第9章

第26話 9

 勇太は生まれて初めて防弾ベストを着た。危ないから服の下に着ろと言われて、とりあえずトレーナーの上に着た。その上にジャンパーを着て、防弾ベストを着ていることをばれないようにした。

「これ、どうやって手に入れたんですか?」

 勇太は千哉に尋ねた。当然、たれたばかりのアリアは来ていない。

「まあ、ちょっといろいろね。鷹島たかしまさんには連絡したかな?」

 千哉は大きめのミニバンの中で祥二に尋ねた。

「はい。連絡しました。なんとか都合つけて手配してくれるみたいです。」

「ってことは、必ずリズって女を捕らえないといけないってことだ。」

「そうですね。鷹島さんも手柄無しってことには、いかないでしょうから。」

「あのう、鷹島さんって、誰ですか? …っていうか、どんな人なんですか?」

 勇太がとうとう聞くと、千哉はにっこりした。

「警察のお偉いさんの一人だ。まあ、全員が全員、向こうの息がかかっている人ばかりじゃないし。それに、向こう側の人でも、それに納得しきっているわけでもない。そういう色々な状況があるからね。」

 勇太がうなずくと、もう一度千哉は説明した。

「じゃ、いいね、勇太君。決して、僕たちの側を離れないで。危ないから。本当なら現場にいること自体が危険なんだけど、姿を見せない限り向こうが納得しないだろうから。」

 そう言って、三人は埠頭ふとうの一角に停めた車から降りた。田舎の寂れた港の一角だ。ほとんど人がいないように思える。そこに行くまでに時間がかかり、とっくに夜のとばりが降りている。これでは、貴奈がどこなのか分からないと言うわけだ。

「ヤッテ来たワネ。」

 リズ…リリーは貴奈を連れて、コンクリートの古くさそうな建物から出てきた。周りは海の潮の臭いの他に、魚臭い臭い、古いプラスチックの臭いや、機械の油の臭いがしていた。

「おい、貴奈を返せよ。ちゃんと来ただろ…!」

 すると、リリーは三人を眺め、フン、と鼻先で笑った。

「アンタたち、ケイサツにツウホウしたんじゃないの? 近くにミハッテるっていうじょうほうが入ったから、かえってもらった。」

 勇太はぎょっとしたが、千哉が何食わぬ顔で答える。

「それは、君が怪しすぎたから、地元の人に通報されたんだろう。女子高生を連れた外国の女性がこんな所にいるんだから。何か怪しげなことをするのかと思われたんじゃないか? そう、クスリとかね。」

 思わぬ指摘だったのか、リリーはそうか、というような表情になった。

「つまり、ツウホウしてないってことね。」

「そうだ。斉藤さんの命がかかっている。」

「ワカッタわ。」

 リリーは頷いた。

「それでは」

 リリーは貴奈の頭に銃口を突きつけた。

「ヤマギシセンヤ、ワイフのアリアはどうしたの? いないじゃないの。ダメでしょ。二人で来るように言ったのに。」

「彼女は体調が悪くて来れない。私一人で我慢してくれないか?」

 だが、リリーは撃鉄を起こした。カチッという小さな音が妙に生々しく聞こえてきて、勇太はぞっとした。目の前の今までリズ先生と呼んでいた、学校の先生が本当に謎の組織の人間なんだ、と妙に感じずにはいられなかった。

「そんなイイワケ、ツウヨウしない。」

 貴奈が息を呑む。両目に涙が盛り上がった。

「カクゴしろ…!」

 リリーが言い放った時だった。チュイン、とリリーの足下のコンクリートがえぐれた。

「!」

「まさか、オウエン」

 そこまで言った時、リリーのスマホに連絡があった。リリーは貴奈に銃を突きつけながら、電話に出る。

『おう、リリー。女子高生を人質に取り、何をするつもりだ?』

「!」

 リリーの目が怒りで三角につり上がった。

『涼、あんた、なんでここにいるのよ!』

『お前、俺に濡れ衣着せただろ。』

 淡々と涼がリリーに告げる。

『なんの話よ?』

『俺に、桂香を殺した罪を着せただろ。俺が殺したことにした。そうじゃないか? 少なくとも本部にはそう伝えたよな?』

『……。』

 リリーの額に汗が浮かんだ。

『そのせいで、俺は本部から追われる身になった。』

『違うわよ。あんたが山岸夫妻の暗殺を失敗したからよ。だから、こんなことになってるんじゃないの。』

『だからって、なんで桂香まで殺した? それで、わざわざ俺に濡れ衣まで着せて。』

『……。』

 本部の指示だとは言えなかった。言ってはいけないことになっている。

『とにかく、その女子高生を解放しろ。十秒以内に解放しなかったら、お前の眉間に弾をぶち込むぞ。言っておくが、お前を殺すのに躊躇ちゅうちょはしない。カウントを始める。1……』

『……。』

 リリーの耳元で涼のカウントが続く。せっかくここまで来たのに、思わぬ邪魔が入った。

「イケ。イキナサイよ。」

 リリーはとうとう貴奈を解放した。背中を突き飛ばされて貴奈は混乱したが、とにかく足を前に踏み出す。

 だが、リリーは貴奈の背中の向こうにいる、千哉の方に向かって銃口を向けた。貴奈の体を貫通させて当てれば…。

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