り好きだな。
俺は控室でも筋トレでもしていようかな、と考えているとエリシアに「ちょっと散歩にいかない?」と誘われた。
彼女についていくと、ずいぶん会場から離れたところまで向かっていった。
「おいエリシア。あんまり会場から離れるのは……」
「わかってる。でも、ここに来たかったの」
「ここって」
王都の南門。跳ね橋がかかっているところだ。
門の内側ではいつも通りの活気が溢れているが、ひとたび外に出るとどこか遠くの世界に見えるから不思議だ。
「どうしてここに?」
「ここはね、わたしのお父さんが負けた場所なの」
「え……」
「実はこの間の観光の時は、わざとここにはこなかったの。どうしても、暗い話になっちゃうと思って」
「どうして、いまここにこようと思ったんだ?」
「どうしてだろう。なんていうか、戦うための覚悟を思い出したかったのかな。自分でも、よくわかんないや」
エリシアが前髪を払いながらいった。
ここは俺の親父とエリシアのお父さんが戦った場所。そしてここは、エリシアのお父さんが死んだ場所ってことにもなる。
なぜかはわからないが、この場所から目を離せなかった。
俺には見えた気がした。いや、感じたと形容した方が正しいのかもしれない。
黒い鎧に身を包んだ親父と、青い装いの剣士の姿。互いに剣を構え、名乗りを上げて剣を交えるその光景が。
ここは歴史が動いた場所だ。
魔王が世界のすべてを手に入れた場所であり、人間領が希望を失った墓所でもある。
なのに、いまはなにもない。
ただ広大な荒れ地が広がっており、遠く南の方にドワーフたちの山脈が見えるくらいだ。
「当時のわたしは、まだ三つだった。とても小さくて、弱くて、そして愚かだった」
「エリシア……」
幼い彼女にとってお父さんの死は、魂の土台を揺るがすような一大事だったはずだ。
当時の彼女の苦しさは計り知れないし、俺なんかが立ち入れる感情でもない。
俺はただ、彼女の話に耳を傾けた。
「あの時、わたしが彼のことをいわなければ……きっと……」
「彼?」
「ねえ、あの日のこと覚えてる?」
「あの日……?」
「わたしたちが出会った日」
「ああ、そりゃあ覚えてるよ。つい最近のことだし、それに……なんていうか、衝撃だった。あまりの美人が森にいてさ。妖精に化かされているのかと思った」
危うく初めて外の人と出会ったと言いかけたがなんとか飲み込んだ。
「アレクはさ、なにかを誤魔化す時にすぐ褒めるよね」
「うっ……」
バレていたのか。
「実はあの日ね……わたしがあの場所で特訓していたのは半分嘘なの。グレイシャーウッドの村で休んでいるときに魔王の演説が
「へ……? へ、へー! そうだったのか! ええと、じゃあなんで特訓なんて嘘を……?」
どくん、どくん、と心臓が早鐘を打っている。
まさかエリシアは、俺の正体に気づいているんだろうか。
これまで俺を殺さなかったのは確信が持てなかったからで、いまになってなにかの拍子に俺の正体に気づいたからここで襲い掛かろうとしているのだろうか。
気まずい沈黙が流れる。
俺の疑問に彼女は答えない。
ただ静かに振り返り、俺の左手を握った。
「この左手の痣……」
「え? ああ、これは子供のころからずっとあるんだ……」
「……そうなんだ」
エリシアは俺の左手に自身の右手を重ねて、俺を見上げた。
とても不安げな瞳をしていた。
いまにも泣き崩れそうな、もしくは怒り狂いそうな、そんな瞳。
でもその瞳の中には喜びの感情も滲んでいて、なにかを懐かしむような哀愁も感じられた。
なぜ彼女がそんな複雑な感情を俺にぶつけてくるのかわからない。
ただ様々な感情がないまぜになった彼女の瞳は、多角に削った水晶に月光を浴びせるかの如く美しかった。
「わたしたちは出会ったばかり。そうよね?」
「あ、ああ……そうだな? なんだよ、そんなにあらたまって……」
俺たちがであったのはほんの七日程前だ。
まだまだお互いを知るには日が浅い。
それでも俺は彼女のことを良く知っている気がする。
笑った顔も、泣き顔も、怒った顔も、拗ねた顔も、いろんな表情を俺は知っている。
俺たちが過ごしたこの時間はとても短いようで、煮詰めた蜂蜜のように濃いものだ。
俺はエリシアのことをたくさん知っている。
もっと、知りたいと思っている。
「それでもあなたは命を賭けてくれている。魔王と戦うなんて言う、馬鹿げた復讐に力をかしてくれている」
「馬鹿げてなんかいないさ」
エリシアが馬鹿なら俺は大馬鹿だ。
あの親父を野放しにしていたんだから。
親父の罪は俺の罪。
俺が拭わなきゃならない負の遺産なんだ。
「アレク……。わたし、あなたに出会えてよかった」
「俺もだ」
「ううん、わたしのほうがずっと良かったって思ってる。きっとね」
「なんだよその自信」
なんだか可笑しくなって、二人して笑った。
次第に笑顔が小さくなって、エリシアは真剣な顔で俺を見上げた。
「ねえ、アレク。これからもわたしから離れないでね。絶対よ」
エリシアは小指を突き出してきた。
これがどういうものか、俺は知っている。
「え? ええっと、それってどういう……」
「いいから」
言われるがままに、俺は彼女の小指に自分の指を絡めた。
この約束の真意を聞く前に、彼女はするりと俺の手を離して跳ね橋の方へと歩いていった。
「さ、そろそろ時間よ」
「あ、おい! ちょっとまてよ!」
なにがなんだかわからないけど、俺は自分の胸がかつてないくらいドキドキしていたのだった。
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