第10話

 次の日。

 暮田くれた涼は、双眼鏡で向かいのタワーマンションを監視していた。向かいと言っても百メートル以上離れている。それでも、かなり近いビジネスホテルだ。

 毎日観察していたら、気がつく住人がいるかもしれないので、そこは細心の注意を払う。

 涼はリセット日本支部の山岸夫妻を暗殺するように、上層部から指令を受けていた。シャイン・アイズ、この都市伝説的な謎の組織は本当にある。

 昔から、世界中の歴史を影で動かしてきた存在だ。彼らがうなずけば、世界中で起きている紛争が一気に解決すると言われているし、今ある環境問題だって全て解決するだろうともささやかれている。

 その謎の組織シャイン・アイズの暗殺部隊の一人が涼だ。子どもの頃から、国内外を問わずに訓練を受けてきた。孤児で両親はいない。

 双眼鏡を覗く涼は、タワーマンションの窓から、廊下を眺めた。十階全部のフロアが、リセット日本支部の本拠地だということまではつかんでいる。

 リセット内部に送り込んだスパイからの情報だ。リセット日本支部の支部長と副支部長の山岸夫妻には、子供が二人いることも分かっている。花月かづき・女・小学四年生と、のぼる・男・小学二年生。

 朝は学校に行くため、出て行くのを見ている。スパイも彼らが十世帯あるうちのどこに住んでいるかまでは、つかんでいない。だが、涼はここ二、三日の観察で、山岸家が一○○八号室に住んでいることが分かった。

 涼の腕なら、ここからてば狙撃できる。仲間内からオートマとさえ言われている涼の射撃の腕は一流だ。だが、なかなか実行できないでいた。

 にこにこしながら送り出す両親。手を振ってランドセルを揺らしながら、走り出す子供。その子供の目の前で撃つのはためらわれた。夫妻がここまで姿を現すのは、子供を送り出す時くらいなのだ。

 電話がかかってきて、涼はスマホを耳に当てる。

『涼、どうした?いつもなら、そろそろ実行に移していると思ったが。』

 舘山からだった。

「……すみません、京太郎さん。子供の目の前で母親を撃てなくて。外国なら、他の派手な手立てもあるんですが、日本では目立ちすぎる。」

「……そうか。下りるか?」

「いいえ。やります。」

 涼は即答した。一度の失敗がすぐにひびく厳しい組織だ。下りるということは、すなわち、実力が落ちたことを示す。組織は冷徹れいてつに確実に仕事をする暗殺者が欲しいのだ。妙な情に流される者は必要とされていない。

「…分かった。ただし、気をつけろ。涼、お前の言うとおり、日本は銃規制がきびしい。我々でも、目立つことはできるだけけた方がいい。面倒な仕事を増やすことになる。」

「はい。分かっています。今日準備して、明日には実行に移します。ちょうどいい情報がスパイから入ったので。」

「分かった。」

 京太郎が電話を切った。涼も電話を切る。明日の行動を考える。スパイからの情報はこうだ。『山岸アリアの誕生日が近い。誕生日プレゼントを送った。わざとプレゼントを送ったと伝える。』つまり、宅配業者を装って、玄関を開けさせる作戦だ。

 子供のいない時間を狙うしかない。涼以外のヤツだったら、子供がいても構わず撃つだろう。それだけは避けたいところだ。両親を奪うのだから、せめて目撃しなくて済むようにしてやりたかった。きっと、自分が孤児だから、余計にそんなことを思うのだろう。

 涼は双眼鏡をベッドに放り投げて、横になって目をつむった。

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