第28話

「京太郎さん、桂香は生きています。」

 弾かれたように京太郎が涼を見つめる。

「どういうことだ?」

「桂香は自分が殺されるのではないかと不安になり、俺に電話してきたんです。どっちみち、失敗した俺は組織に追われるだろうと。だから、二人で組織を欺くしかないと。それで、確かにそうだと思って、俺は桂香に防弾ベストを着せました。最新の物を二枚着せ、絶対にお腹には影響が行かないように、とにかく何枚も腰回りにバスタオルを入れて。

 それを誤魔化すために桂香は着物を着て、下に着込んだ状態でリリーに会いに行きました。着物は腹をしめつけず、胸をしめるからと。」

 京太郎は涼の説明を黙って聞いていたが、眉根を寄せた。

「……なぜ、腹に影響がいかないようにと?」

「京太郎さん、聞いてなかったんですか?」

「……何を?」

 涼はまだ桂香が話していなかったとは思わなかったが、今さら話さないわけにもいかなかった。

「桂香は妊娠しているんです。京太郎さんの子供を。」

 京太郎は、はっと息を呑んで目を丸くした。そして、軽くうつむいてほっと息を吐いた。切なげな表情を浮かべる。

「そうか……。桂香は私の子供を……。」

 リリーはその様子を、目をギラギラさせてにらみつけていた。京太郎はまだ知らなかったのだ。桂香が妊娠していたことを。いや、いることだ。殺したはずだったのに、生きていたとは…! 許せない。許せない!

(京太郎はわたしのものよ! あの女になんて渡さない!)

『桂香が生きているなんて、信じられない! だって、確実にったのよ! 心臓の真上を! 血だって出たわ! 血の臭いがしたもの!』

 リリーは怒鳴った。

『馬鹿だな、お前。あれは血糊だよ。本物の血を使ったから、血糊とは言えないか。お前を騙すためだ。』

 血の気がリリーの顔から引いた。てっきり死んだと思って、本部にはそのように報告してしまったのだ。

(せめて、組織内でわたしの存在価値を認めさせなくては……!)

 リリーはどうやって成果を上げるかとっさに考え、山岸千哉がまだいることに気がついた。成り行きを見守っている。

 その時、車の中から貴奈と勇太が下りてきたのだ。

「あの、トイレに行きたくて。」

「一人じゃ危ないから、俺もついていきます。」

 そんな会話をしていたのだが、リリーは素早く落とした拳銃を拾うと、迷わず千哉の横に立った貴奈に拳銃の銃口を向けた。

 それを祥二と涼が同時に見つけた。少し遅れて京太郎と千哉も見つける。

「危ない!」

 千哉の声に勇太と貴奈は振り返った。勇太はとっさに貴奈をかばおうとし、千哉はその二人の前に出、その千哉の腕をつかんで、祥二が前に出ようとした。

 一方、涼はすぐにピストルを抜いて、リリーのピストルを撃った。リリーのピストルはあらぬ方向を向いて弾を発砲する。少し離れたコンクリート面に弾が撃ち込まれた。

 それと同時にあることが起きていた。

 海からも別の銃弾が放たれていた。海から狙われていることに気がついたのは、京太郎一人だった。みんながリリーの行動に気を取られている間、京太郎は海からの小さな光りに気がついた。それがライフルの光だと気がついたのだ。一瞬、月の光に反射した。

 狙いは涼だとすぐに分かり、京太郎はとっさに彼の前に立ち塞がった。二発の弾が彼に撃ち込まれた。

 その場にいた者は、京太郎以外全員、何が起きたのかすぐに分からなかった。一番最初に涼が海の敵に気がつき、すぐにピストルを向けたが、向こうも気づかれたと悟り、すぐに水上バイクのモーター音がひびいて逃げていった。

 京太郎が地面に倒れて涼が駆け寄る。

『きょ…京太郎が、なんで撃たれるのよ! おかしいわ! わたしは、あの子を撃ったはずなのよ!』

 半狂乱になっているリリーが走り寄ってきたので、涼はすぐさま彼女を気絶させ、持っていたハンカチで両手を縛り上げた。

「京太郎さん、しっかり!」

 涼は急いで上着を脱ぎ、それで、止血を試みる。だが、分かっている。血はその程度では止まらない。

「京太郎……!」

 その時、最初に涼が出てきたコンクリートの建物から、桂香が走り出てきた。危険なので涼と一緒に行動していたのだ。

「京太郎、しっかりして!」

 桂香は京太郎の頭を膝に抱きかかえて、呼びかける。すると、京太郎が閉じていた目を開けた。ほっとしたように笑みを浮かべる。そして、ゆっくりと利き手の右手を胸ポケットに差し入れ、スマホを一台取り出した。

 それを、リセットのメンバーは、驚愕きょうがくして見つめた。

 なぜなら、彼は震える手でスマホの電源を入れ、電源が入った瞬間に、日の丸のように見える大きな赤いアイコンを押したのだ。まさしくリセットする時のアイコンに間違いない。

 長く感じた。数秒の後に辺り一帯が停電した。

 いや、実はこの時、この瞬間、日本中、そして世界中が停電したのだ。

 京太郎がリセットのアイコンを押した瞬間、外山恭介はすぐに動いた。実は彼は元“Back”のメンバーなのではなく、現役でそうなのだ。京太郎に頼まれて、リセットにいた。本部にはリセットに潜入させたシャイン・アイズのスパイだと説明してあった。

 それで、偽の京太郎の身分証明によって、恭介はすぐに全世界の仲間に合図を送り、シャイン・アイズ所有の世界中の軍事衛星及び、世界各国の軍事衛星を乗っ取った。

 世界中の軍事衛星に、シャイン・アイズの幹部はアクセス権がある。簡単に言えば、世界中の軍のトップはシャイン・アイズの幹部が来て、軍事衛星を使わせろと言ったら使わせるのである。

 京太郎はシャイン・アイズの幹部の一人だ。そのため、その権限があった。

 その軍事衛星を使って、リセットしたのだ。世界中を一気に同時に、リセットした。

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