第12話

 その様子を、間反対の棟から貴奈が見ていた。友達と別れた後、勇太を捜して反対側の渡り廊下から、行こうとしていたのだ。

 なんとなく、窓の外を見たら勇太がいて、リズに呼び止められたようだった。と、思ったら、勇太はリズに抱きしめられたのだ。

「は!?」

 貴奈は思わず、声を出してその様子を見つめた。だが、次の瞬間、はっとして急いでスマホを手に取り、勇太に電話をかけた。なぜなら、リズがリセットに借りているスマホが入っている、勇太の制服のポケットに手を伸ばして、取ろうとしているからだ。

 スマホの呼び出し音とバイブが鳴って、勇太は呪縛から解き放たれたように、はっとした。急いでリズから離れて、慌ててスマホを手に取る。

「あ、リズ先生、電話来たから…! それじゃ、ごめんなさい!」

 慌てて小走りで走り出そうとして、つまずいて転びかけた。急いで電話に出た時は、もう切れている。

(なんだよ、貴奈なのヤツ!)

 なんか良かったのか悪かったのか。ドキドキするが、そういう関係になってもいけない気がするし、なっても良かったような気もする。それとも、モテそうな先生だから、遊びの一環なんだろうか。

 勇太がそんなのんきなことを考えている一方、貴奈はぎょっとしていた。

 勇太が走り去った後、リズがふと、反対側の棟にいる貴奈の方を向いたのだ。そして、ふっと笑うと、右手をピストル型に作り、勇太の背に向けて撃つ仕草をした。

「え?」

(……なんなの、どういう意味?)

 貴奈が混乱していると、さらにリズが胸ポケットから何かを出した。

「!!」

 黒い物は、明らかにピストルに見える。それを持ってまっすぐに構え、勇太の方に銃身を向けたのだ。リズの指が動いた様に見え、思わず貴奈は叫んだ。

「やめて!!」

 誰もいない廊下に貴奈の声が響いた。ほとんどの人は一階の渡り廊下を使う。短時間で行く時だけ、ショートカットに人がいない階に上がるのだ。

 貴奈は全身に汗をかいていた。気がつくと手が小刻みに震えている。思わず目をつむっていて、どうなったのか分からなかった。急いで向こう側を見ると、勇太の姿もリズの姿も消えていた。

(……きっと、きっと大丈夫。だって、音が鳴らなかったもん。)

 貴奈は必死に自分に言い聞かせた。一時、歩けなかったが、必死に力を入れて足を動かし、勇太がいた渡り廊下に向かった。渡り廊下には勇太の姿はなく、全身から力が抜けた。血の跡も何もないし、無事らしい。

 スマホが鳴って、画面を見ると勇太からだった。震える手で電話に出る。

「おい、貴奈、さっきは何だよ。なんか、すっげー嫌なタイミングで電話してきたよなー、お前。」

 たった今、命を狙われていたのに、脳天気なことを言っていて、無性に腹が立ってきた。

「馬鹿っ!」

 貴奈はそれだけ言うと、急いで電話を切った。これ以上、何か話したら泣き出しそうだったからだ。

 午後の授業の間中、貴奈はリズのことを考えていた。だって、確実にリセットから借りている方の、スマホに手を伸ばしていた。ズボンの前ポケットの方に、勇太はリセットに借りているスマホを入れていた。そこに手を伸ばしていたのだ。自分のスマホは後ろのポケットだ。

『そんな所に入れてないで、もっと確実にしまっておける所に入れて置いた方がいいんじゃない?』

 と言ったのを覚えている。リズはなぜ、分かったのだろう。いや、その前にリズは一体、何者なのか。怖くて身震いした。もしかして、リズは向こうの手の者なのかもしれない。つまり、シャイン・アイズとかいう謎の都市伝説的な組織のスパイということなのだろうか。 急に、その組織が身近に迫っていることに気がついて、貴奈は途端に怖くなった。本当は、自分達は何かとんでもない過ちをしたのかもしれない。

 そういえば、鈴木祥二は繰り返し、誰にリセットするか聞いてきた。家族にしたいと言って、同級生に学校でもしたいとは言わなかった。それが、最大の過ちだったのかもしれない。決まった人だけにする必要があるのかもしれない。

 つい、勝手にランダムに適当にリセットしているのだと思い込んでいた。だが、もしかしたら、周到に計画を立てて、リセットしていて、それ以外だとダメだったのかもしれない。

(くっ。もし、そうなら、そうだって、初めから言ってよ!)

 心の中で貴奈は祥二に当たったが、勇太を説き伏せて学校でもリセットをしようと言い張ったのは貴奈だ。

(わたしのせいだ。)

 もし、勇太に何かあったら。それは、貴奈のせいだ。貴奈は一人、うつむいた。泣きそうになってくる。授業なんて、全然頭に入ってこなかった。それに、授業が始まったら始まったで、勉強ってこんなにつまらなかったんだっけと思ってしまう。

 とにかく、学校が終わったらすぐに、勇太を捕まえて、ゴムンに行って、もうリセットはやめようと勇太に言おう、と貴奈は決心した。


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